第12話『On Piece』
薄暗い洞窟を忍び足で進んでいく。
静かな洞窟だ。物音一つ立てるだけで、女戦士にバレてしまうだろう。
もちろん声も出すことなんてできない。
しばらく洞窟を進んだところで、勇者に止められた。
指と口パクで合図する。
『女戦士がいます』
僕たちは、女戦士に奇襲をしかけることにした。
勇者と白魔道士が何食わぬ形で帰還したかにみせて、油断した女戦士を強襲する。
そして魔王が金属を野菜に変える魔法を使って、女戦士の武具を無くし、みんなでフルボッコするという作戦だ。
成功するかは分からない。
だけど、やるしかない。
『では、行きます』
勇者と白魔道士は拳を握りしめ、女戦士の元へと向かった。
僕たちから離れて、わざと足音を鳴らす。
「誰だいっ!」
警戒した女戦士の声が、洞窟内に響き渡る。
「女戦士、私たちです」
「勇者!」
女戦士は一瞬驚き、またすぐ真顔に戻して続けた。
「白魔道士、早かったじゃないか」
白魔道士が質問に答える。
「勇者はちょうど喫茶店から自力で逃げ帰ってきてるところだった」
会話から察するに、女戦士は白魔道士に勇者を連れて帰るよう指示でも出していたのだろう。
女戦士と白魔道士が会話している間、勇者が女戦士の背後に回る。
そして剣を抜いて、女戦士の背中を斬撃した。
「ぎゃあああ!」
悲鳴をあげて膝を地面につけた女戦士に向かって、魔王がすかさず金属を野菜に変える魔法を使う。
女戦士の剣と鎧が、ゴボウとキャベツに変化して地面に転がったのを確認して、魔王は叫んだ。
「テュエよ!」
名前を言われた僕は、「うん!」と返事して、女戦士めがけてファイアーボールを打った。
──ドガンッ!──
爆発音が鳴り響き、砂煙が舞い上がる。
視界を奪った女戦士に近づき、白魔道士が杖で連打した。
僕は女戦士の頭上に浮いているHPを確認した。
戦う前は勇者が言っていたとおり、女戦士のHPは999だったが、今は440になっている。
「女戦士のHP、半分以上減らせてるよ!」
僕の言葉に、皆が雄叫びをあげ士気を上げる。
このままいけば勝てるかもしれない……。
そう思った矢先、女戦士のいた場所から物凄い突風が出現し、砂煙とともに勇者と白魔道士が吹き飛ばされ宙を舞った。
地面に叩きつけられた勇者と白魔道士は起き上がらない。
「勇者、白魔道士!」
僕が叫んでも二人の反応がない。
急いで二人の頭上を確認する。
勇者のHPが4、白魔道士のHPが2と、僅ながらHPが残っているのが見える。
安堵の溜め息を吐きたいところだけど、まだ戦闘中なので気を張り直す。
「あたいにここまでダメージを与えるなんて、お前たちなかなかやるじゃないか」
いつの間にか立ち上がっている女戦士は、不敵な笑みを浮かべて、右手を上げた。
右手から光る粉のような物が女戦士を包んでいく。
僕は、女戦士のHPを見て絶望した。
命懸けの奇襲で半分以上減らした女戦士のHPが、999に戻っているのだ。
僕は地団駄を踏んだ。
こんなの、クソゲーじゃん!
ラスボスが全回復の魔法を使えるとか、絶対にやったらダメな設定じゃん!
……クソッ、気付くのが遅かった。
よく考えたら、こうなるフラグはあったんだ。
だって白魔道士が、自分の魔法を売ってるんだから。
白魔道士が売った魔法を女戦士が自分の為に買い戻してるんじゃないかって、簡単に予想できたはずなのにっ!
僕の悔しがる姿を見て、女戦士は笑った。
「あっはっは。残念だったね! もうあんたたちに勝ち目はないよ!」
女戦士は、指をポキポキと鳴らしながらこちらにゆっくりと近付いて来る。
どこぞの世紀末覇者を連想させる姿だが、暗に僕たちなんか素手でも簡単に殺せると言っているのだろう。
「テュエよ、絶望するのはまだ早い。作戦Bじゃ!」
魔王はそう叫ぶと、両手を女戦士に向けた。
「う、うん!」
僕はそう返事し、その場にしゃがみ込む。
作戦Bは、奇襲が失敗した場合を想定して練った作戦だ。
これが失敗すると、もう僕たちの命はないだろう。
「くらえ! ファイアーボール!」
魔王が女戦士めがけて魔法を打つ。
「ふんっ、当たらないね」
女戦士は魔王の魔法を簡単にかわした。
魔王は構わずファイアーボールの魔法を連発する。
軽い身のこなしで魔法をかわす女戦士は、魔王に向かって言った。
「あんた、魔道士なんだろ? なんだいこの遅い魔法は。あたいの魔法の方が、早いし威力もあるよ」
そう言って、女戦士は魔王に両手を向けた。
「ファイアーボール!」
女戦士から繰り出されたファイアーボールは、魔王や僕のファイアーボールより数倍でかくて速い。
思わず僕は叫んだ。
「魔王!」
「くっ!」
ギリギリのところでそれをかわす魔王。
当たってもおかしくなかった。
かわせたのは、マグレだろう。
顔面蒼白で魔王が言う。
「あ、当たらなければ……どうということはない……」
何言ってんだこんな時に、このヲタ魔王は!
膝ガクガクさせながら言う台詞じゃないよね、それ!
「魔王! しっかり!」
僕の声援で我に返った魔王は、また女戦士に両手を向けて魔法を放った。
「ファイアーボール!」
魔王の魔法が、女戦士とは全然違う方向に飛んでいく。
女戦士は高笑いした後、言った。
「手元が狂いすぎじゃないか。どこを狙っているんだい。戦い方をまるで知らない奴だねえ」
バカにした口調に、魔王が言い返す。
「戦い方を知らぬのはおぬしの方じゃ!」
「はあ?」
眉を上げて首を傾げる女戦士に、魔王は続けた。
「こんな通気性の悪い洞窟の中で炎の魔法を使い続けるとどうなると思う? じきに酸素が無くなって、おぬしもワシらも窒息じゃ!」
魔王の言葉で、初めて女戦士が焦った顔を見せる。
「なんてことしてるんだい!」
危険を察知すると、女戦士はすぐさま周囲で燃える炎に手を向ける。
「ウォーターボール!」
女戦士の手から、水の玉が飛び出して炎に飛んでいく。
水蒸気を発して炎が鎮火するや否や、魔王はファイアーボールを打って新たな炎を作り出した。
「おぬしが炎を消すのが先か、酸素が無くなって全員窒息死するか、勝負じゃ!」
「おい、バカ! やめろ!」
その後しばらく、魔王の放火と女戦士の鎮火の応酬が続いた。
──洞窟内の酸素を無くして全員窒息死させる──もちろんそんなことが、僕たちが考えた最後の手段ではない。
僕は手を止めて、魔王に叫んだ。
「魔王、出来た!」
すぐさま魔王が返事する。
「よし、テュエよ、やるんじゃ!」
魔王の返事とともに、僕は魔法を使った。
「はあ!」
「えっ、なに!?」
そう叫んだ女戦士を白いオーラが包み、姿が見えなくなる。
そして白いオーラがだんだん薄くなり、そこには魔王がオジサンだった頃の姿が現れた。
女戦士が、オジサン魔王の姿になったのだ。
女戦士の頭上を確認すると、HP3、MP9999になっている。
ジョンさん……。
誰だか知らないけど、マジでお金貯めようよ……。
「テュエよ、成功じゃ!」
「うん!」
僕は魔王に近付き、ハイタッチをした。
「えっ、なに!?」
オジサンの声で喋る女戦士に、僕が言う。
「女戦士、あんたはもう僕たちに勝てないよ」
「えっ、どういうこと!?」
「あんたの姿を、勇者に呪われた魔王の姿に変えたから」
僕は、魔王が一人で戦っている間、ずっと地面に絵を描いていた。
勇者に呪われた頃のオジサン魔王の絵だ。
そして、ユニーク魔法で女戦士の姿をオジサン魔王に変化させた。
これが僕たちの最終手段、作戦Bだ。
「ちょっと、どうなってるの!? 声がなんかおかしい!」
女戦士はオジサンの声なのに女口調で話すから、おねえ系の人みたいな喋り方になっている。
僕は笑いを堪えながら言った。
「その姿は、消費魔力が100倍になる、勇者に呪われた魔王の姿だよ。HPも3しかないから気を付けてね」
「なんですって!? 元に戻しなさいよ!」
僕は倒れている白魔道士を背負いながら、否定した。
「嫌だね」
そして倒れた勇者を背負った魔王に言う。
「魔王、帰ろう!」
「そうじゃな。もうここに用はない」
小さな体の魔王が勇者を背負うと、勇者の膝から下が地面に擦れてしまうが、この際仕方ない。
「ねえ、待って! 元に戻して! 何でもするから!」
懇願する女戦士に、僕は聞き返した。
「ふーん、何でもするの?」
女は凄い勢いで頷き、答える。
「何でもする!」
魔王は一瞬何かを閃いたような顔をし、すぐさま眉を上げて女戦士に言った。
「では、今まで貯めた金を全て吐き出してもらおうか!」
「なっ!?」
「嫌ならいいんじゃ。さらばじゃな」
「待って、待ってよ!」
女戦士は目を瞑りしばらく考え込んで、溜め息混じりに言った。
「分かったわよ……」
洞窟を出た僕たちはシャーラプールの町に戻り、能力屋に行った。
女戦士から吐き出させたお金を使って、魔王のMPを買うためだ。
能力屋を出ると、魔王のMPは500増えていた。
「あれだけの金を使って、たったの500しか買えんとはな」
店を出るなり愚痴を言う魔王に、女戦士が言う。
「魔力が500も買えれば充分でしょ!」
元々MPが9999あった魔王からしたら、500なんて少ないんだろう。
「しかしな、テュエよ、喜べ。これでブラックホールの魔法を使うことができるぞ!」
魔王の言葉は、僕を笑顔にさせるには充分だった。
「ホント!? じゃあラーメン食べに行けるじゃん!」
僕と魔王の会話に、女戦士が割って入ってくる。
「ねえ! もういいでしょ! そろそろ元に戻してよ!」
魔王は女戦士を無視して、僕との会話を続けた。
「よし、今から行こう!」
「ねえ、お願い! 約束したでしょ!」
僕も女戦士を無視して魔王との会話を続ける。
「今から行くの!? ヤッター!」
「ちょっと! どこに行くって言うのよ! その前にあたいの姿を元に戻しなさいよ!」
女戦士の言葉は気にせず、魔王は両手に力を込めた。
「はあああ!」
突如、直径2メートルほどの漆黒の球体が地上に出現する。
まるで球体へ吸収されていくように、球体の周りの光が漆黒の中へ伸びて薄くなっている。
初めて見る光景に、僕は驚愕した。
「すっご……」
魔王がスマホを取り出して操作する。
「よし、ハッキングも終わった。ワシの自宅にある電話レンジも起動させたぞ。今このブラックホールは、おぬしの元いた世界と繋がっておる」
はやッ!
一瞬でハッキングするじゃん!
なにこのスーパーハカー。
「ちょっと! 無視はやめて!」
僕は無視し、魔王に聞く。
「この中に飛び込んだらいいの?」
「そうじゃ。テュエよ、先に行くか?」
「先にって、魔王も行くの?」
「当たり前じゃ。ワシはこんな世界に用はないからな」
まあ、オタク活動をやり続ける魔王は、この世界よりあっちの世界の方が暮らしやすいよね。
「そっか、分かった。じゃあ僕、先に行くね」
僕がそう言うと、女戦士はさらに声量を上げて訴えてきた。
「こんな姿で生きていくなんて無理だよ! お願い! 元に戻して!」
最後まで無視するのはあまりにも可哀想なので、僕は最後に女戦士に挨拶した。
「それじゃあ、行くね。女戦士、バイバイ」
僕はブラックホールに触れた。
魔王と女戦士の姿、そしてその周囲の光が徐々に弱まり、薄れていく。
光と音がだんだん遠くなっていくなか、魔王と女戦士のやり取りを最後まで眺めた。
「ねえ! 私はこんな姿でこれからどうしたらいいの!?」
「うるさい奴じゃのう。勇者に呪いを解除してもらえばよかろう」
「あいつにそんな能力もうないって!」
「それはおぬしがそうしたのじゃろう。勇者の売った能力を本人に買い戻せばよいではないか。それじゃあの、さらばじゃ!」
「そんなお金残ってないって! ねえ、待って! 行かないでよおおお!」
女戦士の悲鳴を最後に、僕の意識は途切れたのだった。
「ねえ魔王」
「なんじゃ?」
「僕、就活してるんだけど」
「それがどうした?」
「僕、養えないからね」
「心配いらん。自分の食い扶持くらい、自分で稼ぐわい」
「何するの?」
「ユーチューブじゃ」
「えっ、ユーチューブ!?」
「そうじゃ。おぬしの転生物語をアニメにして、ユーチューブに流すんじゃ」
「それいいね!」
「そうじゃろう」
「そっか。チャンネル登録者、いっぱいになるといいね」
「実はもう出来ているんじゃ。おぬしもチャンネル登録するのじゃぞ」
──fin──
転生したら魔王と冒険することになった【完結済】 しーなもん @cieennamon
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