弔い返
七凪咲凛
第1話
弔い返
弔い返とは死んだ人の無念を憎い奴に返して殺す呪い
それは、暗い暗い、曇天の日だった。
まことしやかに都市伝説の様に。
誰でも知っているけど、本当の所は誰も知らない。
ある男の話だ。
弔い返
俺は、常に観られていた。
誰に?
いや、誰ではない。
常に物が壊されたり、無くなったりする。
カーテンは勝手に閉まり、勝手に開く。
それを、病院で、どう説明しろと言うのか。
精神異常者と言われてお仕舞いだ。
やはり、同棲している彼女に病院に行けと言われた。
そんな非日常に居れば、少しの事位は、ああ、またか、で終わってしまう。
「小野田さん、唐戸先生がお見えです!」
「…はい」
「小野田さんですね。伺っております。幻聴、幻覚が見えると。いつからですか?」
「物心ついた時には既に。」
「ああ、辞めましょう、小野田さん。貴方に会えて良かった!」
「はい?」
「小野田さん、貴方は選ばれし人なのです!供物を捧げなくては!ああ!この高揚感!」
「はあ?」
「黄泉の国へ行ける唯一の身体なんですよ!小野田さんは。」
「黄泉の国?」
「通称、死体の森です。」
「はぁ。」
「そこに行けば、貴方に今憑いている死者はとれますよ。」
「し、死者が憑いている?」
「恐らく貴方は、事故に遭遇したのでしょう。その時、魂が入れ替わったのです。自分の体を元に戻すなら、死体の森へ行かなくてはなりません。」
「なぜ、先生が知って…」
唐戸先生は、悍ましい顔で小野田を見た。この世の者とは思えない様な顔だった。
「…!」
「はは、私もこの世の者ではないのですよ。醜い顔をしてしまいましたね。」
「死体の森には行かないのですか?」
「私は行ったんですがね、取り返せなかった。アイツが居て…ああ、恐ろしい。」
「私は、行ったらどうなるんですか?」
「行ってみないことには分かりません。」
「何処にあるんですか?」
「富士の樹海に入り口があります。」
「あの、自殺の名所ですね。」
「死体の森の最後にアイツがいるから、気をつけて下さい。」
「え?アイツ?」
バシン!
「えっ?!」
今あった診察室は瓦礫になっており、粉々に砕かれたコンクリートだけだった。
「えっ…」
そう呟くだけしか出来ず、小野田は、呆然と立ったままになった。
「富士の樹海…」
それから、会社に行き、遅れを取り戻すと、ネットで、富士の樹海の事を調べ出した。
そして、精神科医の、唐戸先生の事も。
すると、今では大病院で、医院長になっている事を知った。
そして、小野田は、ふと閉まっていた蓋が開く様に思い出した。
もともと、小野田は、その大病院にいた。最初に家族に連れて行かれた時に入院だと言われ、上手く説明出来ない者達ばかりを集め、髪を女でも五分刈りにしたり、罵倒したり、食事は少ししか与えず、女湯を平気で男性職員に見せたりする病院で、院長の唐戸はクズだった。
それを、思い出すと、小野田は居ても立っても居られなくなった。
なんとかあの巨悪を倒せないものか。
そればかりを考える様になった。
そして、都市伝説のページを見た時、小野田に鳥肌が立った。
弔い返というものだった。
そこには、ひっきりなしに、アイツ、アイツと書かれていた。
そして、そのサイトは、決して検索してはいけなかった…
そこから、“カウントダウン“が始まった。
最初に出たのは壁だった。
ふと壁を見ると、手で爪が剥げるまで引っ掻いた様な血で描いたような10の刻みがあった。
これは、一体何なのか分からなかった。
いくら拭いても消えることが無かった。
次に出てきたのは自分の右手だった。
包丁で刻んだ様な跡に9の刻みが刻まれていた。
そこから、動揺しながらも、これを止められないか、ネットで検索してみた。
すると、有象無象のネットの書き込みに紛れて、一つの回答が浮かび上がった。
これは、カウントダウンと言い、カウントダウンが終わるまでに、アイツを見つけない事には自分では、どうしようもない。と。そして、
急いでカウントダウンが終わる前に、アイツを見つけなければ、
殺される!
