第16話 彼女の幸福
私と夏音ちゃんは遊園地に来ていた。
あの千葉県で一番有名な、遊園地にだ。
まあ、遊園地というのかは分からないけど。
アトラクションやショーが充実しており、様々なエリアに別れている。
その一つ一つに回りたいけど、高いところが苦手な夏音ちゃんに合わせて、ショーを楽しむ。
雪の女王のショーを楽しむと、夏音ちゃんはすでに満喫したような顔をする。
「まだ、午前中だよ?」
「でも楽しかったもの」
その世界の一人になれたような没入感があった。
それに音楽とからめたショーは浮き立つ思いがあった。
確かに彼女の言うことも間違ってはいないのだろう。
しかし、
「恋人が同性になるとは思わなかったなー」
「ふふ。それはわたしも同じ、かな……」
「どういうこと?」
もとから、そっちの人じゃないの?
「わたし、あの屋上であなたを見て一目惚れしたの。格好良かったし、かわいかった」
ぼけっとする夏音ちゃん。
「さ、いこ」
私は夏音ちゃんを連れて次のエリアに向かう。
「どこいこっか?」
「むむむ。なんだか流された気がするの……」
夏音ちゃんはどこか悲しげに微笑む。
「さ。いこ!」
強めに言う私。
「あ。恥ずかしがっているんだ」
分かっちゃったのかー。
「いこ!!」
「ふふ。かわいい」
私は夏音ちゃんをつれて白亜の城に向かう。
そこでもショーがあるらしいから、彼女のご機嫌取りには充分だろう。
城のショーが始まると、彼女は夢中になる。
主役の少女はまだ幼いのに、飛び回り、踊り狂う。
ショーは物語のように展開されていく。
灰被りした少女が、姉妹と母からいじめを受けている。
王子様に招待された姉妹と母。
そして少女は魔女と出会い王子様のいる城に行く。
そこで王子様と絆を結び、やがて見初められる――。
どこかで聞いた風な物語だ。
まるで私と――夏音ちゃんの……。
出会いの物語。
ショーが終わると、じんわりと胸が温まるのを感じた。
「夏音ちゃん。今日来て良かったよ」
「……うん。そうだね。でもまだショーは終わっていないよ」
「そうだね。でも一緒に来られて本当に良かった。あの苦しみから救ってくれたのはあなたよ」
「それを言うなら、わたしもだよ」
にこりと笑む夏音ちゃん。
「好き」
「わたしも」
チュッと唇を重ねる。
すぐに離れると、私たちは手をつないで次のショーを見るために歩き出す。
ショーはどれも楽しかった。
でも物足りない。
刺激が欲しい。
「アトラクション、のらない?」
「……いいよ。わたし、がんばる」
「ごめんね」
「謝らなくていいよ。わたしも克服したいし」
夏音ちゃんは横でにこりと微笑む。
やっぱり愛嬌があって、可愛いな。
「わたし、あなたの傍にいたいし」
「そうだね。一緒にいたい」
にこやかに微笑むと、サンダーボルトというジェットコースターに乗り込む。
待ち時間も、黙っている時間も、私にとっては彼女との大切な時間だ。
時間が来れば、ジェットコースターは動きだす。
かたかたと音を立てて高い位置まで移動を始める。
「ちょっと。なんでゆっくり上がるの」
「これからが楽しいんだって」
私は夏音ちゃんの手をとる。
「さ。落ちるよ!」
それを合図にジェットコースターは下っていく。
落ちていく。
風圧で顔が震える。
「ああああああああああああああああああああああああああああ」
すごい悲鳴を上げている夏音ちゃん。
ジェットコースターが止まると、夏音ちゃんは震えていた。
「あのー。夏音ちゃん、大丈夫?」
「……うん。うん! 楽しい!!」
「え」
意外な反応に戸惑う私。
「ええと」
「また、別のに乗る!」
思ったよりも食いついた。
夏音ちゃんに連れられてアトラクション巡りを始めた。
「ふむ。ここは少し刺激が足りないか」
「おっ。こっちはどう?」
「いいね」
私たちは声を掛け合って歩き出す。
アトラクションをある程度楽しむと、私と夏音ちゃんはパレードを見ようとポールの前に並ぶ。
