後編

 空気が変わる。戦いのグレードが大いに上がったのだ。

 素人臭さが残るも、今までに見てきたアクション映画のアウトプットで鋭い攻撃を繰り出す映児。

 十九年間の鬱屈した思いの全てを怒りに変え、迫力ある攻撃を仕掛ける基久。

 両者の戦いは激しく、囃し立てる歓声は秒を跨ぐごとに大きくなっていった。


――――――


 基久の張手、飛びかかりざまに放たれたそれを、映児はスウェーによって回避。

 同時に腰の入った中段突きを、奴の腹に深々と突き刺していく。


「……ン゙ぇ゙ゑェァ゙ッッ」


 だが効かない。怒りをパワーに変えた基久にはどうとでも無いものだ。

 2度目の踏み込みで強引に密着すると、彼の背中に拳の連打を浴びせ始めた。

 キドニーブローという奴だが、基久のは獣のそれ。

 円を描くような軌道で拳を叩き込み続ける。


「ァ゙ァイ゙ッッ」


 終わるや否や、間髪入れず映児の首元へ両手で拘束する。

 首相撲へ移行したのだ。ガッチリ掴み離す気配が無い。

 そのまま地を蹴り、体全体を跳ね上げながら土手っ腹への膝蹴りを二度三度。

 異様に腰の入ったそれは映児の表情を苦悶に満ちたものに変えてしまう。


「……っ!」


 四度目にしてやっと両の腕をクロスし蹴りを防ぐと、映児は苦し紛れにデコを奴の鼻っ柱へぶち込む。

 仰け反る基久、しかしこの反動を活かし、より倍の威力の頭突きをお返しする。

 だがそれは想定内だ、負けじと映児も頭突きを繰り出し、両者のデコは派手に衝突していった。


「どぅおっ……!!」

「ジィッッ……!!」


 両者仰け反り、お互いに距離を離す。

 ただでさえダダ漏れな鼻血の量が更に増え、両者の服は赤いぬめりを増していく。

 二人とも頭突きの反動で後退っていく中、


「ぎっ」


 先に止まったのは映児だ。つま先で勢いを強引に止めたのである。

 彼は未だふらついたままの基久に向かって疾駆しっくし、ボクシング映画で見たコンボを繰り出した。

 右ジャブ、左フック、右アッパー、そして左ストレート。

 多彩な技の数々、本家ほどではないが、かなり厄介な攻撃である。

 そんなコンボを基久は――"避けた"。ふらつきながらも上半身を傾けることによって。

 怒りによって何かの勘が覚醒を遂げたのだ。

 驚愕の表情を浮かべる映児に対し、基久は彼の首根っこを肘で切っていった。

 咄嗟に甲を上げガードするも、火事場の馬鹿力で押し切られ、肘が少し入ってしまう。

 映児の体は右に揺れ、くの字で大股に踏みとどまってしまう、隙だらけだ。

 瞬間、ガラ空きの胴に基久の左ストレートが入った。大振りだが腰が入ってるためかなりの威力だ。

 唾を吐き散らす映児だが、基久は攻撃の手を緩めず、右フックを脇腹に入れ込む。


「どぅほぁっ」


 たまらず円を描くように逃げる彼を追う基久。

 追う中で奴は、猫のようにしなるフックを執拗に繰り出していく。

 なんとかスウェーで回避したりするが、このままでは拉致があかない。

 どうすれば……どうすれば……どうすれば……。


「……!」


 途端、映児は何か閃くと、バックステップで一気に距離を確保。

 彼を追う基久は地を蹴り、飛びかかるようにパンチを放ちにいく。

 映児は迫りくる奴に対し、不意に上段へと回し蹴りを一閃。

 基久は寸前で踏みとどまり、蹴りは鼻先をかするだけに終わるが……容易に引っかかった。


「ヒュッッ!!」


 瞬間、蹴りは軌道を変え、脇腹辺りに向けて踵を勢い良く突き刺していった。

 回し蹴りからサイドキックのコンボ。香港映画で見た高等技術だ。


「ゴッッ……グェッッ」


 余りの痛みに基久は腹を押さえ、体を丸めながらよたよたと後退る。

 追い詰めたい所だが、映児は蹴りの直後にバランスを崩し、尻餅を付いてしまう。

 素人には難しい技術を無茶を体が限界を迎えた始めたのである。


「「……」」


 双方動けず、戦闘が自然とインターバルへ突入していく。

 両者傷だらけ、たった数十秒で服は更にベッタベタになり、顔はパンパン。

 体中の痛みは半端でないだろう。それでも彼らはゆっくり立ち上がり、戦いを続けようとしていた。

 一人はようやく巡り会えたモノを更に追い求めようと。

 もう一人は十九年分の怒りの全てを今、燃やし尽くそうと。

 両者共違うスタイルで構えを取り……同時に動き出した。

 ――そこからは激しい攻撃の報酬だ。

 様々な攻撃をがむしゃらに繰り出す基久に対し、映児はパンチとキックの二本で張り合う。


「ギィイ゙ッッ!!」


 鞭打、フック、フック、頭突き、回し蹴り、常に全力、体をめいっぱいに。


「ひゅッッ」

 

