第3話 黒と白の出会いの始まり
「…で、君は何なんだ…?」
流石に聞かないわけにはいかない。目の前でフィッシュとチップスを口いっぱいに頬張る彼女に素性を問いかけた。
「ふぁい?」
右手にチップス、左手のフィッシュを携えた少女はキョトンと首を傾げ、しばらく上の空のまま、待つこと33秒。
「失礼しました!」
いきなりナイフとフォークを皿に戻したかと思えば、椅子から勢いよく飛び降り、
そのまま地べたに座り込んだかと思えば、勢いよく額を地面に押し付けた。
「わたし!真白・ホワイトと申します!!この度は!命を救っていただき!ほんっとうにありがとうございました!!!!」
「いや、私は何もそこまで…」
あまりにも白すぎる名前と、お手本のような土下座と、愚直なほどの感謝の言葉。
全てが私の感情を失った心に矢のごとく突き刺さり、私は少しばかりたじろいだ。
「いえ!本来は初めにお伝えすべきなのに、私の悪い癖なんです…!!食べ物のことになるとつい周りが見えなくなって…!!」
「ああ…なるほど…」
確かにこの「真白」という少女は、今の今まで「食」の言葉が脳内を埋め尽くしている行動をしていたような気がする。
「その…わかったから、真白さん…だったか、顔を上げてくれないか。」
真白に顔を上げて食事を続けるよう促す。
「うう…ありがとうございます…!!」
次の瞬間にはもう食事を再開していた。殺し屋である私が目を疑うほどの敏捷さである。
「そういえば、君はどうして路端で突っ伏していたんだ。」
ポテトを一つかじりながら、彼女に問う。
少し冷めてしまったが、むしろ塩加減をはっきりと感じ、これまた違う味わいがある。
「実はわたし、旅行中なんです!」
「旅行?」
「はい!世界各国の美味しいご飯を食べる旅行です!」
聞けば最初の1国目がロムドンだったそうだ。
「しかしなにぶん、これが初めての旅行で何もかもに慣れてなくてですね…。歩いていただけなのにいつの間にかお金がすっからかんになってまして」
「スリか。」
「いえ買い食いです!」
「自業自得だそれは。」
よくもまあ胸を張り無邪気に言うものだ。
結局それで、泊まる場所も無く、食事もできず、力尽きて倒れてしまったというわけだ。
「それでですね…折角ごちそうしていただいたのに私今手持ちがなくてですね…何かお返しできないでしょうか…?」
「君の話が真実なら、君は一文無しであり、私は君から受け取ることが出来るものはないということになるが…」
彼女の眼を見る。
「?なんでしょうか…?」
「…いや、確かに君の話は真実のようだ。」
殺し屋として生きてきた私は、相手が嘘をついているか見分ける
「なら何もいただかないでおこう。恩を感じたのであれば、今度は君がどこかで同じように困っている人を助けてあげるといい。」
決して情けをかけたわけではない。殺し屋である以上、貸し借りといった他人とつながりを持ったままであることの危険性を熟知しているからである。
だが真白は食い下がった。
「それももちろんしますが貴方にも何かお返しできないと面目がありません!そこをなんとか!」
「そうはいってもな…」
「お願いします!なにか困っていることのお手伝いでも…!!」
「それなら、仕事として彼に美味しい食事処を案内するのはどうだい?」
それまで黙って私たちの会話をカウンター越しに聞いていた店主が口を開いた。
彼とは私のことか?仕事?
「先ほどの表情から察するにあなた、今まで食事に関心がなかったでしょう?」
「流石ですね」
「ふふ、伊達に30年も店を構えていないよ」
流石食のプロである。
フィッシュアンドチップスを食べた私の心の機微を見抜いていた。
「彼女は見るところ、食に対する関心が高い。きっと彼女の案内の下で食事をすれば、あなた自身の食に対する関心も高まると思うんだが…どうかな?」
店主は私と真白を交互に見る。
「私は別に食に対して…」
確かに私には食どころかあらゆる嗜好に関心がなく、殺風景な人生を歩んでいた。
ここで経験した時間は、そんな殺風景な私の人生に一縷の彩りを与えたことを否定はしない。
しかしそもそも暇な時間自体が私にとってレアケースであり、そもそもの問題もある。
「実は、私は明日から仕事でハリに行く予定があるので」
ロムドンに居られる時間がそもそもないのだ。
次に依頼が私を待っている。
「ハリ…ですか?」
真白は驚いた顔で口に手を当てる。
どういう反応なのだろうかと考えていると、彼女の表情がみるみる輝き始めた。
「奇遇です!私も次にお伺いする予定の街はハリでした!!」
美味しい食べ物がいっぱいあるんですよ!!と真白は私が聞いたこともないような食べ物の名称をまるで魔術を詠唱するかのようにうっとり顔でつぶやき始めた。
店主の顔をみると、観念しなさいとでも言いたげな顔で私に向かって、うんうんと頷いていただけだった。
私はため息とともに額に手を当てる。
「分かった。君をハリに同行させよう。しかし条件がある。」
一度拾ってしまった手前、中途半端な突き放しはかえってわだかまりを生じると判断した。
不幸というべきか幸いというべきか、ハリには2週間ほど滞在する予定なので、その間に真白に紹介料を支払い、旅費のサポートをすることくらいは容易い。
真白と共に行動すれば、カモフラージュになるという目論見もあった。
「条件?」
1つ、行動を共にするのはハリに向かうまでの道中と食事のタイミングのみとすること。
2つ、食事処の選択権は真白だが、最終決定権は私にあること。
3つ、食事のタイミングで紹介料を真白支払う。宿代や交通費は自己で負担すること。
「一応、相応の料金は支払うつもりだ。だから無駄使いは控えなさい。」
私が諭すと、「ありがとうございます!」と真っ直ぐな真白の眼差しが私に突き刺さる。
心なしか彼女の瞳は濡れていた。
店主に支払いを済ませて別れを告げて店を後にした。
夜の帳が下りており、ロムドンを発つには絶好のタイミングだった。
「この度は、何から何まで本当にありがとうございます!えーと…」
「どうした?」
「いえ、まだお名前をお伺いしていなかったと思いまして…テヘヘ」
ああ…確かに名乗っていなかった。
「クロウだ」
数ある偽名の1つの中でも、コードネームから取っただけの最も安直な偽名を真白に告げた。
「クロウさんですね!ありがとうございます!短い間ですがよろしくお願いいたします!クロウさん」
そんな挨拶を交わして、黒と白が交わり始める。
そんなロムドンの夜の帷は、まるで鴉の翼のように漆黒に包まれてはいたが、それでも星々は点々と輝いていた。
黒と白が食堂で飯食うだけの話 著弧くろわ @maplelove
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