1章~屋上とは寝室~
「はい、ペアを作ってね~」
教室内に響く明るい担任の先生の声が、生徒たちのざわめきとともに鳴り響く。しかし、レンはその声に耳を貸さず、ひそかに計画を実行する準備を進めていた。神社の末裔として厳かな環境で育ったレンは、いつも目立たず影から行動することに長けていた。彼の心には、密かに「ただ、安らかに眠りたい」という、誰にも邪魔されたくない純粋な願いが宿っていたのだ。
レンは教室の喧騒を避け、周囲の視線を巧みにかわすように席を立つ。彼の目指す先は屋上――そこには、こっそりと自分が工夫して作り上げた最高級の簡易ベッドが待っている。そこでは、太陽の光を浴びながら、心地よい日向ぼっこと、何よりも「安らかに眠る」ための至福のひとときを得るつもりだ。
階段を上る途中、レンの内心にふと、幼い頃神社の境内で聞いた鐘の音や、先祖たちの静かな囁きが蘇る。
「先人たちが紡いだ静けさ…これこそ俺の本当の求めるものだ」
レンは小声でつぶやきながら、心の中で今一度自らの目的を確認する。
やがて屋上の扉を開けると、柔らかな風が一斉に彼の頬を撫で、まるで自然が彼を迎えるかのようだ。レンは胸の高鳴りと共に、にやりと軽い笑みを浮かべた。だが、その瞬間、背後からかすかな声が聞こえた。
「……誰……?」
レンは一瞬振り返ろうとするも、自分のペースを乱されるのは好ましくないと心の中で制する。ゆっくりと歩みを進めると、ふと目の前のベッドの上に、予期せぬ存在が横たわっているのに気づく。そこには、白い髪がそよ風に揺れ、絹のような肌をもつ少女が穏やかに眠っていた。彼女の寝顔は、まるでこの場所に最初から定住していたかのような自然体で、どこか神秘的な輝きを放っていた。
レンは内心で苦笑いする。
「まさか、俺の大事に仕立てたベッドを、こんなタイミングで誰かが占領するとは…」
しかし、怒りは湧かず、むしろ彼はその存在に、どこか温かい安心感を感じ取る自分に気づくのだった。
「おはよう」
レンは軽く伸びをしながら、用心深く声をかけた。
少女はゆっくりと瞼を開け、穏やかな声で「おはよう」と返す。
その一言には、ただの挨拶以上の意味――静けさと、夢と現実が交錯するような不思議な説得力があった。
数分の沈黙のあと、少女は、やや戸惑い気味に口を開いた。
「でも…こんな場所で寝てるのはどうして? 今日は『安眠の聖域アタック』の日じゃない?」
――「安眠の聖域」とは、古来より伝わる神託の一つで、数値システムにおける特別な加護を得るための挑戦日であり、全ての冒険者が目指す究極の休息地とされる。
レンは一瞬眉をひそめ、内心で複雑な思いが交錯するのを感じた。彼は、学校という日常の中で、いつも「ステータス表示」や「レベルアップ」の概念が教科書や掲示板にちらつくのを見てきた。今や物理法則に組み込まれたこのシステムは、個々の願いや能力を数値化し、加護を授ける源となっている。
「寝るために戦うなんて、聞けばおかしな話だろう。しかし…一周回って考えれば、健康的で、むしろ理想的なことかもしれない」
レンは半ば冗談交じりに、しかし自らの心の奥にある真剣さを込めて答えた。
少女はしばらく視線を落とし、やっと口を開いた。
「……私たち、実は同じ願いを持ってるの。『ただ、安らかに眠りたい』って。だから、この日を心待ちにしていた。ほかの誰にも邪魔されず、夢の中で本当に癒される場所――安眠の聖域へ行ける日を」
レンは少女の言葉にじっと耳を傾け、内面の鼓動が速くなるのを感じた。彼は、祖先から伝わる神社の教えと、この数値システムがもたらす「加護」が、彼自身の未来を左右する重大な意味を持っていると知っている。
「なら、俺たちは…ペアだな。俺たちの純粋な『眠りへの願い』をもって、安眠の聖域への挑戦を果たそう」
レンは静かに、しかし力強く宣言した。
その瞬間、屋上の空気がわずかに震え、遠くの空に点在するデジタル表示のような光が、まるでシステムの作動を示すかのように輝いた。レンは、自分の収納ポーチから、急ごしらえの簡易ベッドではなく、今は二人で分かち合える小さな毛布と、システムの説明が記されたタブレットを取り出した。タブレットの画面には、次のような説明が表示されていた。
「【加護システム:安眠の聖域】
・条件:同じ『ただ安らかに眠りたい』という願いを持つペアでのみ挑戦可能
・効果:挑戦成功時、両者に『至福の眠気』ステータスを付与。
このステータスは、以後の冒険において体力回復や精神安定効果として作用する。
・注意:挑戦中、双方の願いの純度が数値化され、一定値未満の場合は挑戦失敗となる。」
レンはタブレットを少女に見せながら、丁寧に説明した。
「実は、このシステムは古代神託から受け継がれたもので、俺たちの願いを数値として評価するんだ。お互いの心の純度が高ければ、安眠の聖域から強力な加護が得られる。だから、俺たちの『眠りたい』という思いが本物であるほど、有利になるってわけさ」
少女は、タブレットの画面に映る数字とアイコンをじっと見つめ、ゆっくりとうなずいた。
「……なるほど。私も、ただ眠りたいだけじゃなく、心から休息を得たいと思っている。だから、このシステムは…私たちの願いを証明する大切なものなのね」
しばらく、二人は静かに互いの気持ちを確認し合いながら、タブレットに表示されるシステムの説明を読み進めた。周囲のざわめきや日常の喧騒は、今は遠い世界のように感じられた。
――その時、レンは深呼吸をして、静かに口にした。
「さて、これからは本格的に行動開始だ。俺たちの願いと、このシステムが認めた加護を手に入れるために…」
少女は、まだ戸惑いと決意が入り混じった表情で、ゆっくりと頷いた。
「ええ、まだお互いのことはよく知らないけれど…この日を待っていたのは、私だけじゃなかったのね。私たちは、古の運命に導かれたペアだと思うわ」
レンは、軽く微笑みながらも、内心で「急に仲良くなるのはまだ早いな」と自戒し、落ち着いた口調で答えた。
「もちろん。これからは、少しずつお互いを知りながら、安眠の聖域への道を進んでいこう」
こうして、レンと少女――まだ名も知らない彼女とのペアは、互いの純粋な願いとシステムの加護に導かれるかのように、これまでの慌ただしい日常を離れ、夢と休息を求める冒険の第一歩を、屋上という小さな舞台で踏み出したのだった。
ダンジョンで眠りたい C @okaokashi
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