悠佑と樹


「あ、柚樹。おかえり」


「! 兄ちゃん、ただいま」



 帰宅すると、兄であるいつきが顔を覗かせた。教室や佐倉の一件で忘れかけていたが、そう言えば今日家に来ると言っていた。



「柚樹くん、お邪魔してます」



 樹の後ろからひょっこりと顔を覗かせたのは、恋人である悠佑ゆうすけ。また一段と綺麗に、かわいらしくなった気がする。



「悠佑くん、いらっしゃい…」



 少しだけ気まずくて、思わず目を逸らしてしまった。


 部屋に荷物を置いて、手洗いうがいを済ませてリビングへ行くと、すでに夕食の準備ができていた。みんな席に着いて、楽しそうに談笑している。



「あ、柚樹くん」



 悠佑が一番最初に、俺が来たことに気づいて微笑んでくれた。彼はこういった気遣いができる。兄も気遣いができる方だと思うけれど、悠佑の優しさは別格だと思う。



「よし、じゃあ食べよっか!」


「「「「「いただきま~す」」」」」



 母の声を合図に、みんなで手を合わせた。暖かな空気に包まれながら、食事が行われていく。



「悠佑、これ食べる?」


「うん、じゃあ……いただこうかな」



 俺は、目の前に座っている、互いに微笑み合う兄と悠佑を見つめた。


 暖かくて、優しくて、穏やかな食卓。なのに……



「…———えっ…柚樹くん!?」


「!? 柚樹、どうした?」



 俺の目からは、涙がこぼれていた。すぐに気づいた悠佑と兄が、俺に声をかけてくれる。


 みんなを困らせているのが分かるのに、涙が次々に溢れて止まらなかった。そして、泣いてしまった事情を話せないことが申し訳なかった。


 いたたまれなくなった俺は、「ごちそうさま」と、半分以上ご飯を残して、リビングを後にした。






 自分の部屋に入り、制服姿なのにも構わずにベッドにダイブする。


 せっかく二人が来てくれて、両親も嬉しそうだったのに。豪華な夕食だったのに、残してきてしまったことに罪悪感がこみ上げる。俺が、楽しい空気を壊してしまった。今頃、リビングがどうなっているのかなんて、考えたくもない。


 しばらくベッドでうつ伏せになりながら、溢れる涙を無視して鼻水をすすっていると、ドアをノックする音が聞こえた。



「柚樹、入っていいか」



 兄の声だった。ごしごしとシャツの袖で涙を拭き、ベッドから立ち上がって部屋のドアを開けた。兄は何も言わずに部屋に入り、ドアを閉めた。



「………目が赤くなってる。無理やり擦ったな、」



 兄の手が伸びて、俺の目の下を指の腹で優しくこする。彼は眉を下げながら微笑んだ。その声色が優しくて、また涙がこみ上げてくる。



「ごめん、兄ちゃん。せっかく来てくれたのに…」


「別に、いつでも来れるから気にすんな。…悠佑も心配してた」


「ごめん……」


「謝ってほしいわけじゃねぇよ」



 ぶっきらぼうな言い方だけれど、優しさが伝わる。



「どうしたら……——どうしたら兄ちゃんみたいに、強くなれる?」



 俺は顔を上げて、兄を見上げてそう聞いた。整った顔、高い背、内面までもかっこよくて、憧れの存在。



「………———ふっ」



 兄は少し目を見開いて俺を見つめた後、ふっと鼻から息を出して口元を上げた。



「俺は、強くないよ。強いって言うなら、悠佑の方だ」


「悠佑、くんが?」



 悠佑が強い、と言っても何となく想像がしにくい。



「物理的なこと想像してるだろ。悠佑はな、ここが強い」



 兄が自分の胸をトンと叩いた。



「いや、強いというか……強くあろうと努力してるんだよな」


「強くあろうと…」


「悠佑は、いつだって強くあろうとしている。その心が大切だと俺は思う。強くなることを目指すんじゃなくて、強くあろうとすること。そうすれば自分を好きになれるだろ?」



 そうだ。最初、二人の交際は悠佑の母から反対され、ひどい言葉をかけられたこともあったらしい。

 いや、もっと前から、悠佑はずっと傷ついてきた。でも前に進もうと立ち上がってきたのだ。



「っ……————」


「悠佑がいつも頑張ってるから、俺も頑張ろうって思える。俺が強く見えてるなら、それは悠佑のおかげだな」



 兄はそう言って、俺の頭をポンと撫でた。



「結局、惚気じゃん…」


「はは、そうだった?」



 呆れながら出た言葉、いつの間にか涙は止まっていた。



「じゃ、戻ろっか」



 俺の様子を見て大丈夫そうだと察した兄が、そう言って部屋を出ようとドアノブに手をかける。



「俺っ!」



 その前にと、俺は兄を呼び止めた。彼は素直に振り返ってくれる。



「俺は、二人のこと大好きだからっ! 二人の、味方……だから」



 それを聞いた兄は、今までに見たことないくらい嬉しそうな顔で微笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月17日 09:00

この世界で君と、何を謳おう 鳴宮琥珀 @narumiya-kohaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画