第19話 横笛の持つ力

 結界に守られた邸の庭に、涼やかな笛の音が響く。その音は外には漏れず、結界の壁に弾かれキラキラと輝く光を生み出した。


「これは……」

「おそらく、横笛が神器として持つ力の一つ。笛の音が結界を更に強くしているんだ」

「実際のところを見ないとどれくらい強くなっているかはわからないけど、気の力が澄んできた……?」


 横笛の音の反響毎に、音なき音が響いていく。その音は、おそらく気の力が強まる音だと揚羽は察した。

 やがて演奏を終え、ふぅと息をついた柊が、自分を見つめる幾つもの目に気付いてふにゃっと笑う。照れ笑いだ。


「……なんだか、照れるな?」

「……っ」

「柊の腕前もさることながらって感じだな。お前の腕を見込んだからこそ、横笛はその力を示している」


 淡々と評する瑞飛とは反対に、揚羽は顔を赤くしてわずかに視線を外す。気持ちがそわそわとして、落ち着かない。


(え? 何で?)


 自分でも理由がわからず困惑しつつも、柊は瑞飛との話に集中してこちらに気付いていない。揚羽はほっと胸を撫で下ろした。


「……うん、気の所為だ」

「姫様?」


 どうかしたの。心配そうな竜玉に問われ、揚羽は「何でもない」と笑って返した。

 竜玉から気遣わしげな視線を受けつつ、揚羽は軽い動きで柊たちに近付く。二人は、柊の横笛の力について話を続けているらしい。


「……だから、竜玉の……」

「そうすれば……」

「二人共、仲良しだね?」

「えっ」

「へ?」


 目を丸くする二人にふふっと笑いかけてから、揚羽は柊が吹き終えた横笛をじっくりと見つめる。長く大事にされてきたただの横笛に見えるが、その実秘められた力は計り知れない。


「……あの、二の君?」

「あ……ご、ごめんなさい! この横笛の何処に、さっきみたいな力が秘められているんだろうって気になって……っ」

「――ぁ」


 勢いよく顔を上げた揚羽は、目の前に柊の顔があって思わず動きを止める。彼女の薄茶色の瞳いっぱいに、柊の驚いた表情が映った。


(あ……


 何がまずいのかわからないまま、揚羽は気力を総動員して柊から視線を逸らす。そして、大股で一歩退いた。胸の奥が大きく拍動し、顔が熱くなっていることを自覚する。

 からからに乾いた喉から、揚羽はどうにかこうにか「ご、ごめんなさい」と絞り出した。


「近過ぎた、ね。ごめんなさい」

「い、いや……こちらこそ」


 何故か、柊もしどろもどろになっていた。

 互いに顔を赤くする様を、化人たちは見守ることに徹する。そしてそろそろ良いかと顔を見合わせた後、走矢が三人を代表して「こほんっ」とわざとらしく咳払いした。


「――姫さん、横笛の力のことだよな。それに関して、竜玉からやってみたいことがあるらしいぜ」

「やってみたいこと? 竜玉、教えて」


 気を取り直した揚羽が尋ねると、竜玉は頷いた。


「そうなんだ。実は、柊が横笛の力を使いこなせるようになったら、さっきみたいに結界を補完するだけじゃなくて……多分、創り出すことも出来ると思う」

「俺が、結界を?」

「そう。そしてきみの創るものは、僕の創る結界よりも強固だ」


 断言出来るよ。竜玉が自信を持って言うと、更に柊は瞬きして息を呑んだ。


「だが、まだ俺は何も……」

「うん、わからないと思う。だから、僕が教える。その代わり、きみが結界を完璧に創れるようになったら、僕は戦うことに集中するよ」


 ニッと竜玉が笑った。

 今まで竜玉の役割は、基本的に結界を張ることとその保持、補強だった。そのため妖との戦いの場においても、持っている力の半分は結界を張り続けるために使わざるを得ない。

 しかし柊が質の高い結界を創ること出来るようになれば、竜玉は力を全て戦うことに使えるというわけだ。


「だから、期待してる。僕を超えてみせてよ」

「代わりと言ったら何だが、お前のことはおれたちが必ず守る。お前は俺たちを守ってくれ」


 淡々と落ち着いた声色で、瑞飛も柊の背中を押す。だから、柊は少し驚いた。瑞飛には嫌われてはいないだろうが、好かれているとも思っていなかったから。

 だが、そうではないと今わかった。柊は、ちらりと事の成り行きを見守っている揚羽を見た。視線が合うと、彼女は力強く頷く。


「横笛の力を、そしてその力を扱う柊どのがわたしたちを助けてくれたら、凄く嬉しい」

「……何だよそれ。そんなこと言われたら、頑張るしかないだろ」

「そう来なくっちゃな!」


 偉い偉い。そう言って、走矢が無遠慮に柊の背をパシンッと叩く。

 思わず前にこけそうになった柊だが、何とか踏み止まってほっと胸を撫で下ろした。


「えっと……じゃあ改めて。よろしくお願いします」

「こちらこそ、柊どの」


 早速やろう、と竜玉が柊の手を引いた。二人が横笛の神通力の使い方を模索するのを眺めて、揚羽は改めて「よし」と気合を入れる。


(わたしも、もっともっと強くなりたい)


 揚羽は化人たちのような特殊な力を持たないが、武器を使うことで戦うことが出来る。本日二度目の鍛錬を瑞飛と走矢に頼み、完全に日が落ちるまで動き続けた。

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