誘拐犯と名も知らぬ娘

@yakiniku1111111

誘拐犯と名も知らぬ娘

俺は一人の娘を誘拐した

目的はもちろん身代金だ

誘拐した娘は名前を聞けば誰でも知っているであろう大企業の社長の娘

たんまりと身代金が手に入るだろうと俺は、今からわくわくしてた


誘拐に手を染める きっかけになったのは勤めていた会社の倒産だった

それが始まりとなり 妻と離婚、借金も重なり家もなくなる

まるでドミノ倒しのように次々と不幸が重なり 俺はどん底の更に底のほうまで追いつめられ

首を吊って自殺・・・そこまで考えるまでに追いつめられていた


しかし俺は悔しかった、、俺は何一つ悪いことをしていない 今までずっと真面目に生きてきたのに

こんな最後は惨めすぎるじゃないかと?


そこで俺は決意した、どうせ死ぬんだ どうせ捨てる命ならやることをやってやろうと

この誘拐計画がうまく行こうと行くまいと ぶっちゃけた話、俺にはもうどうでもいいのだ


最期の最後に勝ち組の人生を歩んでいる奴らに一泡ふかせてやりたい その一心だった


・・・どうやら娘が目を覚ましたらしい、ちょうどいい これからこの娘には一仕事してもらうつもりだったのだ

俺は娘を脅しつかせるようにこう言った


「騒ぐんじゃないぞ、クソガキ 俺はおまえを誘拐した いまから おまえのパパに身代金の要求をするつもりだ

俺が一通りパパに要求を伝え終わったら電話を少し変わってやる、おまえはパパに助けを・・・」


「あー、なるほど おじさん私を誘拐したんだねー」

娘はまるで他人事のように言った、そしてこう続けた

「おじさん、人選をミスったね パパはほぼ確実に私と引き換えに一円もお金を払わないと思うよ」


俺は娘の言い分に唖然としていた

(いや・・・そんな親いるわけないだろ・・・なんなんだこいつは・・・)


心の中の動揺を抑えつつ俺は あらかじめ調べておいた娘の父親の携帯の電話番号を押す

人生でこんなに緊張する電話は初めてだった 手が震え何度も何度も押し間違えやり直し 携帯が手から滑り落ちる

どうにかこうにか苦心して電話をかけるのに30分ほどがかかった


何回かのコール音のあとに娘の父親が電話に出る

「ああー、誰じゃあ おまえはあ」

「単刀直入に言う、おまえの娘を誘拐したものだ・・・と言えば要件はわかるだろう?」

その言葉に娘の父親はさぞや動揺するだろうと思っていたが 俺の期待してた反応とはだいぶ違った

「ああ、そういや 娘が誘拐されたどうたら騒いでたのう」

まるで男は関心がないかのようにそう答え、次の言葉に俺は耳を疑った

「身代金は一銭も払う気はない、娘はそちらで適当に処分しといてくれ じゃあな二度と電話してくるんじゃないぞ」

そう言って電話は切れた


俺は何を言われたか わからず、しばらく携帯を握りしめたまま呆然としていた

(なにかの聞き間違い・・・いや向こうが話を理解して・・・とにかく もう一度電話を・・・)

そう思った時だ


「ねっ、パパ 一円もお金を払わないって言ってたでしょ」

娘の言うとおりだった、俺はどういうことか娘に問いただす


「私ね、あと一週間しか生きられないんだ」


その言葉に俺は呆然自失になった、意味を理解するのにしばしの時間がかかった


「おじさん、病室から私をさらったでしょ?私ね、もう末期の病気にかかっていてあと一週間しか生きられないってお医者さんに言われてたんだ」

・・・

「おまけにね、パパは跡取りのために男の子が良かったみたいで女の子の私は全然愛されてなかった、その上 もう少しで・・・って話でしょ

そりゃ身代金なんて払うわけないよねーって話」

娘は、まるでなんでもない世間話かのように明るく話


----------

俺は思い出していた、もう15年くらい前になる頃になくした病気のわが娘の事を


「お父さん・・・私 あと1ヵ月で死ぬって本当なの?」

「馬鹿を言うな!!父さんが必ずなんとかしてやる」



あの時、娘になにもしてやれなかった己の無力感、悔しさを俺は今でも忘れていない

----------


あと一週間の命だから娘がどうなろうとどうでもいい?

