第13話 新しい持ち主

 冷たい風が吹き抜ける冬の午後。街外れのフリーマーケットは、色とりどりの品々と人々の活気で溢れていた。


 布で覆われた簡易な屋台の一つに、それはひっそりと置かれていた。まるで人目を引くことを拒むかのように、他の鮮やかな商品に隠れるように存在していた。


 「これ、なんだろう?」


 幼い声がその静寂を破る。振り向いた先には、10歳くらいの少年が、無邪気な笑顔でバッテリーパックを手に取っていた。




 少年の名は悠人。元気で好奇心旺盛な彼は、父親と共にこのフリーマーケットを訪れていた。

並べられた古いおもちゃやガジェットに目を輝かせる中、ふと目に留まったのが、埃をかぶったそのバッテリーパックだった。


 「これ、なんだかかっこいい!」


 パックの黒光りする外装は、どこか未来的で、それでいて不気味な雰囲気を漂わせていた。手に持つと妙にしっくりきて、まるで自分のために作られたもののように感じた。


 屋台の主らしき老人が、声をかけてきた。

 「それを気に入ったのかい?」


 悠人は元気よく頷いた。

 「これ、動くの?どうやって使うの?」


 老人は薄い笑みを浮かべたが、その目には奇妙な光が宿っていた。

 「動くさ。これを持っていると、君のエネルギーが湧いてくる。何をするにも元気になるよ。」


 「すごい!いくら?」


 老人は一瞬考える素振りを見せた後、答えた。

 「君には特別に安くしておこう。これで、いい。」


 父親にせがんだ悠人は、すぐにそれを手に入れた。




 家に帰った悠人は、早速バッテリーパックを触りながら遊び始めた。

 そのとき、ふいに奇妙な感覚が彼を襲った。


 身体の奥からエネルギーが溢れ出すような感覚。眠くて仕方なかったのに、急に目が冴え渡り、何でもできる気がした。


 「すごい!これ、本当に力が出る!」


 悠人は興奮しながら、学校の宿題を次々と片付け、外で遊び回り、夜遅くまで元気いっぱいだった。


 しかし、その夜、彼の夢はいつもとは違っていた。




 夢の中で悠人は、薄暗い廊下に立っていた。壁には何かが書かれているようだが、それは読めない奇妙な文字だった。


 奥へ進むと、どこからか囁き声が聞こえてきた。

 「……エネルギー……奪う……」

 「……希望を……燃料に……」


 振り向こうとしたが、身体が動かない。背中越しに感じる冷たい視線が、恐怖を呼び覚ます。


 目が覚めたとき、彼は冷や汗をかきながら息を荒げていた。




 次の日から、家族の様子が少しずつおかしくなり始めた。

 いつも優しく微笑む母親が、急にイライラするようになり、口論が絶えなくなった。父親は仕事のミスを繰り返し、食卓では暗い表情ばかりを見せる。


 それでも悠人は気にしなかった。バッテリーパックが与える異常な活力は、彼を幸せにしていた。


 だが、日を追うごとに夢はどんどん悪化していった。囁き声はどんどん大きくなり、黒い影が夢の中で彼を追い回す。




 ある晩、悠人はふと目を覚ました。部屋は静まり返っていたが、妙な違和感があった。


 その原因に気づいたのは、窓の外を見たときだった。

 暗い夜空には、無数の影が渦を巻いていた。そして、それが自分の部屋をじっと見つめているのを感じた。


 「誰かいるの?」


 悠人が声を出した瞬間、部屋の中に冷たい風が吹き込んだ。バッテリーパックが輝き始める。


 その光の中に、彼は影のような存在を見た。


 それは笑っているように見えたが、明らかに人ではなかった。




 翌朝、悠人の家には静寂が漂っていた。


 両親が起きてきたとき、悠人の部屋はもぬけの殻だった。ベッドは乱れておらず、まるで最初からそこにいなかったかのようだ。


 彼の存在は、完全に消えていた。両親は彼の名前を思い出せず、まるでそんな子供が存在しなかったかのように生活を続けた。


 フリーマーケットの屋台では、また同じバッテリーパックが並べられていた。


 「これ、なんだろう?」

 新たな好奇心を持つ別の手が、パックを手に取る。その瞳には、何の疑いも不安も映っていない。


 そして、不気味な老人が再び笑みを浮かべた。

 「それはね、とても便利なものだよ。元気が欲しいなら、試してごらん。」


 無邪気な笑顔が、また一つ、絶望の輪に足を踏み入れた瞬間だった。

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絶望のバッテリーパック まさか からだ @panndamann74

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