第5話 王子

「俺は無理にお前を囲い込む気はない。出世の機会があればそれを逃すべきではないと思う。——だが、他にやることのない間は手を貸してくれると助かる」


 そう言ってジャックの言葉を受け止めた王子の従者じゅうしゃの任を、ジャックは受けることにした。

 従者じゅうしゃの仕事は、以前にも従卒じゅうそつまがいのことをさせられていた為、それほど苦労はしなかった。


 第六近衛兵団このえへいだんのほうは、ギブソン大佐を除けば士官がほとんどおらず、むしろこちらの職務の方が忙しいとも言えた。



 王子はジャックより年下の少年だったが、父とは違った方面の真面目さを見せた。


 興味深々に眺めていたため、館の側の庭いじりに誘った翌朝。

 さっそく寝台しんだい横には植物の育て方の本が数冊置いてあり、思わずふき出す。


「真面目だなあ。なにかいてあるんだこんなの」


 まだ眠っている本人の様子を見る限り、昨晩遅くまで読み進めたのだろう。



 王子は、ジャックの今までの人生にはいなかった種の人間だった。

 大人びた言動や、自分よりも優秀な知識量と剣術の腕をみると素直に感心することも多かった。


 ただこの王子は、生まれ育った環境のせいか人間関係にぎこちなく臆病おくびょうさが見られた。

 ジャックが堅苦しさを取り払い、親しみを持って接すると、嬉しそうに反応を返す。本人は隠しているつもりなのか表情は大きく変わらないものの、態度からして一目瞭然だった。


 そのような姿を見ると、ジャックは弟か若い部下のように可愛いがってやりたいと思うようになっていた。

 不安そうな表情を見せた時など、他の兵らと同じように、頭を強引に撫で付け気楽に背中を叩いてやろうかとも思うのだが、そこまで一線を越える勇気はなかった。 

 

* * *


 八ヶ月が過ぎ、ジャックは唐突に元いた第一近衛兵団に呼び戻された。


 当初伝えられていた予定よりも随分と早い。

 危険な任務についての辞退者が続出し、欠員が出たことによる復帰だ。


 今いるこの場所も、短いようで、愛着を持つようになる程度には長かった。

 第六近衛兵団の不器用な兵たちも着々と育ってきたし、王子との関係も、言葉なしにお互いが呼吸を合わせられるほどには築けたと思う。


(このまま居続けたら、現場感覚から乖離しすぎてやばかったかもな)


 ジャックは幻想のようにぶり返す、拳の痛みをさすった。

 



 この王子は自己の価値に鈍感で優しすぎる。

 今でこそギブソン大佐の庇護ひごのもと、健全に育っているが狡猾こうかつ簒奪者さんだつしゃにいつ目をつけられてもおかしくはない。


 ジャックが扉を叩き入室してきたことに気づくと、若き主人が近寄ってきた。


「改めて従者じゅうしゃとしてよく尽くしてくれたことに感謝を伝えたい。第一近衛兵団でも変わらず頑張ってくれ。応援している」


「ありがとうございます。貴方も、今後の人生がより良きものになることを、離れた先でも願っております」


「ああ」


 王子はどこか困ったように寂しげに笑っていた。



 初めて会った時よりも目線が近くなったように感じ、ジャックは、ふっと笑みを漏らす。

 そして、彼の頭をぐりぐりと撫で付けたくなる衝動を堪えた。


「背が伸びましたね。新しく仕立て直した服、手配しておりますから、受け取り忘れないようにお願いしますね」


 王子はきょとんと目をしばたたかせると、呆れたようにため息をついていた。


「お前最後の最後まで働くな……。まあいい、たまにで構わないから兵団の方含めて顔を出してくれ」


 握手を求め手を差し出してくる。



「あなたの従者じゅうしゃでいられたことを誇りに思います。再びあなたの力になれるその日のためにも、全てを国に捧げる所存です」


 ジャックは、密かに自身でしかそうとわからぬ誓いを口にし、覚悟を決める。

 出世し力を溜め、いつかこの王子に降りかかるかもしれないであろう困難にさいし、必ず助けとなってみせよう。


 それは国を裏切ることになるだろうか。

 ――否。

 彼が、彼のままである以上、もしこの純朴じゅんぼくな若者が国の敵になるのだとすれば、それはあるべき国の形ではなくなっているはずだ。


 最もとうとき財産である人を守れない国など、くそくらえだ。


 あの壁を殴った痛みが今でも消えずに残っているように、今日の決意もきっと生涯忘れることはないだろう。



 ジャックは王子の手を取り、今度こそ、仲間とも友ともいえぬ一人の人間を守りきりたいと思った。




王子主役の長編「リンデル王室史話」

https://kakuyomu.jp/works/16818093093051596455

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ある王国の青年士官の決意 雷師ヒロ @raishi16

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