そんな馬鹿な話があってたまるか!!残りの命がどうだろうと自分の子供の命は自分の命以上に大切なのが親であるのが当然だろう!!

娘がどうでもいいなんていう父親がこの世に存在するなんて許されていいのか・・・


俺が怒りに震えていると娘は俺にこう言った


「ねぇ 誘拐犯さん?お願いがあるんだけど」



俺たちはとあるチェーン店の焼肉屋に来ていた

「すみませーん、店員さん おかわりくださーい」

娘は実によく食べた、俺の財布の中身まで食い尽くしそうな勢いだ

「おい、おまえ 本当にあと一週間で死ぬんだろうな?助かりたくて適当な嘘ついてるわけじゃないよな」

肉を口にほう張りながら娘は答える

「うん、マジ話 あと一週間で死ぬ もう少しおかわりいい?」

俺はため息をついた・・・なにしてるんだ俺は・・・自分でもどうかしてるのはよくわかってる


娘のお願いと言うのはこうだった 死ぬ前にたらふく焼肉が食べたいと


誘拐犯にそんなことお願いするやつも頭おかしいが、それを律儀に聞き入れた俺も頭がおかしいと思った

元気に焼肉を食べ続ける娘を見ながら思った


-------

そういえば娘は、このチェーン店の焼肉がよく好きで一緒に食べに来てたな・・・-

-------


俺はなにを考えてるんだ・・・俺の娘とこいつは全然似てない別人だ

ましてや身代金をふんだくったあと こいつ始末するはつもりだったじゃないか・・・

なにを俺は情をこいつに移してるんだ・・・


なんとかして こいつの親父から身代金を強奪する計画を立て直さなきゃならないのに・・・


「ああ、食べた食べたーおなかいっぱいー しあわせー」

娘は本当に幸せそうな顔をしていた

「ああ・・・そうかよ・・・そいつは良かったな」

俺は心底、不機嫌な声色でそういったが 娘はどうも気にしてないらしい


「ねぇ 誘拐犯さん?お願いがあるんだけど」


俺たちはとあるゲームセンターに来ていた

「あああああああああああああああ、また取れなかったあああああああああ このアーム爪弱すぎッ 絶対おかしいよこれっ」

娘はUFOキャッチャーで悪戦苦闘していた

狙いは某有名ゲームキャラのぬいぐるみだ、そういや俺の娘もこのキャラが好きだったな・・・


「変われ下手くそ娘っ 俺が取ってやる」

俺は無理やり押しのけるように娘から操作盤を奪い取る

娘が何十回やっても取れなかったキャラを俺はたったの3回で獲得する

娘は目を丸くして俺を見てる


「誘拐犯さん、UFOキャッチャーうまいんだね・・・おじさんのくせに」

「うるさいな おめぇは!!年関係あんのかっ!!ほらよ」

俺は娘に投げつけるようにぬいぐるみを手渡した

「・・・」

「なにポカンとしてんだよ、おまえにやるよ そんなぬいぐるみくらい」

「・・・いいの?だってUFOキャッチャーのお金だっておじさんが出して・・・」

「俺はそんなぬいぐるみに興味ねーし、持ってても邪魔だ」


娘は花のように明るい笑顔でありがとう 一生大事にするね

一生って言っても 私あと一週間しか生きられないけどッと笑えない冗談を言った


--------

「お父さん すごいツ!!私 このプカチューのぬいぐるみ一生大事にするね」

「はいはい、ぬいぐるみくらいでおおげさだな おまえは」

--------


まただ・・・くそっ・・・なんで俺はまた娘の事を思い出してるんだ・・・


娘は言いにくそうにもじもじししてる

「今度は・・・なんだよ・・・どうせまた お願いがあるんだろ?」


「ええとね・・・誘拐犯さん・・・図々しいとは思うんだけど・・・」


俺はため息をついた・・・もうこうなったら最後まで我儘につきあってやる心境だった


俺たちは とある遊園地に来ていた

「誘拐犯さんッ、次はあれ乗ろうッ!!あれっ!!」

俺は息も絶え絶えにこう言った


「おまえ・・・40半ば過ぎのおっさんに絶叫系マシン5連続はきつすぎる・・・」