はぁ、ぜぇ、と、急いでバタバタと用意を始めた。
樹海へ行かなければ!
ひっきりなしに会社からの携帯音が鳴っていた。
それで起きたのか、同棲している、俺の彼女、実花が来た。
「どーしたのおのちゃん!」
「実花!いまから大事なことがある!お前は関わるな!今日は友達の所に泊まれ!」
「嫌だよ!おのちゃんと一緒に居たいもん!」
「実花!おい!離してくれ!俺に関わるな!」
「ねぇ、おのちゃん…」
「なんだ?」
『私ゼロなの…』
「実…」
この世の者とは思えない様な声で実花が言う。
「…っ!」
とたん、実花の口が花の様に裂け、目が飛び出して、目の周りが裂け、身体中に何かの複数の生命体が蠢き、花が咲くように身体中が裂けてギザギザの歯が出ていた。
「…」
さっきまで実花だったものは、完全に無くなっていた。
「実花っ!何をしたんだ?あの病院に行ったのか?サイトを調べたのか?いつから?俺よりも進行が早かったのか?なぜ、ゼロになるまで放っておいた?!」
「唐戸…先生が…いえ、に、きた、それで、契約、した、しんこう、小野田、君の、を、遅らせる、め、た。」
いきなり実花が逆さまになって、ざっくりと体が引き裂かれ、おびただしい血が流れ出ていた。
唐戸「あなたは、選ばれし人なのです。供物を捧げなくては!ああ、この高揚感!」
「唐戸っ…!」
唐戸に怒りが込み上げてきた。
実花をこんな姿にしやがって!
「ジュルッ!」
実華が緑の舌で攻撃してきた。
もうその姿は実花ではなく、白い身体に、紫の血管が浮き出て、身体中が引き裂かれ、血が吹き出していた。
そして眼球は黒く、赤い目の瞳孔が開いていた。
「実華っ!絶対に戻してやる!アイツに合って、俺が契約する!」
さっき攻撃された肩の傷が貫通していて、血が吹き出していた。
そして、実華を家の中に閉じ込めると、
一目散に樹海へ向かった。
なんとか、止めなくては!
すると、網膜に、8の刻みが浮き出ていた。
「うわあああああ!」
流石によろけると、階段から転げ落ちた。
頭を強く撃ち、血がでていた。
気づくと、次は7の刻みが、頭から滴る血から浮かんでいた。
「っっ…早く実花をっ…」
そうして、頭が混沌とした。
それからの記憶は、この世のものか、そうではないのか、わからなかった。
ただ、生々しい実感だけが、皮膚や血管を伝う程あった。
「起きましたか?」
「誰だ?っっ…」
「朝ごはんの時間ですよ!」
「…え?」
「今日は、朝ごはんをたべてから、診察です。」
「…それは、唐戸先生ですか?」
「お忘れですか?」
「…いえ」
朝食が済むと、唐戸先生との診察か…というか、あれ?さっきの看護師は、実華さんか。良い人だな。俺には一生縁無いんだろうな。
「こちらが診察室です。小野田さん、どうぞ。」
「小野田さん、ですね。」
「はい、唐戸先生!」
「いじめはありませんか?」
「は…?ありません。」
「はい。髪型は変えますか?」
「いいえ。」
「薬はどうですか?」
「はい、大丈夫です。」
「なら、退院は大丈夫そうですね。実華君、では、採血を。」
「はい。先生。」
「しっかり握っていて下さい。小野田さん。」
「大丈夫です。無事に退院できますよ。」
「はい!ありがとうござ…」
「これさえ耐えれば!」
「足の爪の間から採血?!痛いに決まってますよね?!」
「すみません、血管が出ないので!小野田さん、しっかり!これが終われば退院ですから!」
「は…」
そして、起きた。
すると、目の前に樹海が広がっていた。
シンと静まり返り、異臭が鼻をついた。
近くにあった白骨を踏んでいて、驚き、風で骨が6の刻みになっていた。
……
見渡すと暗闇だった。
どうやってここに来たんだろう。
実花を元に戻したい。
ネットに書いてあった。
ゼロになった者は、
アイツを見つけて、アイツに戻して貰うと。
だが、アイツって、誰だ。
