食欲と『骨格標本』
醍醐兎乙
食欲と『骨格標本』
ラジオから流れてくる、未だ発見されていない行方不明者のニュース。
その音源を背景に男は雑多な自室を見回し、思わず小さく息を吐く。
「新しい標本の制作予定が経ったから、どうにかして飾る場所を作らないとな」
男の部屋には自作の骨格標本が所狭しと飾られていた。
さまざまなショーケースに並んだ白一色の模型たち。
そのすべてが作り物でなく本物の骨。
生前の躍動感を感じさせる、魚や鳥の数々。
それらは男の自慢の作品達だった。
「……この感じだと、いくつか倉庫に持っていかないと駄目だな」
男は食べるために自分で捌いた生物の、骨格標本を作っていた。
食べ終わった骨を洗浄し、接着して組み立て直す。
男にとっての、至福の時間。
いつから始めたか覚えていない、魂に根付いた趣味。
何度繰り返しても、辞めることの出来ない、止まらない悪癖。
男の自室にあるのは比較的小型な生物の骨格で、大型な生物は専用の倉庫に展示している。
男は倉庫の空き状況を頭に浮かべ、改めて部屋を眺めた。
「これは大仕事になりそうだ」
男は次に作る骨格標本は、部屋に置くには場所を取りすぎるとわかっている。
それでも、その骨格標本が何より特別なものになると確信していて、必ず部屋に置いておきたいと考えていた。
そして、己の欲望を燃料に気合を入れ、骨格標本の引越し作業に取り掛かった。
男は白の模型を、労わるように、慈しむように、愛情をも感じさせるような手さばきで、緩衝材に包んでいく。
そのたび一体一体に対する思い出が男の脳裏に浮かび上がる。
ある魚の骨を見ては、
「この子の煮付けは美味しかった」
ある鳥の骨を見ては、
「ここの骨についていたもも肉は食べごたえがあった」
こうして男の味覚は思い出に刺激されていった。
男は空腹に耐えながら、自家用車と自室を何度も往復し、ショーケースと骨格標本の積み込みを終えた。
そして、そのまま倉庫へと車を走らせた。
車内のラジオから流れる、音楽番組。
流れてくる音楽に乗りながら男が車内で考えていたのは、標本にする前の楽しみについて。
「出来ることなら、一番空腹のタイミングで捌いて食べたいな」
今回は量が多そうだし、と空腹を訴えてくる腹を擦りながら予定を立てていく。
「んー……よし! 部屋の準備は後回しにして、先に食べてしまおう」
あとは専用のショーケースを倉庫から持って来るだけだし、と男はためらいなく予定を変更した。
男が食欲に負けていると、男の運転する車は展示用の倉庫に到着した。
背中を押してくる空腹を落ち着かせながら、車から大事なコレクションとケースを丁寧に降ろしていく。
代わりに、捌くために必要な道具を積み込んでいった。
手袋、ロープ、バケツ、シート、剃刀、ナイフ、ノコギリ、斧などなどなど。
「おおっと、そうだ。忘れるところだった」
思い出したように、自分の背丈よりも少し小ぶりな高さの荷物を、倉庫から運び出す。
そしてその荷物、人が立って入れるほどのショーケースを最後に車へと乗せた。
「腹減った……」
男は解体用の倉庫に確保している食材を楽しみにして、車を発進させる。
車内で流れるラジオは、行方不明者の無意味な続報を男に伝え、さらなる空腹を男に与えた。
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食欲と『骨格標本』 醍醐兎乙 @daigo7682
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