「もう誘拐犯さんだらしないなー、仕方ないから少し休んであげるよ アイス食べたいアイス」


ここに来て俺は疑問に思った、こいつ本当にあと一週間で死ぬんか?と


遊園地なんて来たのは何十年ぶりだろう?そういえば俺の娘が死んでから一度も来ていないな・・・

俺はあの幸せだったころを思い返していた


-----------

「ごめんっ お父さん疲れたっ!!少し休ませてくれっ」

「だらしないなー お父さんはー仕方ないッ アイスを買ってくれたらしばしの休憩を許可しますッ」


そういえば・・・あいつも絶叫系マシン好きでよく連れまわされてたな

本当を言えば俺は絶叫系マシンが苦手だったが娘の幸せな顔を見たくて 一緒に付き合ってた

-----------


2人分のアイスを買ってきて、娘の元に戻って来た時 俺はおかしなことに気付いた


娘がごほっごほっと大きな咳を続けている、いつまでもいつまでも咳が鳴りやまない

この咳の仕方は普通ではなかった


俺は思わず「おい、おまえ大丈夫かよッ!!と声をかけた」


娘は口から血を吐き出していた

顔は真っ青で目がうつろでどこをみているのか焦点が定まらず 今にも死にそうであった


どうする・・・俺は・・・いや・・・どうしたいんだ・・・俺は・・・

病院に連れて行くわけにも行かない、俺は誘拐犯だ

いや第一この娘の命を心配してるのがおかしいじゃないか?俺はこの娘を殺すつもりだったんだぞ

それにどうあがいてもこの娘は金になりそうもない、俺は今日一日 この娘と共に過ごし

この娘をどうしたいのか わからなくなってしまった


しばらくすると娘の体調はいくぶんか落ち着いたらしい

娘は息もたえだえな声でこう言った


「ねぇ・・・ゆう・・・かいはん・・・さん・・・おねがい・・・があるんだけど・・・」



俺は娘を背中に背負って海へと急いでいた

娘の願いはこうだった


(私ね、子供の頃から病弱で海を一度も見たことがないの・・・死ぬ前に海を一度見て見たいな)


娘を背負い走りながら俺は自問自答していた 

(なにやってんだッ!!馬鹿か俺はッこんな疫病神 さっさと捨てろ)

そう思いつつも 俺はどうしても娘が見捨てられず 俺は夜の道を疾走していた


娘の息は信じられないほど荒い

医者でなくてもわかる、この娘はあと数時間で死ぬんだな・・・と


「ねぇ・・・おじさん・・・私・・・もうすぐ死ぬのかな?」

俺はぶっきらぼうに答えた

「死ぬわけねぇだろッ あんだけ、たらふく焼肉食って遊園地で俺を振り回してゲームセンターであんな はしゃいでよッ!!

おまえみたいなクソガキは俺が爺になるまで生きてたってくたばりゃしねーよ いいから余計な事言ってねーで

海につくまで寝てろッ アホ娘ッ」


-----

「ねぇ・・・お父さん・・・私まだまだ生きたかったな・・・お父さんともっと色んなとこいって色んなお話したかった」

「ごめん・・・ごめんよ・・・父さん おまえになにもしてやれなくて本当に・・・ごめん・・・」

-----


畜生、なんでこんな時に あの時の事を思いだしてんだッ

畜生 こうなったらもう自棄だ 絶対この娘に死ぬ前に海を拝ませてやる


走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る

走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る


自分でも不思議なほど疲れを感じなかった、自分の物ではないように体も動く


「おい アホ娘ッ もう少しだ海につくぞ しっかりしろ」

「そう・・・だね・・・ああ・・・これが・・・うみのおとなんだ・・・きこえる・・・わたしにもきこえる・・・」


海までおそらくあと数百メートルだ!!俺はラストスパートをかける


「誘拐犯さん・・・私 海って来たの初めてだから・・・すごく楽しみ」

「初めてがこんなおじさんと一緒で悪かったな!!今度はイケメンの彼氏とでも一緒に行けよ!!

