第5話「揺れる想いと、本屋の午後。」
夜が明け、部屋のカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
しかし、一は昨夜の電話の余韻が抜けず、ほとんど眠れなかった。
枕元のスマホを手に取り、何度かロック画面を確認する。
リノからのメッセージが来ているわけではないのに、なぜか期待してしまう自分がいる。
(何やってんだ、俺……)
自分にそう呟くが、頭からリノの声が離れない。
電話越しに聞こえた彼女の優しい声。
心臓が跳ねるような感覚は久しくなかった。
仕事の関係だとわかっているのに、どうしても特別なものに感じてしまう。
今日は仕事が休み。
少し気分転換しようと思い、普段行かない少し遠くの本屋に行くことにした。
電車に揺られながら、ぼんやりと外の景色を眺めていると、ふと目に入った広告があった。
「リラクゼーションを、あなたに——香る癒し、アロマキャンドル。」
この広告、どこかで見たことがある。
数秒考えた後、思い出した。
(……これ、リノさんが担当した広告じゃないか?)
数年前、彼女が手がけたアロマキャンドルの広告。
シンプルなデザインながらも、見る人の心を掴むキャッチコピーと美しい写真が話題になり、今でも売れ続けている商品だった。
(やっぱりすごいな……)
改めて彼女の実力を感じた瞬間、胸の奥が温かくなる。
リノの仕事を誇らしく思う気持ちと、自分との距離を改めて意識してしまい、複雑な思いが交錯する。
本屋に到着し、店内を歩き回る。
目当ての本を探す途中、文具コーナーの前を通った。
(……?)
何気なく目を向けた先に、見覚えのあるボールペンが並んでいた。
シンプルで使いやすそうなデザイン。
(これ……リノさんが使ってるのと同じやつだ。)
無意識に手を伸ばしていた。
指先で軽く持ち上げ、ペンの滑らかな質感を確かめる。
(買うか? いや、でも……)
悩む自分が可笑しくなる。
たかがボールペン、されどボールペン。
気づけば、色違いのものを手に取っていた。
(これなら、いいよな……?)
自己満足かもしれない。
それでも、リノと同じものを持っていると思うだけで、少し嬉しかった。
レジで会計を済ませ、店を出る。
手の中にあるボールペンを握りしめながら、一は静かに息を吐いた。
(……これ以上、踏み込んじゃいけないのかもしれないな。)
それでも、どうしようもなく惹かれてしまう自分がいる。
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