第四楽章 春祭り

春祭りの会場はすでに賑わいを見せていた。屋台が並び、鮮やかな提灯の光があたりを照らしている。催馬楽と二人で歩きながら、俺は特に何をするでもなく、ただ彼女の横についていくことしかできなかった。

 「ほら、礼くん! 金魚すくいやってみない?」

 催馬楽が楽しそうに声をかけてくるが、俺は気乗りしないまま、軽く肩をすくめた。

 「いや、俺はいいよ。お前がやれば?」

 「えー、せっかく一緒に来たんだから、もっと楽しんでよ!」

 彼女は軽く不満そうな顔をしつつも、結局一人で金魚すくいを楽しんでいた。その様子を見ながら、俺はふと、昔の自分のことを思い出していた。

 中学生の頃、俺は音楽を楽しんでいた。父さんの期待に応えられなかったことがきっかけで、音楽から逃げた。だけど、最初はただ、楽しくて吹いていただけだったはずだ。

 そんなことをぼんやりと思い出していると、突然、催馬楽が俺の腕を軽く引っ張った。

 「ねえ、礼くん。あっちで演奏会が始まるみたいだよ。見に行こうよ!」

 「演奏会……?」

 俺は気乗りしないまま、彼女に引きずられるようにして演奏会のステージに向かった。そこでは、地元の中学生たちが楽器を手にして準備をしていた。

 「楽しそうだね」

 催馬楽が微笑んでそう言うが、俺は内心複雑な思いだった。演奏を聴くのは嫌いじゃないけど、今の俺には音楽なんて遠い存在だ。

 しばらくして、演奏が始まった。トランペットやフルート、クラリネットの音が響き渡る。正直、演奏はお世辞にも上手とは言えなかった。音がずれていたり、リズムが乱れたりと、まだまだ練習が必要なのがわかる。

 だが、俺はその演奏をじっと見つめ続けた。少女たちが必死に演奏している姿を見て、ふと思い出したんだ。俺が初めて楽器を手にした時のことを。

 「あの頃、俺も……」

 下手だった。それでも音楽は楽しかった。才能なんて関係なく、ただ自分の音を奏でることが嬉しかったんだ。

 演奏が終わると、観客たちは大きな拍手を送った。俺も、自然と手を叩いていた。彼女たちの技術はまだ未熟かもしれないけど、その一生懸命さが心に響いた。

 (やっぱり、音楽っていいな……)

 心の中でそう思った瞬間、俺は無意識に催馬楽の方を見た。彼女は目を輝かせながら拍手をしていた。

 帰り道、夜の冷たい風が心地よく感じられる。俺たちは二人、静かに歩いていた。ふと、催馬楽がぽつりと口を開いた。

「私ね……昔、音楽をやめようと思ったことがあるんだ」

「え?」

 思いがけない言葉に、俺は彼女を見つめた。

「親にね、音楽なんて無駄だって言われたことがあって。『もっと実用的なことをやりなさい』って」

 催馬楽の声には、いつもの明るさはなかった。俺は言葉を失い、ただ彼女の話を聞いていた。

「でも、私は諦められなかった。音楽をしている時が一番楽しいし、自由になれる気がするから……だから、続けるって決めたんだ」

 彼女の言葉は、まるで自分自身を語っているようだった。俺も、父親に音楽を否定されたことがある。けど、彼女はそれでも続けたんだ。俺にはできなかったことを。

「すごいな……」

 気がつくと、俺はそう呟いていた。催馬楽は驚いたように俺を見たが、すぐに優しい笑顔を見せた。

「大丈夫だよ。礼くんの音楽は、まだ終わってないよ」

 彼女のその言葉に、俺は心が軽くなった様な気がした

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