第18話 呼び出し

 音花と会った翌日、柊は大内裏に出仕していた。幸か不幸か、昨日の狼のような獣の目撃証言はない。誰かが見ていれば、早速今朝から大内裏中で噂となっていたはずだ。


「柊……どうしたんだ、百面相して?」

「百面相してたか?」


 そんなに変な顔をしていただろうか。柊が尋ねると、鷹史は神妙に頷いてみせる。


「何か、凄く考え込んでるというか。かと思えば反対に吹っ切れたみたいな顔をしてることもあって、いつ声かけようかと思ってたんだ」

「そこは別に、遠慮しなくて良いんだぞ」


 柊が肩を竦めて言うと、鷹史は「そっか」と笑った。


「じゃあ、明日からはそうする。それより、お前のことを大納言様がお呼びだそうだ」

「俺を?」


 目を丸くする柊に、鷹史は小声で「なぁ」と囁く。


「俺たちの垣間見がバレたのかな?」

「違うと思う。……ちょっと行ってくる」

「おう」


 鷹史に場所を聞いた柊は、大納言昌明に会うために大内裏の奥へと足を向けた。


 ❀❀❀


 その日の夕刻、揚羽は隠れ家の庭でまだ慣れない剣を振るっていた。


「ふっ……はっ……」

「そうそう。息を止めるなよー」

「わかって……る! くっ」


 ヒュンヒュンと空を切る音、そしてその半分くらいの数の金属音が鳴り響く中、揚羽は息を弾ませていた。彼女の相手をしているのは、体格で勝る走矢。

 走矢は余裕のある動きで、揚羽の戦い方を俯瞰ふかんしながら応じていた。


「……さあ、これでどうだ?」

「うっ。……まだまだぁ!」

「そうこなくちゃ」


 ぺろりと舌で乾いた唇を濡らし、走矢は果敢に挑んでくる揚羽を相手取った。

 それを眺めているのは、先ほどまで揚羽の相手をしていた瑞飛と竜玉だ。二人して白湯を飲みながら、二人の戦いを見守っている。


「瑞飛、どう思う?」

「何が?」

「姫様の動きとか飲み込み?」

「そうだな……。覚悟があるからか、戦う度に動きが良くなってると思う。竜玉は?」

「僕も同じ。後は単純な力が足らないのくらいかなぁ?」


 力の不足は、速さや技術で補うしかない。揚羽もそれをわかっているから、必死に体を動かす。走矢の長い手足に追い付かれないように、神経を研ぎ澄ませて紙一重の動きを続ける。

 揚羽の動きに、走矢も合わせて複雑に剣をさばく。金属音の中で火花が散り、二人の険しい視線が交わった。


「――はぁっ!」

「くっ……。お、柊」

「へ!?」


 揚羽が鋭く剣を振り切ろうとした直後、走矢の言葉で均衡を崩す。揚羽の視界の端に、確かに柊の驚いた顔が映った。

 全力で踏み留まり、揚羽はいつの間にか浅くなっていた息を弾ませる。


「す、すまない。邪魔をしてしまった」

「……っ。だい、じょうぶ。貴方なら、いつでも……ちょっ……待って」


 ぜーぜーと息が定まらず、揚羽はその場に座り込む。柊がためらった後その背中をさすり、目を伏せて呟く。


「焦らせた。慌てなくて良い。すまない、白湯を貰えないか?」

「言われなくても、ここにあるよ。……ほら、姫様。ゆっくり息をするんだ。それで、大丈夫になったら飲んで下さい」

「うん……」


 瑞飛の差し出した白湯を、揚羽は少しずつ喉に流し込む。何度か咳込んだが、時が経つと落ち着いて話が出来るようになった。

 わたしもまだまだね。そう言って、揚羽は肩を竦める。


「ようこそ、柊どの。何もないけど、よかったらこっちにどうぞ」

「ありがとう。……実は今朝、大納言様に呼び出されたんだ」

「……父上に?」

「挨拶だけっていう感じだったけど」


 何故。目を瞬かせる揚羽たちに、柊はあらましを語った。


「大納言様は、俺が君たちと知り合いだということをご存知だった。それで、娘たちがどうしているか、気になったらしい。俺も正直何処まで話して良いのかわからなかったから、昨晩のことは話していないんだけど……」

「父上には何度か文を書いて、近況を知らせてはいたのだけど。でも、あの母上を妻にした人だから、少々のことなら動じないでしょうね」


 おそらく昌明ならば、隠れ家に妖が突入して来たと伝えても、揚羽たちが無事ならば感情的になりはしない。若い頃から、都のために先陣を切る妻・桐子を見てきたはずだから。


「でも、母上のこともあるし、父上にはあまり案じてもらうのも申し訳ないかも。父上は、貴方の話を聞いて何と?」

「『瑞飛たちがいればあのは大丈夫だろう。これから色々と大変だろうが、あの娘たちのことを宜しく頼む』と頭を下げられたよ。まさかそんなことになるとは思わないから、慌てて変なことを口走っていなかったか不安だ」

「少々なら、別段問題はないと思うぞ。それに、昌明殿が許したのなら余計に」

「そう、何だろうか。だとしたら、嬉しいな」


 はにかんだ柊は、照れ隠しに咳払いした。そして、前から考えていたことを化人たちに頼んでみようと思い立つ。


「先程、二の君が走矢を相手に鍛錬をしていただろう? 俺も、すぐに動けるように、せめて自分の身くらいは守れるようになりたい。……だから、教えてくれないか?」

「確かに、柊どのも動けるようになってくれたら、わたしたちとしても有り難い。……どうかな、みんな?」

「二の姫様もおっしゃるのですから、断る理由はありませんよ。それに、竜玉に考えがあるようですから」

「考え? 何かあるの、竜玉」


 揚羽に問われ、竜玉はこくんと頷いた。


「実は、昨晩のことがあって考えたんだけど……」


 竜玉の提案は、柊にとって驚くべきことだった。

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