着信
朝本箍
着信
志田さんには少々難しい友人がいた。
出会いは高校の頃まで遡る。マイノリティであることが格好良いと思い込んでいた頃で、それをアピールするためにSNSでマイナーなホラー映画の感想を呟くアカウントを取得した。
大衆向けではない映画を理解できる自分を演出しようと、とにかく人気作名作大作を避け、誰がつけているのかわからない星が少ない作品ばかりを見漁り、片っ端から良いと思うところを書いていったという。批判は誰でも出来る、そこまで逆張りだったらしい。
最終的には主演俳優の顔立ちなど映画とはほぼ無関係な箇所を褒め始めたが、それでもそれなりにフォロワーは多く、話す相手は多かった。
そんなある日、東南アジア産の予算に見合わない興行収入ばかりが話題になったスプラッター映画を取り上げ、臓物の飛び散り方を絶賛したところ、大いに共感したと長文のダイレクトメールを送ってきた人物がいた。それが後に少々難しい友人となった女性で、名をNという。
Nは志田さんよりも三つ年上で腕に縦横な傷があり、それを隠すことなく、むしろ積極的に公開しているタイプだった。
そして服装や髪型など容姿に関してはあまり勇気の出なかった志田さんとは異なり、髪は真紅のショートボブ、服装は必ずどこかが破れ、パンクとキッチュを愛していることがひと目でわかる、とにかく目立つ女性だった。初めてオフ会と称して会った時には、次はないだろうなと直感的に感じたらしい。
しかし、話してみるとホラー映画に関しては志田さんよりも遥かに詳しく、しかも盛り上がるツボが同じだったので、話はとにかく弾み、気づけば次回の約束を決めていた。そんな中で特に印象に残ったのは、彼氏からもらったという全く服装に合わないファンシーなマスコットについて語る、満面の笑顔だった。
その後は週に一度は通話を、ひと月に一回は会っておすすめホラー映画を語り合うようになり、数年の月日が流れた。志田さんは地元の大学へ進学し、Nはフリーターとしてあちこちのバイトを転々としていた。
いまいち趣味が合わないらしい彼氏との仲は微妙で、他にも女の影があるようだとNは話していた。悲しそうに笑うNの腕には時折包帯が巻かれていたものの志田さんはそれには触れず、当たり障りのない励ましを繰り返していた。一度だけもうやめたらという話をしたものの、向けられた冷やかな目が恋人のいないお前に何がわかる、と暗に告げていた。
そんなNが死んだという連絡は彼女の母親から、Nとのトークルームへのメッセージという形で知らされた。突然だった。その前々日には通話をし、来月はカラオケに行こう、そう話していたという。
母親からのメッセージには首吊り自殺だったとあり悲しさは勿論だったが、脳裏に浮かんだのはいつまでも消えないどころか増える一方だった腕の傷で、遂にやってしまったのか、と寂しい気持ちにもなった。
メッセージだけでは実感もなく、志田さんはありきたりなお悔やみの言葉を送信し、今までのメッセージ履歴をぼんやりと眺めた。
そしてその日の夜、Nのスマホから着信があった。もしかしたら母親から葬儀に関してかもしれないと出た瞬間、ガタンという何かが落ちるような、やけに大きな音が向こう側から聞こえる。
「もしもし?」
答えはない。動揺しているのだろうか、それとも何かの間違いで通話になり、気づいていないのかもしれない。
もう一度もしもしと問いかけると、微かに聞こえる音がある。荒い、それでいて抑えるようなそれは確かに呼吸音だった。誰か、いや何かの喘鳴がぜぇぜぇ、ひゅうひゅうと聞こえてくる。
不気味に思いながらも、何が起きているのか把握しなければという好奇心から耳を澄ますと小さく声も聞こえることに気づいた。
あ、あ、う。
母音で形成されたそれはまるで喘ぎ声のようにも、うめき声のようにも聞こえ、志田さんの脳裏には突然情事の最中が浮かび上がった。裸で絡み合うNと、見たこともない彼氏。脈絡のない酷い光景を連想してしまった罪悪感と、何よりも気色の悪さから志田さんは反射的に通話を切ってしまった。
またかかってくるかもしれない、とスマホの画面を見つめながら志田さんは呆然としていた。今のは一体なんだったのだろう。娘を亡くした母親が、娘の友人にいたずらをするなんてことはあるのだろうか。親子仲は良くはなさそうだったが、だからといって今の通話とは繋がらない。
それとも本当に、今の電話越しに繰り広げられていたのは自分が連想した光景だったのだろうか。Nはもういないはず。いずれにしろ悪趣味極まりない行為に気持ち悪さと怒りを感じ、志田さんは衝動的にNのスマホへ「やめてください」とメッセージを送信し、既読がついたことを確認してからベッドへ入った。返信はなかった。
翌日、トークルームからNは退出しており、アカウントを削除したようだったが、その夜にも同じように無言の、正確に言えば喘鳴と喘ぎ声の電話があった。続く悪ふざけに怒りの方が強くなり、志田さんはいい加減にしろと強い口調で話したが返事はなく、そのまま通話は切られてしまった。
その翌日の夜にもNのスマホから着信があったため、志田さんは着信拒否をし、Nさんと繋がっていたSNSなども全てブロックした。Nの母親がどこまで娘のアカウントなどを把握をしているかは謎だったが、とにかく気色悪かったので仕方がなかった。Nとの思い出に泥を塗られたような気がし、怒りも相当だったがブロックすることにためらいはなかった。そのぐらい、耳元で聞こえた喘鳴と喘ぎ声が気持ち悪かった。
ぜぇぜぇ、ひゅうひゅう。あ、あ、う。
「今もまだかかってきてるんですけどね、電話」
スマホはその後番号も変え、勿論Nの母がそれを知るすべはない。それでも念のためとNの番号は着信拒否設定にし、これで縁は完全に切れたと喜んだ。だが決まって夜、着信拒否をしている番号から電話があった、という着信のお知らせメールが届くのだと志田さんは項垂れた。着信のお知らせ自体がなくなるよう何度も設定をしたが翌日には無効になるという。
「っていうか」
顔を上げた志田さんは泣き笑いのような顔をしている。
「今はもう、着信のお知らせメールなんて機能がないキャリアなんですよ」
毎日届くこれって一体何なんでしょう?
着信 朝本箍 @asamototaga
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