Ⅳ.密になるクラスメイト<中編>
「今日、私の家に来ない?」
彼女の用件は思いもよらないものでした。
「今日!?」
裏返った声は歓喜どころか狂喜に満ちてすらいたと思います。だけど、ほら……ね。今日は――今日“から”はかもしれませんが――部活後の自主練に加えて逸見くんと帰る約束がありましたから、即答するわけにもいかなかったんです。
一旦、家に帰ってからお邪魔する――なんてことも出来なくはないとは思うのですけど、高校って色んなところから通ってきてるじゃないですか。びっくりするくらい険しい道を通っていたり、片道何時間も掛けて通学する人がいたりして。
そうそう。つまり私は諏訪さんの家がどこにあるか知らなかったんですよね。遅い時間にお邪魔しても迷惑ですし、彼女も一緒に帰ってそのまま……というような口ぶりでしたから。ということはそこまで遠くないのかもしれませんけど、こればっかりはわかりませんから。
「…………じゃないとダメ…………?」
「ふふふ」
確認を取ってみましたが、彼女は曖昧に微笑むばかりでした。――ついでに学校から家までどのくらい離れているのかも訊いておけばよかったのに。大失敗です。
でも、今日を逃したら二度と誘ってきてくれない予感があったので、逸見くんとの約束を蹴らせてもらうことにしたんです。淡々として見えるかもしれませんけど、これでも苦渋の決断だったんですよ。逸見くんは私が諏訪さんに憧れていることを知っていたから、許してくれるだろうという甘えもあったんだと思います。
「……わかった! 行く、行きます! でも、ちょっとだけ待っててもらえる!? 5分も掛からないと思うから!」
「うん」
手を後ろで組んだ彼女に頭を下げ、逸見くんの元に急ぎました。彼は部活仲間数人と談笑しているところでしたが、私が駆け寄ると話し掛ける前に気付いて左手を振ってくれました。逸見くんを好きになってから、テニス部に所属している彼の、左右で太さの違う腕に抱かれる妄想を何度繰り返してきたことでしょう。
「逸見くん!!!」
「鳴沢? そんな急いでどうしたよ。おれと帰るの待ち遠しいかー? でも、部活と自主練頑張ってからなー」
逸見くんがギャラリーの前で堂々と宣言すると、周りにいた人達は口々に囃し立てました。彼らが気の良い人達だということはわかってるんですけど、こういう陽キャなノリにはついていけません。女子ならまだ共通の話題もありますからなんとかついていけなくもないんですけど、男子となると――。この中では比較的おとなしめな逸見くんに合わせるのもきついなって思うときもあるくらいなので。
「そのことなんだけど、ほんっとーにごめん!! 諏訪さん家に来ないかって誘われちゃって……! 今日はキャンセルでいいかな?」
「え、マジ? 良かったじゃん!! これを機にお近付きになれると良いな。鳴沢、女子の友達少ねーし」
どんな反応が返ってくるか想像出来ず、謝罪と言い訳を立て続けにしてしまったというのに、逸見くんが私を非難することはありませんでした。それどころか我がことのように喜んでくれて、かえっていたたまれなくなりました。でも、そんな彼にも1点だけマイナスポイントがあって――。早起きしてセットした髪がぐちゃぐちゃになるから、もう少し優しく撫でてほしかったです。
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