第5話
「だいじょうぶか?」
かけられた声に顔を向けると、知らないおじさんがバケツを持って立っていました。
おじさんだけではありません。
たくさんの大人が、バケツを持っていました。
「オレはへーき。こいつ、水をかけると溶けるんだ」
助けてくれたおじさんに言うと、
「きみは勇気があるな。あとはおじさんたちに任せてくれ」
おじさんはケントくんの頭をなでてくれました。
おじさんの手はごつごつしていたけれど、温かく感じました。
大人たちは水を入れたバケツを手わたして運んでいき、怪獣にかけていきます。
ケントくんも水をかけていきます。
頭も手足も溶けて、胴体だけになった怪獣は、ついに動かなくなりました。
大勢の人が加わってくれたので、残った部分もどんどん溶けていきます。
やがて怪獣の形はなくなり、あとにはたくさんの青いインクだけが残りました。
残ったインクをどうすればいいのか、大人たちは相談しています。
ケントくんも考えました。インクを消す方法を。
「ケント!」
名前を呼ばれました。キヨカちゃんを抱っこしたパパとママが走ってきます。
「無事だったのね! 良かった」
ママがぎゅっと抱きしめてくれました。
「ママ」
ケントくんも、ママの背中に手を回しました。
ママはとてもあたたかくて、やさしいにおいがしました。
ママはおこってばかりで、だいきらい。
でも、ほめてくれるときもありました。
運動会のかけっこで一等になれなかったのに、いっしょけんめいに走ったね。
ママの荷物を持ってあげた時、ありがとうって笑ってくれた。
キヨカちゃんにお菓子をわけてあげた時、優しいケントにごぼうびと言って、ママのお菓子を分けてくれた。
ほんとうはママが大好き。パパもキヨカちゃんも大好き。
「ママ、いつもごめんなさい」
ケントくんは、心からママに謝りました。
「ママも、叱ってばかりでごめんね」
だきしめていた体をはなしたママは、泣いていました。
たくさん心配をかけてしまっていたことを、ケントくんは知りました。
「さあ、おうちにかえろう」
ママに手を握られました。
「ママ、だめなんだ。オレ、まだかえれない」
ケントくんは足を動かしませんでした。
「あれ、オレのせいなんだ」
「どういうこと?」
ママはケントくんの後ろを見ました。ケントくんも振り返ります。
大人たちはまだ話しあっていました。
「さっきの怪獣は、オレが拾ったペンで描いたんだ。水で溶けたけど、まだ残ってるから消さないと」
「あれはインク? 鉛筆とかペンだったら消しゴムで消せるのにね」
「ママ! それ! 消しゴム!」
ママから答えをもらったケントくんは、ポケットからペンを取り出しました。
消しゴムをかんがえながら、地面に白い長方形の絵を描きました。
むくむくとふくれあがった消しゴムで、青いインクをゴシゴシとこすってみました。
すると、こすった部分が消えていきます。
小さい消しゴムなので、ほんの少ししか消えていないけれど、一歩前進しました。
「ママにもできる?」
ママのために、消しゴムを描きました。
「パパもやるよ」
「キヨカもやる」
家族の分を描いて、四人でこすっていると、話しあっていた大人たちもやってきました。
ケントくんは大人たちの分の消しゴムを描きました。
「手伝おうか」
「わたしもやるよ」
逃げていた大人や子供たちが、戻ってきました。
ケントくんは、せっせと消しゴムを描いていきます。
消しゴムをもらった人たちが、青いインクのそばに座りこんで、ゴシゴシこすっていきます。
とても時間がかかると思えた作業は、たくさんの人がくわわってくれたので、どんどん進んでいきました。
そして、怪獣だった青いインクは、あとかたもなく、きれいになくなりました。
「終わった」
「やったー」
近くにいる人たちでハイタッチをして、喜びあいました。
そしてみんなかえっていきます。もう夕方になっていました。
「ぼくたちもかえろう」
パパがいいました。
退場ゲートに向かう途中には、ケントくんが描いたものがまだ残っていました。
落書きを消しながら進みます。
人を困らせたカラフルなフンも、ネズミも。楽しんでくれた人もいたお花も。ぜんぶ消しました。
最後に、消しゴムのひとかけらと、不思議なペンが残りました。
ペンは持ってかえりたくありません。ケントくんには、もういらないものです。
ゴミ箱に捨てようと思いましたが、誰かが見つけるとまた大変なことになってしまうかもしれません。
残った消しゴムで、こすってみたら、みるみるうちになくなっていきました。
そしてペンが消えるのと同時に、消しゴムもなくなりました。
「ケント」
パパに呼ばれてケントくんは走っていきました。パパとママとキヨカちゃんが待っているところへと。
Fin.
イタズラ大好きケントくんと不思議なペン 衿乃 光希 @erino-mitsuki
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