泉の精霊と女たちのおはなし

まさつき

むかしむかしのおはなしです

 村はずれの古い泉のそばで、働き者の女の人が立ちつくしていました。とても困ったようすで、泉の底を見つめているのです。水汲みの途中で、うっかり大切な指輪を落としてしまったのでした。

「たいへん、どうしましょう」

 涙ぐむ女の人の前で、水面みなもがふしぎな光を放ちました。すると、まるで月光を織り上げたような銀色の髪を持つ美しい男の人が、水中から姿を現したのです。

「あなたが落としたのはこの指輪ですか?」

 差し出された手には、まばゆい金の指輪がありました。女の人は首を振りました。

「いいえ違います。私の指輪は、真鍮しんちゅうで作られた粗末な品です」

 粗末と女の人は言いますが、真鍮の指輪は亡くなった夫がくれた大切な結婚指輪でした。女の人の心根を知った精霊は優しく微笑んで、水の中から真鍮の指輪と一緒に、金の指輪も取り出しました。

「あなたの正直な心に免じて、こちらの指輪も差し上げましょう」

 こうしてその日から、女の人の暮らしは豊かになりました。


 話を聞いた隣の女は、次の日さっそく泉へ行くと、鉄アレイを投げ込みました。

 現れた精霊は最初に金塊を差し出します。欲深ですが賢い女は、正直に「違います」と答えました。

 そうして次に精霊が持ち出した鉄アレイを見て、女はうやうやしくして涙を浮かべ、喜んで見せるのです。

「ああ、精霊様、ありがとうございます。私の大事な鉄アレイ……」

 頬ずりまでして見せる女の喜びように精霊は感じ入ってしまいます。

「正直者のあなたには、この金塊も差し上げましょう」

 女の暮らしは贅沢三昧となりました。


 二人の女性の話を聞きつけて、向かいに住む浮気者の女が企みました。

「ねえあなた、たまには泉へ行って水浴びをしましょうよ」

 夫に艶っぽくささやくと、夫は泉で肌を晒す妻の姿を思い浮かべて、いそいそと泉に向って歩き出します。

 すると恐ろしいことに、女は夫を後ろから突きとばして、泉に沈めてしまうのではありませんか。

 それでも、泉の水面は金色に光り輝き、この世のものとは思えぬ美男の精霊が姿を現したのです。

「おお、うるわしいお方よ、あなたが投げ込んだのは、この私でしょうか?」

 浮気者の女は現れた精霊の姿にうっとりとして、目を奪われてしまいました。

 この世の全ての女心をとろかすような、息を飲むほどなまめかしい男のせいで、女はうっかり答える言葉を間違えてしまうのです。

「はい、そうです、あなたです。さあ、一緒に帰りましょう、あ・な・た」

 すると美しかった精霊は見る間に醜い悪魔の姿となって、大きな声をだしました。

「この嘘つきの淫売女めっ!」

 驚く間もなく、浮気者の女は氷みたいに冷たい悪魔の手に掴まれて、水の中へと引きずり込まれてしまいました。

 女は大慌て。もがき苦しみ、がぼがぼと空気を吐き出してしまいます。やがてとうとう、息を継ぐこともできずに水を飲みだして、水底に沈んでゆくのでした。

 泉の底には、先に沈められた夫の姿がありました。周りには、たくさんの金銀財宝がありました。

 浮気女と憐れな夫は二度と浮かび上がることはありませんでした。美しい泉の底で今でも二人仲良く、ずっと沈んだままだということです。

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泉の精霊と女たちのおはなし まさつき @masatsuki

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