女子二人、背が低いので、前に出る。
周りが夕闇に染まっていくなか、みんな集まってくる。
音楽が鳴り響き、いろんな山車が回ってくる。
可愛らしいキャラの山車が素敵に見える。
電飾やバルーンなどで飾ってある。
「わあぁあ。素敵」
夏音ちゃんは手を合わせて嬉しそうにする。
「そう。素敵だね」
ふふっと笑う私。
パレードはたくさんのキャラと、役者が踊っている。
それを見て、楽しい気分になる。
ドキドキする。
「ふふ。私、夏音ちゃんと一緒に来られてよかった」
「それはわたしの台詞だよ」
「そっか」
ギュッと手をからめる。
指と指をからめる、いわゆる恋人つなぎになる。
私たちはパレードを終えると、園内にあるレストランに向かう。
「わわ。高そう……」
「大丈夫、貯金してきたから」
「うん。そうだね。今日は豪勢にいこう」
レストランに入ると、コース料理を楽しむ。
まずは前菜。
よく分からない料理が出てきて、困った。
「うーん。おいしい。おいしいけど、見た目とのギャップが……」
そう、お互いに若干の貧乏舌である。
だからおいしいのは分かるけど、絶品という感じがしない。
「あー。なんだかカップ麺が恋しくなる」
「こら、レストランでそう言わないの。雪菜ちゃん」
「そうね。ごめん」
次の料理がくる。
食事をしていて、見た目はよく分からないが美味しいものが次々とくる。
お肉料理のステーキは柔らかくすぐに溶けるようにほどける。
「手のこんでいるのは分かるけど、なんだか分からないね」
「うん。何が入っているのかな?」
くすくすと笑い合う私たち。
「これなら夏音ちゃんの作るチキンライスの方がおいしいかもね」
「雪菜ちゃんの卵焼きも、だね」
再び笑い合う私たち。
「それにしても、今楽しめているのも奇跡みたいなものかもね」
「それはそう。でも、わたしたちはこの奇跡を楽しむために生きているんだよ。きっと」
「……そっか」
未だに終わらない過去のキズ。
心的外傷後ストレス障害はわたしを苦しめている。
それでも日常が過ごせているのは、多くの人の支援があるから。
お薬やカウンセリングといった療法があるから。
そして一番の心の癒やしは夏音ちゃんの笑顔。
支え合う力が、私を生きさせてくれている。
「いつもありがとう。夏音ちゃん」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうね」
そう言ってにこやかに笑う彼女。
いつもの私たちに戻っていく。
暗い過去も。
同級生の暴言も。
悲しいことはすべて忘れて。
それでもまだ心は癒えない。
私はただ日常を過ごしたいだけなのに。
バイトで貯めたお金は心を癒やすためだけに遣われている。
きっと痛みのない人には分からない話。
でも私はひどく疲れた。
ひどく傷ついた。
周りからの無理解も含めて。
「やっぱり人気があるから、みんな私を……」
「そんなことない。わたしは雪菜ちゃんのいいところをたくさん知っている」
手を重ねてくる夏音ちゃん。
「真面目で、強がりで、本当は優しくて。でも、不器用で」
夏音ちゃんは必至で熱弁してくる。
「うん。うん!」
私はその言葉一つ一つを受け入れ、大切にすると決めた。
コクコクと頷き、食事を終えるまで彼女の話を聞いた。
「ありがとうね」
「うん。わたしこそ……」
はにかむ彼女の姿は絶対に失いたくない。
私は夏音ちゃんにまだ恋をしている。
愛とか、恋とか、言うけどその境目なんてないのかもしれない。
どっちも含めて恋愛なんだろうね。
夏音ちゃんと一緒にホテルに向かう。
同じベッドに寝て、そして朝まで一緒にいるんだ。
夜寝るとき夏音ちゃんの顔を見て、朝起きるとき夏音ちゃんの顔を見る。
それでもう幸せなんだ。
私はそのことに気がついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます