いびきが呼ぶもの
鬱ノ
いびきが呼ぶもの
「最近、いびきを録音するアプリを使い始めたんだけどさ、変なことが起きてて……」
友人のタカギが妙な相談をしてきた。
最初は軽く流そうと思ったのだが、語られる内容がやけに生々しく、彼の話に次第に引き込まれていった。
タカギは、寝ても疲れが取れない日が続いたため、いびきアプリを使い始めたという。初日は特に異常はなかった。録音された自分のいびきを聞いて、「こんなにうるさいのか」と苦笑する程度だったらしい。
しかし二日目の朝、録音を再生すると、いびきとは別の音が記録されていた。
「ピンポン……ピンポン……ピンポンピンポン!」
深夜2時過ぎに、突然いびきの背後で呼び鈴の音がけたたましく鳴り響いた。それだけではない。チャイムと共にドアを叩く音や蹴る音まで、はっきりと録音されていたという。
「かなり激しい音だったんだよ。波形もすごいことになってた。いびきがうるさくて隣人が文句言いに来たのかなって。でも、俺、その間ずっと寝てたんだ」
気味が悪くなったタカギは、翌日大家に確認したそうだ。
「そのような苦情は伺ってませんし、このアパートは昼も夜も静かですよ」
確かにアパートはいつも静まり返っていて、隣人の気配すら感じられない。むしろその静けさがタカギには不気味だったらしい。
三日目、録音を再生すると、さらに異常さを増していた。同じ時間にチャイムが鳴り、ドアを叩く音や蹴る音に続いて、今度はドアノブをガチャガチャする音が記録されていた。
そして、「ガチャリ……」と鍵が開く音がした。
タカギは一瞬、耳を疑った。
短い間を置いて、ドアを開く重たげな音が響く。続いて足音が、床を軋ませながらゆっくりと近づいてきた。
タカギは震える指で一時停止をタップし、すぐに玄関を確認しに行った。鍵は掛かったままで、誰かが入った形跡はどこにもない。
「気持ちを落ち着かせて、続きを再生したんだ。そしたら俺のいびきに混じって、すぐ近くから変な音がずっと聞こえていて……」
「変な音?」
「カサカサ……カサカサ……って」
乾いた音だという。紙や布が擦れ合うような、小さな虫が動き回るような音が、タカギの呼吸と交互に続いていたそうだ。
四日目には異常はなく、ただ普通にいびきだけが録音されていたらしい。タカギはその日のうちにアプリを削除した。
「その後、特に異常なことは起きていないんだけど……。玄関から入る音は聞いたのに、出て行く音を聞いていないんだ。だから、何かがまだ近くにいるような気がして、あまりよく眠れなくて……」
彼の話を聞いて、僕は言葉に詰まった。怪異に対しては正直懐疑的だったが、タカギが思い詰めているのは確かだ。
「一度うちに泊まりに来たら? 気分転換になるかもしれないし」
その夜、彼は僕の部屋に泊まることになった。
深夜、ふと目が覚めた。
ソファで寝ているはずのタカギが、いつの間にか僕の隣に立っている。
暗闇に溶け込んでいて、表情はよく見えない。
「タカギ?」
「カサカサ……カサカサ……」
何かが擦れ合うような音が、タカギの口元から漏れていた。
(了)
いびきが呼ぶもの 鬱ノ @utsuno_kaidan
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