Ⅶ.蝶になるクラスメイト
時間にしてどのくらいだったでしょうか。逸見くんに誘われて始めたゲームにログインだけして、あとは蝶々について調べるためにサイト巡りをして暇を潰して――。帰る前に最低限の片付けはしておこうと思って、彼女が脱いだ制服と下着を畳んで蛹の様子を確認すると、中身が先ほどよりくっきり見えました。
言おうか言うまいか迷ってたんですけど、なんとなく察せてしまってただろうし思い切って言っちゃいますね。彼女の蛹は透明だったので、再構成してる様子が外からでもある程度わかっちゃったんです。食材をブレンダーにかけるとき、入れたものが粉砕されて混ざり合って、美しいとは言えないビジュアルになるじゃないですか。さっきまであんな感じのドロドログチャグチャ――だったんですけど、今見たら黒っぽい羽みたいな模様が透けてるんです。
彼女がそれを広げて羽搏かせているところを想像していたら、壁に面していない――つまり背中側に亀裂が入りました。驚いてぴょんと飛び退くと、亀裂から見慣れた後頭部と大きな羽を抱く背中がぬるりと出てきました。しかし、まだまだ序の口です。彼女はパリ……パリ……と音を立て、腕や胴体、脚を次々と露出させていきました。見る限り、羽以外の部分は蛹化する以前とまったく変わっていないようでした。
「最後までありがとう。鳴沢さんにもお礼しないとね」
縮こまっていた羽を広げた彼女は足元の制服には目もくれず私に近付いてきます。不躾に眺め回すのもどうかと思いつつ、生まれたままの姿でナミアゲハのような模様をした羽を動かす彼女は高名な芸術家の作品もかくやと思うほど美麗で、鱗粉さえもカメラアプリのエフェクトのように感じられました。
「お礼なんていいよ、そんな!」
真正面に来ていた彼女は私の身体をそっと抱き、背中を撫でてきました。2回か3回往復したと思います。自発的にコミュニケーションを取ろうとしない彼女のほうから話し掛けてくるだけならまだわかりますが、親しげなスキンシップには動揺してしまった私はキンキン声でそう答えるのがやっとでした。
「もうしちゃった。ふふふ」
順当に考えて今さっきのハグのことだと思うじゃないですか。だから、私も追及しなかったんです。掻痒感って言うんでしたっけ。なんとなく背中がむずむずする感じはしましたけど、憧れの人にハグされた高揚感と照れ臭さでそうなってるのかなって。掻痒感と高揚感で駄洒落みたいですね。掛ける気はなかったんですけど。
その日は結局、帰宅時間がいつもより1時間くらい遅くなりました。連絡するのを忘れていたせいで怒られちゃったんですけど、自主練に熱が入って時間を忘れてしまっていたということにしたらあっさり許してもらえました。本当のことを話すつもりは最初からありませんでしたし、話したところで信じてもらえないでしょうから、これでいいんです。
それからのことですけど、あの日を境に私と諏訪さんが仲良くなる――ということはありませんでした。やっぱり1回家に呼んでもらったくらいじゃ変わりませんよね。今度私の家に来てもらおうかって考えたんですけど、見せるものもないし部活と自主練で時間もないし……というのを言い訳に行動に移せないままって感じですね。
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