第3話 不思議な家

 ——いい匂い。


 恐怖心や不安感が消えた。


 家の中は灯りがあるものの、視界は悪く霧が発生している。理由はすぐにわかった。お香が充満していたからだ。どことなく古風で落ち着きがあり、和を感じさせるような香り。

 お香の香りに惹かれていると、怪我をした手が治っていることに気がついた。 痛みも引いている。それに泥だらけだった服も綺麗になっていた。

 さらにお香の香りに吸い込まれていくかのように、体の緊張も解けて、心も安らいだでいく。僕はペルシャ絨毯に大の字で寝転がって暖炉の火を眺めた。


 不規則に揺られる火は、今を忘れられる。

 外観とは裏腹に、魔女が住んでいそうな家の内装はとても芸術的で豪華だった。蜘蛛の巣や埃、外で見たネズミも見当たらない。

 七桁は優に超えるソファに、シャンデリア。人の形をした机の上には、無用心にもエメラルドやルビーといった様々な宝石が置かれていた。

 

 しばらくして家主に挨拶をしようと、ゆっくりと起き上がった。

 家主が魔女かもしれないと思いつつも、無断で家に立ち入った以上、お詫びの挨拶はしなくてはならない。

 足元に気をつけながら、家主を探し始めた。見たことのない動物の毛皮や剥製、絵画や骨董品が並んでいる。美術館のような空間に見惚れていると、突然、二階から一定の間隔で音が聞こえた。木と木が擦れるようなギシギシという音。

 本来の僕なら恐怖心で足がすくむはずだ。だが今の僕にはそんなものはない。


 手すりを使って淡々と階段を上がっていく。二階に着くと一つの部屋だけ扉が開いていた。木と木が擦れる音も聞こえる。

 恐れることなく覗いた先には揺り椅子に身を委ね、前後に揺れている誰かがいた。

 僕は家主だと思い、部屋に足を踏み入れた。

 

「——まだ、続くよ」

 

 優しい聞き覚えのある老婆の声。懐かし気持ちにもなる声。泣きたくなるような甘い声。

 

 ————。


 夜空が肉眼で見える。

 家が消えた。家があった跡は残っている。

 僕は揺り椅子に揺られる老婆に話しかけようとしていた。でも当然、消えた。いや、消えたのか?


 疑問を抱いたが、今起こった状況を理解する気は湧かなかった。

 「消えちゃった…」という儚い気持ちだけが残った。

 消えた跡地を見ていると、光を放っている何かが見えた。ゆっくりと光源に近づくと、そこには窪みがあった。

 僕は恐る恐る窪みを覗いた。

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