第17話 彼女の青春
「それじゃ授業を始めるぞ」
初老の先生はそう言い、国語の教科書を開く。
「えー。今日は四月二十日。出席番号二十の乃々葉さん」
「せんせー。乃々葉はサボりです」
「ええ。乃々葉さん……」
※※※
「雪菜ちゃん。先生に呼ばれているんじゃない?」
「そう?」
桜の花吹雪の中、私は学校の屋上で寝転ぶ。
隣にはもちろん夏音ちゃんがいる。
「サボっているの、バレるかー」
「とっくにね」
夏音ちゃんはくすくすと笑う。
「でも、そう言う夏音ちゃんもずっとサボっているじゃない。私なんて月一だよ」
「うそだ。四回はサボっているじゃない」
「そうかな? でも成績は落ちていないからね」
「そこが不思議なんだよね。先生の授業を受けていないのに」
「ふふ。私、天才だから」
「言うようになったね。自信がついてきたのかな?」
にこやかに言う夏音ちゃん。
嫌味なんてない。
そこには純粋な愛がある。
「ふふ。そうかもね」
肯定しても、否定しても。
彼女はそこにいる。
暖かくも、優しい眼差しをくれる。
私はそんな日だまりみたいな場所をくれる夏音ちゃんが大好きだ。
もう二度と離れたくない。
私は夏音ちゃんの細い身体に腕を回すと、そのまま抱きしめる。
そして頬に軽いキスをする。
「もう、唐突なんだから」
そう言って夏音ちゃんも、ギュッと抱きしめてくる。
その力が少し強いとすら感じた。
チュッと触れる唇。
私たちは間違っていない。
キスも、ハグも、愛を示すもの。
だから、私たちはお互いを理解できる。
一緒にいられる。
ずっと傍にいたいから。
幽王も莉子も今は償っているだろう。
正直、どうしているのかは分からない。
学校を退学させられて、少年院にでも行っているのかもしれない。
二人とも病院に通うことも決まっていると風の噂で聞いた。
私は彼らとはもう会いたくない。
会わないようにして欲しい。
今日、歩いていた道のり。
その道中ですれ違っているのかもしれない。
恐怖と戦い続けなくてはいけない。
私はずっと心的外傷後ストレス障害を抱えて生きていくしかない。
外に出るのが怖くなった。
人と接するのが不安になった。
またいつ傷つけられるのか怯えるようになった。
私は弱いのかもしれない。
でもみんなそうだ。
みんな弱い人ばかりだ。
自分の心をくじいて生きている。
正しさなどないのだから。
自分の信じた道を進んでも、それでも間違っているときもある。
私は信じる。
彼らの先にある本当の愛を。
真実の愛を。
それを知るまで、人は間違え続けるのかもしれない。
だから、私は祈る。
人々の暮らしを。
人々の安寧を。
まだまだ世界は弱さで満ちている。
「キミたち。アイドルやってみない?」
私と夏音ちゃんが放課後、駅前をぶらついていたら、変質者に声をかけられる。
無視していると、変質者の隣に可愛いアイドルみたいな子がやってきた。
「ええ。マネージャー。きっと避けられていますよ?」
「え。そうなのかい?」
「だって。マネージャー。顔怖いもの」
アイドルみたいな子が言うマネージャー。
本当にアイドルとしての活動を支援してくれる人なのかもしれない。
「うちは
可愛らしいウインクえを見せる高橋さん。
「うちの名刺、どうぞ!」
高橋さんはそう言ってポケットから名刺を出す。
「ほら。マネージャーも!」
「ああ。はい」
本当みたい。
「あの、ここに電話してもいいですか?」
私は警戒心を強めつつも、名刺に書かれた電話を見る。
「いいよ。あ、社長は
高橋さんは言いよどむこともなく、明るい笑みを浮かべている。
電話をし、確認を取る。
本当みたい。
どうしよう。
私だけならOKしていたけど……。
隣にいる夏音ちゃんに視線を投げかける。
「……やろ。やってみよ? 人気ものになろう?」
「……うん。ありがとう」
歌も、ダンスも好きな私。
そんな私の趣味はアイドル鑑賞でした。
「そうかい! じゃあ、すぐにわたくしの事務所にきてくれ」
「マネージャー。まずはお茶でしょ?」
「ああ。そうだな」
どっちがマネージャーなんだろう。
私と夏音ちゃんは二人してそう思ったらしい。
苦笑を浮かべている。
「さ。行くよ」
高橋さんが誘導してくれるらしい。
「大丈夫。色々と話を聞きたいだけだから」
マネージャーはそう言い、駅前のカフェに四人分の席をとる。
そこに腰掛けると、私たちは契約の内容や仕事の内容など、詳しい話を聞いた。
私はその場で仕事を受けることにした。
人気者になれば私は正しくなれるのかもしれない。
でも、それは副産物だ。
本当は踊りも歌もしたいのだ。
それでいい。
好きだからやる。
それでいいんだ。
つきものが落ちたかのように明るい気持ちになる。
きっとこの出会いは奇跡だから。
茶色い青春にまみれていた気もするけど、でも茶色いのでもいいよね。
色なんて関係ない。
きっと青春ってこういうものなんだ。
「あ。そろそろ学校が始まるね」
「サボっちゃえ」
「いやいや。ダメだよ、高校いきな」
高橋さんが困ったように眉根を寄せる。
「あとで電話するから、連絡交換だけしよ?」
高橋さんはそう告げると、スマホを向けてくる。
「はい」「うん」
私と夏音ちゃんはまた一歩前へ進めることができた気がする。
その先に夢が待っている。
私の夢が。
※※※
「ここに来てくれて、ありがと――――っ!!」
「みんなには大事な話があるよ――っ!!」
私と夏音ちゃん、
「私たち」
「結婚することになりました――っ!!」
私は夏音ちゃんの薬指に指輪をはめる。
そして夏音ちゃんは私の薬指に指輪をはめる。
実際はパートナーなんとか、って制度だけど、内容的には結婚と同義である。
そんな晴れの舞台を飾り、ファンの声援は絶頂に達する。
私たち、やっと結婚できたね。
嬉しいこともあった。
夢も叶えた。
でも、私たちはまだ止まらない。
これからも素敵な未来を描き続けるんだ。
みんなの希望になるために。
みんなの光になって、幸せを見せるために。
希望になるために。
輝き続ける。
二十年後も、三十年後も。
後悔しない幸せをつかみ続けるんだ。
だって私たち、アイドルだから。
みんなの夢を叶えるために。
私も強く生きる。
みんなが幸せになるのを祈って。
またオムライスを作る。
そして茶色い青春を謳歌するんだ。
そうそう。
駄文になるけど、私と夏音ちゃんは子どもを迎えることにしたよ。
重い過去があるからか、素直じゃないし、怯えているし。
でも私たちの新しい家族。
きっとこれから先、素敵な出会いが待っている。
そんな話を永遠と聞かされただろう、娘。
ちょっと大人しいのが玉に瑕ではあるけど、可愛いとても強い子。
私はこの子を迎えて、良かったと思う。
ねぇ、あなたはどう思う?
【百合】これは茶色い青春だ。ゆるふわ系なサボタージュ彼女に生真面目で模範的生徒な私の世界は彩られていく。 夕日ゆうや @PT03wing
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