人面■心/未確認

ナイカナ・S・ガシャンナ

ある女子大生の話

 皆さんはUFOって見た事がありますか?


 ……いえ、違います。コーナーを間違えていません。SFじゃありません。これはれっきとした私の恐怖ホラー体験です。


 それで、ええと、UFOの事なんですけど。

 Unidentified Flying Object――未確認飛行物体。正体が確認されていない飛行物体の総称。大抵は宇宙人――地球外生命体の乗り物だと思われる事が多いですね。実際には航空機などの既知の人工物体、流れ星、蜃気楼、サーチライトを見間違えたものがその正体だとされているそうです。


 私はそのUFOを見た事があります。それどころとか、そのUFOの乗組員らしき面々と会った事があります。……宇宙人かどうかは分かりませんでしたが。


 最初に見たのは、大学で授業を受けていた時です。何気なく窓の外に顔を向けていた私は空に不自然に上昇する何かを見つけました。ドローンかと思いましたが、ドローンにしてはありえないくらい安定した動きで飛んでいました。

 私が何事かと思っている間にそれはそのまま空の彼方へと消えていきました。授業中で写真を撮れなかった事が悔やまれます。


 別の日、同じ飛行物体を目撃しました。その日は運よく授業がもうなかった私は、その飛行物体が飛び立ったであろう地点へと急ぎました。そして、私は街の一角にある空き家の庭に何か巨大な物体が飛び去った痕跡を発見しました。自動車やバイクではこうならないであろう円形の痕跡でした。


 実は私、UMA研究会に所属していまして。知っていますか、UMA? Unidentified Mysterious Animal――未確認生物。目撃例や伝聞による情報はあれど、実在は確認されていない生物の総称。例を挙げるとツチノコやビッグフットといった……いえ、この話は今は置いておきましょう。

 研究会の伝手で私は以前、飛行物体を見た時からカメラを用意していたんです。私はその空き屋の隅にカメラを設置しました。


 翌日、カメラを回収しようとした時です。私がカメラに触れた瞬間、目の前で火花が散りました。同時に全身を無数の洗濯バサミで引っ張ったかのような痛み。電気ショックだと気付いた時には私は気を失っていました。


 意識を取り戻した時、私が見たのは詳細不明の機械に囲まれた一室でした。私は無機質な椅子に座らされ、両手両足は金属の輪で固定されていました。


 部屋にいたのは私一人ではありませんでした。三人――いえ、あれは人と数えていいものかどうか。私の目の前には二体の怪物がいました。


 最初に懐いた感想は、蟹でした。


 全体が薄桃色の甲殻類みたいな生き物で、鋏のついた三対の節足がありました。背中には蝙蝠のような一対の翼があって、それも薄桃色でした。蟹よりもザリガニの方がイメージが近いかもしれません。何より奇妙なのはその頭部で、渦を巻いた楕円状の形で、絶えず色を変えていたんです。


 怪物達は何かの器具を鋏で器用に掴み、機械を操作していました。頭部が黄色やら赤色やら紫色やらせわしなく変化し、交互にブザー音のような鳴き声を発していました。何となく、それが彼らの会話なのだと理解しました。


 この怪物達はきっとあの飛行物体の乗組員だ。私のカメラに気付いた彼らは逆にカメラに罠を設置して、私と捕まえたんだ。そう私は直感しました。

 怪物達の鋏にメスに似た器具が握られているの見た私は、自分が生きたまま解剖されるんじゃないかと戦慄おののきました。恐怖で叫びそうになりながらも、逆に身体が強張って声が出ませんでした。


 けれど、そうはなりませんでした。怪物達は私を挟んで何やら相談している様子で、私にメスを突き刺す事はしませんでした。


『驚いた』


 やがて怪物の一体がそう言いました。

 その声はノイズが混じったスピーカーみたいで聞き取りにかったのですが、確かに日本語でした。


『そんなガワを被って何をしている、?』


 続く言葉に私は反応できませんでした。怪物の言っている意味が理解できなくて、どういうリアクションも思い浮かばなかったからです。怪物の問い掛けに私は沈黙する事しかできませんでした。

 だというのに、


『――見れば分かるだろう? 地球人を楽しんでいるのだ』


 私の声が勝手に返答しました。

 私の意思ではありません。顎も舌も動かしていません。その声は喉の奥から発せられました。まるで体内にもう一つ口があるみたいに私にはかかわらない言葉でした。


 何だ今のは。今のは誰だ。私が言ったのか。私は一体何を言っているのか。


 意味不明な展開に愕然とした次の瞬間でした。

 私は自分の家の前に立っていました。


 何も理解できませんでした。頭がおかしくなりそうでした。先程までのやりとりが夢だったかのように何事もなく、私は一人でそこにいました。あの怪物達の姿はありませんでした。


 これだけでしたら、私はこの出来事をただの白昼夢だと思い込んで忘れようとしたでしょう。

 けれど、その時に思い当ってしまったのです。私は学校で健康診断を受けた事がないという事に。


 私の両親は医者です。だから、学校にはいつも「娘の健康診断は自分達でやるから関与しないでくれ」と伝えていました。

 普通に考えれば、そんな奇妙な言い分なんて学校側が受け入れる筈がありません。なのに、どうして学校側はそんな例外的対応をしてきたのか。どうして私は今日までその事を異常に思ってこなかったのか。


 もしかしたら、それは私の中にいるを悟られないようにする為の措置だったのではないか。両親はそのを隠す為に私に健康診断を受けさせなかったのではないか。


 そう思い至った瞬間、私は膝から崩れ落ちそうになりました。今まで人間だと思って生きてきた私が人間じゃないかもしれない。今まで現実だと思っていた事が虚構だったかもしれない。足場が崩落したかのような錯覚でした。




 今度、両親には内緒で他県の病院でレントゲン写真を撮りに行きます。

 これで私の中身が人間かどうかがはっきりする筈です。


 もし、そこで人間じゃないと分かったら――あの怪物達と同じものが映ったら……その時こそ私は正気を保てないかもしれません。

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