第20話 牡牛の調伏

 秋の風が頬を撫でる頃、揚羽たちの連携は完成されつつあった。何度も訪れた妖との戦闘経験を経ることにより、揚羽も柊も滑らかに動けるようになって来ている。

 そして今夜もまた、右京に出没した妖を調伏するために戦っていた。


「柊、結界は?」

「必ずもたせる!」

「任せた」


 戦闘中とは思えないほど、和やかで落ち着いた笛の音が鳴り響いている。しかしその実、柊の創り出した強固な結界の中では、一体の雄牛に似た妖を相手に激しい戦いが繰り広げられていた。


「オォォォォ」

「――っ! やっぱり角が厄介だな」

「さっき、ぶん投げられたもんな。瑞飛」

「そうだよ! ……これ以上暴れさせるわけにはいかないな」


 けらけら笑いつつ、走矢は機敏に雄牛の突進を躱す。瑞飛も彼に負けず劣らず、翼を羽ばたかせて雄牛を牽制、焦点を絞らせない。

 思い通りに戦いが進まないのか、雄牛は苛立っていた。地団駄を踏むと、地面が揺れる。


「うわっ」

「踏ん張って、柊どの」

「あ、ああ」


 体の均衡を何とか保ち、柊は横笛を構える。結界を創るために笛の音は必要だが、創りきってしまえば補完的に時折吹き奏でれば良い。柊は人一人分ほどの小さな四角い壁を幾つか創り出し、それらを結界の中に配置して仲間を援護する。


「これを使って!」

「よっしゃ!」


 トントントンっと走矢が半透明の板を踏み、暴れる雄牛の頭上を取る。

 牡牛は瑞飛と竜玉、そして揚羽に惑わされ、走矢に気付かない。揚羽の剣に横腹を切り裂かれ、怒りの声を上げた。


「今だよ!」

「任せろ!」


 おおおっ。気迫と共に、走矢が板から飛び降りる。牡牛が顔を上げた時には、その背中に走矢のかかと落としが衝突していた。本来背骨があるべき場所がしなり、発する痛みに牡牛が暴れる。


「――まずいっ」


 牡牛が暴れたことで、上に飛び乗る形となった走矢が振り落とされそうになる。ぐらりと彼の体が揺れたその時、人の大きさ程ある水の玉が体を包み込むようにして受け止めた。

 水の玉はゆっくりと牡牛から離れると、地面に降りてパチンッと弾ける。水しぶきに驚き、牡牛が後ずさりした。


「助かった。ありがとう、竜玉」

「どういたしまして。さあ、一気に追い詰めよう」


 水を操るのは、竜玉の得意技だ。彼が手をかざせば、何処からか湧き出した水が様々に形を変えていく。竜玉は水を牡牛と同じ牛の形にし、空中を滑るように走らせた。

 ドドドドドッ。走る音などしないはずだが、水の牛は宙を蹴って牡牛へと接近する。すると牡牛も覚悟を決めたのか、その鋭い角を前に突き出した。


「――そんなもの、効かないよ」


 ぼそりと竜玉が呟いたのとほぼ同時に、水の牛はパンッと弾けて元の水に戻った。そしてそのまま落ちるのではなく、牡牛へと襲い掛かる。


「姫様!」

「わかった」


 粘度のある水に絡み付かれ、牡牛は暴れようとするが思うように体を動かすことは出来ない。悔しそうな唸り声を上げる牡牛を前に、揚羽は手にしている剣を真っ直ぐに妖へ向けた。


「――片を付けるよ」


 息を整え、母の一族から受け継いだ力を解放する。これも、ずっと稽古して来た術師の力の一端。目覚め始めたばかりの不安定な力ではあるが、使うことで精度は上がっていく。揚羽は剣に籠めた力を、その剣を振り下ろすことで牡牛に叩き付けた。


「はあぁぁぁぁっ!」

「とどめだ!」


 剣の斬撃が牡牛を襲い、更に水が体を締め上げる。悲鳴が断絶され、牡牛は黒い霧となって夜空に消えた。


「……やった、のか?」


 ぽつんと呟いたのは、誰だろうか。しかしその言葉が現実を全員に思い知らせ、最初に揚羽が肩の力を抜いた。


「……うん、調伏出来た。よかった」

「おめでとう、二の君」

「柊どの、ありがとう。お蔭様で」


 貴方の結界が牡牛を逃がさなかったから向き合えた。揚羽がそう言うと、柊は少し照れた顔をしてはにかんだ。


「役に立てて良かった」

「周りの被害も最小限だ。あんまり壊すと、それこそ妖の仕業だ何だと都人は五月蝿いからな。これなら、夜盗かと言われるくらいで済みそうだ」


 走矢の言う通り、妖との戦いは周囲の被害を出すことが多い。出来る限り被害が少なくなる場所まで妖を誘導しながら戦うが、うまくいくとは限らないのだ。

 その点、今回は人のほとんど住んでいない地域に誘い込み、倒すことが出来た。上出来だ、と走矢は笑う。

 そんな走矢を横目に、瑞飛は主である揚羽に向かって冷静に注意する。


「今宵は新月の前日。妖の力は更に強まります。もう数戦あってもおかしくはありませんから、気を抜かないようにして下さい」

「……瑞飛、オレに言ってる?」

「さあ、どうだろうな」


 どちらにせよ、と瑞飛は空を見上げる。彼の視線の先にあるのは、筆のように細い月。明日は、最も妖の力が強まる新月だ。


「瑞飛、忠告ありがとう。その通り、気を抜かずに家に帰ろう。いつ何時、あの時の蜘蛛のような妖が現れるとも限らないものね」

「そういえば……」


 揚羽の言葉を聞き、柊はふと思ったことを口にする。

 彼も結界を創ることが役割とは言え、切り傷擦り傷だらけだ。揚羽たちは言わずもがな、怪我をしている。あの牡牛ですらこれなのだから、と不安になったのだ。


「あれ以来、あの蜘蛛の仲間らしき妖には出会っていないな?」

「出会わなくて良いのなら、それが良いけれど……。わたしは、母上を、龍脈を狙うあいつらの正体が知りたい。知る機会があれば、だけれど」

「……二の君のお母上に目覚めてもらうためにも、必要なことだな」


 夜の都にはびこる妖たち、その中でも龍脈を狙うモノたちが何を考えているのかわからない。わからないとしても、企ては必ず阻止すると揚羽は決意していた。

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