ネットには、アイツに合ったら死ぬだの検索するなだの。散々書かれていた。
樹海の森は肌に染み付くような背筋が凍てつくような、ここだけが日本から切り離されたような、1歩進む度にその蛇の腹の中に入って行くような、何とも言えない禍々しさがあった。
そこへ。
かしゃり
と、たまに腐乱した死体や髑髏に遭遇する。
「あっ!」
と言うと次にまた、ゾクリとした。
これでは心臓が持たない。
そして、踏み込む度に来てはいけない所へ踏み込んでいる危険信号が体を何度も鳴り響いた。
だが。
次に見たのは、
人の耳だけで作られた5の刻みが何も無い真っ暗闇に置かれていた。
食道が、器官が凍てつき、吐き気がして来る。
こんな時に、
“実花”が居た。
“あの”姿ではない。
“いつも”の姿だ。
だが、様子が変だ。
何かに吊るされているような立ち方だし、肌の色も青白い。
「実花?」
「おーのー……」
「?」
「チャン」
実花が緑色の舌で攻撃してくる。
“実花”のままで、舌だけが禍々しい。
気持ちが悪い中、ひたすら攻撃を避ける。その時、1つの解答が頭の中を過ぎった。
「実花、もしかしてお前が“アイツ”なのか?その姿はなんだ?」
すると、実花が静まった。
スルスルと元に戻ったかと思うと、頭を垂れてこう言った。
「全ては、唐戸のせい!“退院の時”はごめんなさい!ちゃんと謝れて無かった!」
「良いんだ!実花、済んだ事だ!それより、唐戸に何されたんだ?」
「私は良いの!それより!」
「4の刻みですよ?」
バァン!
唐戸が実花の頭を銃で撃ち、飛び散った肉片が、4を刻んだ。
「か、ら、と、、、、、」
自分でも思いがけない憤怒の声が喉の底から吐いた息と共に出てきた。
「ハハッ、死にません死にません。実花君はまだ死にませんよ?」
「おまえ、唐戸!実花に何を!!」
「おっと、もっと賢くなった方が良い。私の話は有意義ですよ?価値がある!貴方の命の天秤位ね。」
次の瞬間、唐戸が静かに小野田に銃口を向ける。
「そうですね。全てを話しましょう。とある医者だった私は、ある偉い方々の話を聞いたんです。軍事介入に日本が乗り出す話を。」
「は?」
「口を謹んで聞きなさい!!」
ドンッドンッドンッ!
「っつ……!」
小野田の首と腕と脛を銃弾が掠めた。
すると、再生した実花が唐戸に言った。
「おのちゃんには、手を出さないで!」
「ハハッ!ごめんねぇ、実花君、小野田君に少し黙って貰っただけなんだ。さて、どこまで話したか……」
「ゲスが」
ダンダンダンダンダン!
「次は許してあげませんよ?」
小野田の吹っ飛んだ左指全てが吹っ飛び3の刻みになった。
「ああああああああぁぁぁ!!!」
「痛いかな?続きだ!」
のたうち回る小野田。
悲鳴を上げる実花。
「軍事兵器を創る事は直ぐに出来た。もともと研究していた物が、丁度適合したからだ。それからは、患者で実験を繰り返す様になった。入院施設は格好の場所だった。実花の様な物はもっと居る!」
「……」
「言葉も出ないか?痛いもんなぁ。」
「五月蝿い。何度も言わすな、ゲス野郎。」
「能無しが……」
バァン!
小野田は右足を撃たれて悶絶した。
「ああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
「やめて!おのちゃんはやめて!」
「実花君、君には小野田君は似合わない。美しい君に相応しいのは私だ。」
「いや……!」
実花が唐戸の手に齧り付く。
「このっ……また、“支配”されたいのか?!」
「ア゙ア゙ッ!」
唐戸が実花の頭に指を突っ込む。
その指の動きに合わせて、実花が唐戸の思うがままに変貌する。
「ははははははは!私の力だ!」
「実花!」
「っ!これまでだ!唐戸!」
小野田が唐戸から奪った銃で、唐戸に銃口を向けた。
「言い忘れてましたが、自分にもこの研究の成果は発揮されているンですよ?」
ザシュッ!
