Ⅵ.蛹になるクラスメイト


「きょ、今日は呼んでくれてありがとう。でも、なんで急に?」


 家の中に入った彼女が別人のように饒舌に話し出す――なんてこともなく、椅子に掛けさせられておとなしく待っていたら、ハーブティーを持ってきてくれました。爽やかなオレンジの香りがふわっと広がります。


「鳴沢さんだけ。気付いてくれたの」


「え?」


「あの子たちのこと。見えてるよね?」


「……あ、蝶々? やっぱりいたよね!?」


「いた。ずっと一緒に」


「今日はなんでいなかったの?」


「羽化するところ、鳴沢さんに見てもらおうって」


「そうなの? 見たい見たい! 初めてかも、蝶が羽化する瞬間見るの」


 彼女の周りを飛んでいる蝶々はすでに羽化しているんだから、問いに対する答えになっていない――なんて少し考えればわかることなのに、そのときの私は興奮していて違和感を察知出来ませんでした。


「嬉しい。こっち来て」


 彼女が手を引いてきたので立ち上がります。しかし、案内された先の部屋――どう見ても諏訪さんが寝起きしている場所です――には虫籠ひとつ見当たりませんでした。彼女がこれから持ってきてくれるんでしょうか?(後で気付いたんですけど、虫籠じゃなくて飼育ケースでしたね)


「蝶々たちはどこにいるの?」


「まだ蝶じゃない。これからなるから」


「あ、そっか」


「でも、その前になるのは蛹。見てて。――わたしが蝶になるまで」 


 それから先に起こったことを詳しく語るのは。とてもじゃないけど私の精神が保たないので掻い摘んで話します。一面だけぽっかり空いた壁につけた彼女は、なんと口から糸を吐き出して自分の身体を壁に固定し始めました。(服なんていつの間に脱いだんでしょう。脱ぎ散かした制服が彼女の足元に重なっていました)身体の固定が済んだあと、彼女は糸を何度もビィィィン……ビィィィン……と撓らせていたけど、音が止んだら今度はなんと脱皮を始めたんです!


 頭から胸にかけて大きな裂け目が入って、中からワントーン以上も明るい色の彼女が飛び出してくるのは異様な光景でしたし、言ってしまえばグロテスクでしたけど、目が離せなくて。残り半分に差し掛かったときには心の中で声援を送っていました。もしかしたら声にも出していたかもしれません。古い皮を脱ぎ去った彼女はアコーディオンのように身体を曲げ伸ばしして――何十分後だったでしょうか。すっかり硬化して、人間版の蛹になりました。


 彼女の言葉をそのまま受け取るなら蛹……なんでしょうけど、私の目に映る彼女は氷漬けにされた美少女という感じで、つついてみたいなとも思ったんですけど、蛹の中ってドロドロで急速に身体が作り変わっていってるとかでしたよね。確か。だったら、邪魔するのも悪いかと思って我慢しました。――と、ここでもうひとつ考えなければならないことがあるのを思い出しました。


「蛹が蝶になるまで……って、どのくらいかかるの?」


 学校にいる間はほとんど触っていないスマホで検索をかけました。1週間から長ければ2週間程度だそうです。充電は80%以上残ってたけど、家にも帰らないといけないし学校にも行かなければいけないしで、片時も離れずというのは難しいでしょう。こんな森の奥深くまで分け入ってくる人はそうそういないと思いますし防犯面の問題はないのかもしれませんけど、私自身も彼女の頑張りを見守っていたいと感じていたので、しばらく自主練はなしにして毎日ここに様子を見に来ようと決めた矢先のことでした。


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