おまえの人生はまだまだだ これからすごく幸せなことや楽しいことが待ち構えてる、だから頑張れッ」


「ねぇ 誘拐犯さん・・・最後に・・・お願いがあるんだけど・・・」



「・・・なんだよ・・・」


「お父さんって呼んでいい?」


「好きにしろっ」


これから幸せな事が待ち構えてる?馬鹿言うな もうこの娘に未来なんてない

多分 俺以上にこの娘が1番よくわかっているはずだ


「私ね、いままで生きてきて今日が人生で一番楽しかった おいしいものお腹いっぱい食べて 一度行ってみたかったゲームセンターにも行けて

遊園地で思いっきり遊べた」

・・・

「誘拐犯さんが本当のお父さんだったら良かったのに 私のお父さんは私を全然愛してくれなかったし一緒に遊んでくれたことも話も禄にしたことない」

・・・・

「誘拐犯さんさ、身代金の要求をした時 全く相手にされなかった 私のために怒って泣いてくれてたでしょ 赤の他人の私の為に

その時に思ったんだ この人はなにか事情があって誘拐なんかしてるんだ、本当は優しい人なんだ、悪い人じゃないんだって」

・・・

「私 誘拐犯さんに誘拐されて良かったって心の底から思ってる 今日はありがとう お父さん 幸せだったよ・・・」

・・・・

「最後みたいなこと言うな ころれからだっておまえの好きなもんいっぱい食わせてやるし 飽きるほどゲームセンターや遊園地にも連れてってやる!!

イケメン彼氏じゃなくて こんなおじさんで良けりゃな!!」


娘はにっこりと笑った・・・気がした


海についたとき・・・もう名も知らぬ娘は息をしていなかった


俺は 海を見たいという彼女の最後の願いを叶えることはできなかった



数日後・・・

俺はとある男の目の前に立っていた


「ああ?誰じゃあ、おまえは」

「おまえの娘を誘拐した誘拐犯だ・・・といえば要件はわかるか?」


男は納得したようにポンと手を叩いた


「そうかそうか ほんならおまえさんが わいの娘を誘拐しくさった 犯罪者のゴミクズか」

男は警備員を呼ぶように周りに声をかける

「まぁ正直言うたら 助かったわ、あの不良債権みたいなお荷物どうしたらいいか持て余しとった所に

ちょうど誘拐犯が来てどっか引き取ってくれたさかい ありがたい話や」

・・・

「ほんで あのゴミはバラシて山にでも埋めたんか?それとも海に沈めて魚のエサにでもしたか?

まぁなんにせよ タダで処分してもろてありがたい話や んで?おまえ わしの娘とヤッたんか?1銭の金にもならんかったんやし

それくらいしか使い道なかったやろ?まぁどうでもええがな、こちらとしてはほんま大助かり・・・」


俺は最後まで男の話を聞かず男の鼻っ柱に渾身のストレートをお見舞いした




その後、俺は警備員に連れられ警察署に連れていかれ長い懲役生活に入った

後悔は一切しなかった


それから十年の時は流れ、俺は留置所から出られることになり

最後にあの娘と一緒に来た海に再び来ていた


あの娘が大好きだったというキャラのぬいぐるみも持って

(俺・・・おまえにお礼を言いに来たんだ・・・ あの時の俺は自暴自棄だった 正直もうどうなってもいい

死んでもいいんだって思ってた)


だけど もう一度頑張ってやり直してみるよ、たった1日の付き合いだったけど おまえには色々教えられた気がする


(ねぇ 誘拐犯さん、お願いがあるんだけど)

波の音に紛れて懐かしい声が聞こえた気がした


「もう誘拐犯じゃねーんだけどさ・・・なんだよ・・・」


(誘拐犯さんの名前 そういえば知らなかったなって名前教えてほしい)


その時 俺は気づいた そういえばお互いに名前を名乗っていなかったと

なぜだかわからないけど くだらなすぎてクスリと笑ってしまった


「そういや おまえに俺の名前教えてなかったよな・・・俺の名前は・・・」


終り





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誘拐犯と名も知らぬ娘 @yakiniku1111111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画