第6話「同じボールペン、違う気持ち。」
午前中の外回りを終え、昼食を軽く済ませた一は、会社のエントランスをくぐった。
(午後からはプロジェクトの打ち合わせか……)
ぼんやり考えながら歩いていると、ふと視線の先に見覚えのある姿があった。
「佐伯くん。」
柔らかい声に、思わず足を止める。
そこにいたのは工藤リノだった。
「リノさん……こんにちは。」
「こんにちは。先日は電話ありがとう。」
リノは穏やかな微笑みを浮かべていた。
心なしか、彼女の表情は以前より和らいでいるようにも思える。
「いえ、大したことじゃありませんから。」
「でも助かったよ。本当にありがとう。」
そう言われると、なぜか胸の奥がくすぐったくなる。
だが、それを悟られないように軽く頷き、エレベーターに向かう。
エレベーターに並ぶと、自然と二人きりになった。
8階までの道のりは、それほど長い時間ではないはずなのに、なぜか今日はやけに長く感じる。
「今日の打ち合わせ、前回の続きだよね?」
リノがふと呟く。
「はい。プロジェクトの進捗確認と、次の提案内容のすり合わせですね。」
「そっか。…佐伯くんって、いつも落ち着いてるよね。」
「そう……ですか?」
思わずリノを横目で見る。
彼女は優しく微笑んでいたが、どこか目の奥に壁のようなものを感じた。
(やっぱり、なんか距離があるんだよな……)
エレベーターが8階に到着し、二人は会議室へと向かった。
会議室に入り、一はいつもの席に座る。
その際、さりげなく机の上に昨日買ったボールペンを置いた。
リノも席に着き、ふと一のボールペンを見つめた。
「……これ、色違いだね。」
「え?」
「私が使ってるのと同じシリーズ。佐伯くんも使ってるなんて、ちょっと意外。」
一瞬、言い訳しようとしたが、焦って言葉が詰まる。
「えっと……たまたま、見つけたんです!ちょうど使ってたのがインク切れちゃって…!」
言った瞬間、自分でも苦しい言い訳だと気づき、顔が熱くなる。
「ふふ、そうなんだ。」
リノは優しく微笑み、だがそれ以上は何も言わず、資料に目を通し始めた。
一はますます恥ずかしくなってしまう。
(なんでこんなに意識してしまうんだろう……やっぱり俺…リノさんのこと…好きだ)
心の中で呟きながら、彼女の持つ見えない壁を改めて感じてしまうのだった。
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