「あ、あ、あ、ああ……」
小野田の心臓を唐戸の変貌した右手が貫いていた。
「おのちゃん……」
そのおぞましい右腕の血管が、1の刻みになっていた。
「アッハッハッハッハッ!なんだお前らは、非力で能無しで、浅はかで、何の力もない。カスが。俺の言うことを聞いて入れば良いんだ!実花!」
「おのちゃん!いや、いやだ!いや!」
「アッハッハッハッハッ!実花は俺の物だ!」
「実花!」
腕だけが動いた小野田が唐戸に渾身の一発を放った。
弾丸が、唐戸の体に触れる。
かと思ったが、唐戸の体に穴が空き、銃弾がすり抜け、実花の髪の束に貫通した。
実花の髪の毛はある最後の数字を示した。
0の刻みだ。
唐戸が、0の刻みになりましたね?というと、顔が裂けて、小野田を食いちぎっていた。
「俺についている死体は唐戸、お前だったのか!“アイツ”もお前、唐戸だな!」
そうだ。俺は唐戸と交通事故をした。
「そうですよ。ヒヒッ。私が絶頂の時に、私は貴方の車にぶつかり死んだんです!でも不思議と霊体のまま生き返った様になりましてね。研究の成果ですかね。ヒヒヒッ。」
「そこでお前は実花を使って俺をここで殺すためにこんな茶番を演じたのか!」
「ええ、私の全てを使って、貴方に地獄を見せた後で殺したくてね。早く死んだ方がマシだったと思う位。なんてったって、最高の私がクズのお前のせいで死んだんだからな!」
「お前の不注意による事故だろうが!」
「そんなの関係ありませーンんんっ!!!私は死んだんですから!」
「逆恨みもいい所だ!それで実花まであんな姿に……」
「貴方が好きな物は全部奪ってやりたくてね!」
「唐戸ぉぉア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
殴ってやろうとしたら、
唐戸の強い力で引き寄せられ、
唐戸の平たいままの歯が俺の骨を砕いていく。
ガリボリガリボリッボギッがボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキボキ。
「ああああああああああああああ!」
俺の頭蓋骨は剥けて、唐戸の鋭くなった爪で、刺される。
その上、強靭な力で四肢が引き裂かれる。
「がらとおっ、、、」
そうして、無念の中死ぬのかと、顔を一度もたげた様な顔をして、その塵になるまでの最後を必死で耐える。
四肢は引き裂かれ、脳髄は啜られ、顎に体が砕かれていく。
「あはははははは!実花は頂くぞ!ははは!しかし美味い美味い!私の血肉になれ!」
昏睡しそうな中で、何度も意識を保つ。その度にこれから死にゆく恐怖を与え続けられる。
そして、
ボキッ!
首の骨を噛み砕かれた。
その、
時を待っていた。
「とむ、らい、が、え、…し!」
脳には、まだまだ解明出来てない所がある。だから脳科学という物が脚光を浴びている。
その、記憶の整理を司る「海馬」と呼ばれるものが、情報を扱う部分だ。
さて、それを記憶を移植すると、どうなるのか。
そんなものは知らないが、
少なくとも、
「弔い返」とは、
“カウントダウン”がゼロになってから自分の海馬を相手に食わせるのである。
ただ、それが出来るものは、本当にゼロに等しい。
「うわああああああああああああああ!」
ガシュッ!
そこからどうなったのかは、分からない。
ただ、自分の死体を見た。
それだけだった。
…
「今日は冷えますねぇ、おじいさん。」
「ばあさんや、孫たちはどうだ?」
「可愛く笑って、花壇の周りを走ってますよ」
「それはいけない。雪が降るし、寒い。中に連れておいで」
「分かりました。」
小野田は立ち上がると、静かに剥製を見渡した。
「今日も猟銃を使うか…冷えそうだから装備は厳重にしていこう…ねぇ?唐戸先生。」
近くには、鹿や熊に混じって、唐戸の剥製が置かれていた。
弔い返 七凪咲凛 @aoba618
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます