第三楽章 春祭りへ行こう!
入学式から数日が経ち、学校生活やアパートでの一人暮らしに慣れてきたころ、俺は休日を謳歌しようとしていた。
UNO、オセロ、将棋……これまでやったことのないゲームを試してみたが、どれも面白かった。だが、今は龍蛙がいない。何故かこの家には、2人で遊べる物しかない。
「龍蛙も龍蛙だ。『今日、用事があるから行けないわ』だよ」
口を尖らせながら、俺はベッドの上でゴロゴロと転がる。そして退屈を感じてさらに床に転がり始めた。
「暇だー……痛って!」
ゴツン! と鈍い音がして、俺の頭が何かにぶつかった。痛みを感じて手でさすりながら、ぶつかった物を見る。
「なんだ、お前か」
そこには、黒いケースが転がっていた。
「なんでお前が出てくるんだよ」
これは、俺が中学時代に使っていたトランペットのケースだった。しばらく忘れていたけど、なぜかこの家に持ってきてしまっていた。本当は実家に置いてくるつもりだったのにな……。
俺はトランペットのケースから目を離し、部屋の天井を見上げた。高い天井と白い壁が、今の俺の心境と重なるように感じた。静かで、どこか空っぽだ。
「……なんで、持ってきたんだろうな」
誰に言うでもなく、俺はぼんやりとつぶやいた。そして、立ち上がってトランペットのケースを棚に戻し、軽く埃を払った。
「やっぱり俺にはもう関係ないんだよ、音楽なんて」
そう言い聞かせるようにして、俺は棚の上のケースを見上げた。
ちょうどそのとき、スマホが震えた。画面を見ると「催馬楽音維」という名前が表示されている。
「またか……」
少し迷いながらも、俺はメッセージを開いた。
『礼くん、今日暇?』
短いメッセージがそこにあった。俺は一瞬、返事をしようかと悩んだが、結局スマホを元の場所に置き、何も返さなかった。
「……どうしたんだろうな、俺」
俺は心の中でそうつぶやき、再びベッドに倒れ込んだ。結局、音楽をやめた理由は変わらないし、彼女に振り回されることなんてしたくなかった。
ところが、そんな俺の静かな時間は、突然終わりを告げた。
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だ? と俺は疑問を抱きながら、しぶしぶ立ち上がってドアへ向かった。ドアを開けると、そこに立っていたのは――
「やっほー、礼くん!」
催馬楽音維だった。まさかの展開に、俺は呆然と立ち尽くしてしまった。
「え、なんで……ここに?」
彼女はニコニコと微笑んで答えた。
「どうせ暇してるだろうから遊びに誘ってあげて、って竜ヶ崎くんが言ってたの。だから、迎えに来たんだよ!」
まるで当然のように言う彼女に、俺はますます戸惑いを感じた。
龍蛙の野郎、俺の住所チクリやがったな。
「いや、だからって普通来るか? 俺、断るつもりだったし……」
「そんなのわかってるよ。でもさ、今日は特別なんだ。だって、春祭りの日だから!」
「春祭り……?」
思い出した。毎年この時期に開催される街の祭りだ。けど、そんなものに俺が行く理由はない。
「いや、俺は行かないよ。お祭りとか興味ないし」
俺は断ろうとしたが、催馬楽はそんな言葉を聞き流すように、勢いよく言葉を重ねてきた。
「大丈夫、絶対楽しいから! 礼くんも少しは気分転換になるはずだよ。それに……」
彼女は少し顔を赤らめながら、小声で続けた。
「一緒に行きたいなって思って……」
その言葉に、一瞬心が揺れた。だが、俺はすぐに頭を振って、その考えを追い払った。
「いや、俺は……」
「大丈夫! 渋ってる暇なんてないよ! さあ、早く支度して!」
彼女は俺の手を引っ張り、無理やり家の中に押し入ってきた。まるで俺の拒絶を聞く気などないかのようだ。
「ちょっと待てよ! まだ何も……」
「ほらほら、そんなこと言わないで! 楽しもうよ!」
彼女は笑顔のまま俺の背中を押し、俺は抵抗しようとしたが、最終的にはその勢いに負けてしまった。
「……はあ、わかったよ。行くよ、行けばいいんだろ……」
俺は諦めて、渋々と支度を始めた。
「やった! じゃあ、準備できたら行こうね!」
催馬楽は満面の笑みで言った。
そんな彼女の笑顔を見て、俺は一瞬だけ、自分の心が少し軽くなった気がした。だが、それでも俺の中のモヤモヤは完全に消え去ることはなかった。
「……本当にどうしたんだろうな、俺は」
小さくため息をつきながら、俺は春祭りに向かう準備を続けた。
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