Ⅲ.密になるクラスメイト<前編>


「――に決まってんじゃん! 鳴沢、疲れてんじゃねーの。大会前だからって部活終わった後も自主練してんだろ」


 でも、泥濘んで足場の悪い道みたいな屈託は、逸見くんの笑い声で跡形もなく消えてなくなりました。褒められたくてしていたわけじゃなかったとしても、頑張りを認められるのって嬉しいですよね。同じくらい照れくさいけど。


「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。私の自主練知ってるってことは、逸見くんも居残りしてるってことだもんね」


「へーへー、鋭いこって。鳴沢ってさ、普段ボケボケのくせにたまーに痛いとこ突いてくるよなー」


「えっ? 逸見くんって自分のことツッコミ側だと思ってる人? 完全にボケこっち側なのに……!?」


「百歩譲ってそうだとしても、自分以上のボケがその場に存在するときはツッコミに回らざるを得ないじゃん? ――ってことは、鳴沢といるときのおれは常に冷静クールなツッコミ担当。証明完了Q.E.D.


「納得いかなーい」


「なんでだよ。別に鳴沢の意見自体は否定してねーじゃん。…………ま、とりあえず、その……なんだ。ボケ一人ずつよりかは固まって帰ったほうが良さげだし、今日から一緒に帰ろーぜ」


「ほんとっ? 実は一人嫌だったんだ~。駅なんてすぐそこに見えてるし、私みたいなでっかい女狙う奴いないと思うけど、話し相手いないの退屈で。約束だからね!」


 思いがけない幸運です。誰にも打ち明けてはいませんでしたが、私は逸見くんのことが好きでした。本人にも周りにも態度でバレバレだったかもしれませんけどね。


「……おー。思った以上に喜んでくれて嬉しいわ」


 逸見くんも口をもごもごさせていて、これはいい感じなのではと恋愛初心者ながらも手応えを感じていました。

 

 そう。そのとき私は確かに逸見くんと約束をしたのに、が入ったのです。――いえ。邪魔と言ってしまうのも憚られるほど、私にとって魅力的なお誘いではあったのですが――。


 あまり焦らされても興醒めだと思いますから、単刀直入に申し上げましょう。帰りのHRの後、諏訪さんが私に話し掛けてきたのです。

 

「鳴沢さん、少しいい?」


「諏訪さん!? う、うん。いいいい、いいけどっ、どうしたのっ?」


 私のほうから彼女に話し掛けたことは何度かありましたが、私的な会話のためではなくて日直や授業に関する事務的な話題でしたから、これが私たちの初めての会話だったのかもしれません。

 

 ――にもかかわらず、彼女のほうはあまりにも自然で、いつもと同じようにしているだけですよ、という風だったので、逆にこちらが戸惑ってしまいましたよ。でも、クラスメイトなんですから、距離があるほうが不思議といえばそうなのかもしれません。やっぱり私が身構えすぎなだけなんでしょうか?

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