幽霊の見つけかた
λμ
命令
一日の終わりを告げる鐘が鳴り、生徒たちが三々五々に帰り支度を始めるなか、一人の少年が教室の片隅に進んでいく。
少年は教室の最奥、窓際の席で足を止め、机をガツンと蹴った。
「よう、
加藤と呼ばれた少年が顔をあげ、黒縁の眼鏡を押し上げた。
「……何? えーっと……」
「
「……結城くん」
結城を名乗った少年が、ガリガリと音を立てながら加藤の前の椅子を引き出し、背もたれに顎を乗せるようにして座った。
「お前さ、幽霊の見つけかた知ってるんだって?」
「……うん。まあ」
「くだらねえのな。高一にもなってさ」
「まあ、感じかたは人それぞれだから」
「どうやって見んの? 幽霊」
結城が口元を歪めた。
加藤は何度か目を瞬きながら背筋を伸ばした。
「……見たいの?」
「試してやろうと思ってさ。もし見れなかったらメシ奢れよ」
「そういうこと」
加藤は伏し目がちに唇をすぼめて息をついた。
「いいよ」
「んじゃ決まりな。もし幽霊が見えたら――」
「別に何もいらないよ」
「あ?」
「見つけかたを教えるのは勉強を教えるのと変わらないから」
言って、加藤は帰り支度を終えた鞄を床に下ろし、一冊のノートを机に広げた。手にシャーペンを握り、少し芯を出し、まっすぐ結城の顔を見つめる。
「まず知っておいて欲しいのは、幽霊はどこにでもいるっていうこと」
「いいから見せろよ」
「知っておいてもらうのが大事なんだ。だから聞いて」
「はいはい。そんで?」
「なんでどこにでもいるかというと、そうじゃないとおかしいからなんだ」
「は?」
「仏教でいう成仏という概念ができる前から今でいう幽霊みたいな存在は記録されていて、今日までに死んだ生き物の数を考えたら、どこにでもいないとおかしい」
結城はしばし視線を彷徨わせ、やがて頷く。
「そんで?」
「幽霊はどこにでもいて、いつでも僕らを見ている。信じなくていいけど、まず知っておいて欲しいんだ」
「おお。そんで?」
「幽霊は声とか音を聞くことができる。ただ、意味が分かるかは別」
「へえ」
「たとえば、お経をあげると幽霊は消えたりする」
結城が背もたれに額を押し当て肩を揺すった。
「そんで?」
「聖書の一説とかでもいいんだけど、うまくいったり、失敗したりするのはなぜか。幽霊は言葉として理解しているんじゃなくて、周波数だったり、音の連なりだったり、そういうのが追い払ったり見えなくするのに適しているんだ」
「お前、頭おかしいんじゃねえの?」
「その態度でいいと思う。じゃないと見つけられないから」
「……は?」
眉を寄せる結城に、加藤は言った。
「幽霊は音の意味を取れないけど、文字を読むことはできる」
「へえ。なんでそう言えんの?」
「例えば御札。経文。魔よけの小道具。幽霊は視覚に強くて音に弱いから、呪文を唱えるより、そういう道具のほうが効果があるんだね」
「いや、効果があんのかどうか知らねえけど」
「大丈夫。知っておいて欲しいのは、幽霊は文字を読むのは得意だってことだから」
「っていうか、いつ見せてくれんのよ」
「もう一個だけ」
加藤が人差し指を立てて言った。
「実は幽霊は、命令形にとても弱いんだ」
「はあ?」
「幽霊は意志が弱いんだ。ほとんどの幽霊は、僕らに興味があっても、僕らをどうこうしようとは思っていない」
「あれだ。浮遊霊とかいうやつだ」
「そうなの?」
「なんで知らねえんだよ」
「見つけかたを知ってるだけだからね」
加藤は目を閉じ、細く、長く息をつき、また目を開いた。
「幽霊の見つけかたは簡単だよ。僕らが幽霊の関心を引けばいい」
「つまり?」
「たとえば、鏡を見るとき、じっと自分の顔を見ながら、目の端で背後を見てみたりとか。夜、部屋を真っ暗にして、しばらく待ってから急に目を開くとか」
「はあ?」
「幽霊は僕らに興味をもっているから、何をしているのか気になるように仕向ければいいんだね」
「だから、やって見せろよ」
「うん。今からやってみせるよ」
言って、加藤はノートにペンを走らせ、すぐに閉じた。
「準備はいい?」
「……お、おう」
結城が喉を鳴らした。
加藤はノートを指差しながら言った。
「僕が合図をしたら、一緒に振り向いて」
「振り向くって、後ろか?」
「僕と同じ方向」
「分かった」
「合図したら、だからね?」
「分かってるよ」
「じゃあ、始めるよ」
加藤がノートを開いた。
そこには、
『読め』
と書かれていた。
加藤がページをめくった。
『気づけ』
ページをめくり、サラサラと書きつけた。
『振り向け』
二人がこちらに振り向いた。
悲鳴。
幽霊の見つけかた λμ @ramdomyu
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