 左右のワン・ツー、ローキックからジャブを挟み、強めのアッパー、一直線かつ的確に。

 異なるスタイル、異なる攻撃の軌道で、二人は真っ向から張り合っていく。

 互いにノーガードのせいで外傷ダメージを負う速度は超過。

 そんな殴り合いは十秒、十五秒、二十秒と過ぎていき。


「「ガッッ」」


 遂に拮抗は崩壊、互いの拳が頬にヒットし、同時によろける。

 僅かに立ち直るのが早かった映児は、動きが遅れた基久へ上段の強めのフックを横薙ぎ。

 クリーンヒットし頭部を横に揺らす奴へ、映児は肉薄するが、


「ガァ゙ア゙ッッ!!」

 

 彼の動きを目で追った基久は咆哮と共に地を蹴り、腹に向けてタックルを仕掛けた。

 腹へとぶち込まれた肩、小さくなる映児の瞳孔。

 それでもただでは起きず、映児は目の前の奴の背中へアームハンマーを振り下ろす。

 これもまたドンピシャで入り、基久は崩れ落ちそうになるが……落ちない。


「ぬぅヴン゙ッッ!!」

 

 駄目押しで膝を入れると、やっと効いたのか、ゴム毬みたいに転がっていった。


「うあ゙ぁ゙ッッ!!」


 映児はトドメを刺しに疾走、跳躍、全力のハンマーパンチを放とうとする。


「ギぇ゙あ゙ァ゙ア゙ッッ!!」


 対して強引に起き上がった基久も負けじと疾走、跳躍し、全力の手刀を放ちに行く。


 ――双方これを最後の一撃にする気だ。


「「ア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ッッッッ!!!!」」


 ――咆哮を上げ、飛び上がった彼等の姿はまさに龍と虎。


 ――全身全霊、恥も外見もかなぐり捨て、ありったけの感情をその一撃に込めた。


 ――会場があったまった中での胸熱のクライマックス。


 ――二人にとっては現時点の人生で最高のハイライト。


 ――そんな、あまりに最高潮に達しすぎた戦いの勝敗は、


「どぅっ!?」

「ギャッッ!?」


 ――引き分けに終わった。


 ほぼ同時に疾走、跳躍、攻撃した彼等はお互いに急所を被弾。

 断末魔を上げ、崩れ落ちると勢い良く転がっていく。

 特に基久は凄く、走り込んだ勢いが残っていたのか観客の方へと突入する。

 大部分が逃げ延びるも、数人程巻き込みバリケードに衝突。

 「ガシャァ゙ン゙ッッ」と盛大な音を会場中にまき散らしていった。

 大惨事だ。流石に場内は幾分か静まり返る。

 観客の中で冷静な者が現れ、大丈夫かと基久に声をかけ始めた。

 意識が無い、白目を剥いて、ベロは垂れ下がっている。

 映児も同じだ、彼等の体は限界を迎え、気絶してしまったのである。

 壮絶な戦いを見ていた司会者は、少々呆然としつつも自分の職業を思い出し、


「……あっ!! 両者引き分け!!」


 慌てて勝負の結果を高らかに叫んだ。

 沸き上がる観客、場内は最高のファイトを見せた二人を称えるムードに包まれていく。

 ある観客は奇声を上げ続け、ある観客はFワードを交えて褒め殺し、ある観客は拍手する。

 気絶した二人は全く反応を見せないが、男達は双方を優しく抱え、近くの病院へと運び始めた。


 それも今年のMVPを送迎するように。


――――――


 満身創痍の映児と基久を見送る司会者。

 彼は感慨深い表情をしていたが、逆の手に持ったスマホに気付くと、ハッとした表情になる。

 基久のスマホなのだ、速く返さなければ。

 急いで二人の元へ駆けようとした司会者だったが……不意に足を止める。

 視界の先にあるのは配信のチャット、そこでは激戦を演じた二人に対するポジディブなコメントが見えていた。


「……ンフッ」


 良い興行が出来た、そう思った司会者は再度彼等の元へと走り始めた。






 


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