1-12.
ウォーデン騎士団のテロ対策部に協力を求める手紙が上着の胸ポケットに入っていた。 差出人はエメ外部顧問。 昨日、お仕置きしている時に入れたのだろう。
エメ外部顧問の名前を出すとウォーデン騎士団のテロ対策部は喜んで協力してくれた。 サインを代わりに貰ってきてくれないかとせがまれたくらいだ。
ジョヴァンニは第二大陸社会では歴史的偉人だ。
ジュノの憧れでもある。
身分は問わず皆、彼を認めている。
ジュノはそのジョヴァンニの部下になったのだ。 恥ずかしい仕事は出来ないのだと身を引き締める機会になったと思う。
現在、ウォーデン家でミーミルを持っていない者を探すこと。
これが一番シンプルな共犯探しだと思う。
でもそんな調査はテロ対がやっているし、前にウォーデン家を訪ねた時、家族全員とも首からミーミルを下げていた。 ミーミルは使用した場合、軍将補または師位医師以上の階級を有していれば再支給を申請できる。
つまり、あの家でミーミルの替えが聞く容疑者は3人。
アイリーン、クロト、モルタ。
アイリーンはテロ対策部長。 軍将。
長男クロトはテロ対策部の部長代理。 軍将補。
次男モルタは軍監査部長。 軍将補。
今回の動機を家長の席だと考えた時、アイリーンは次期家長だと思われるので今回の犯行に旨みはない。 クロトとモルタが怪しい。
2分の1だが、動かぬ証拠が欲しい。
ミーミルが証拠として作用しないことを考慮して何が最も強い証明となるか。
契約書の控えはおそらく共犯は持っていない。
普通、そんな危ない物はわざわざ発行しない。
主犯が持っている契約書こそ動かぬ証拠だが、ノーヒントで主犯を先に捕まえるのは難しいだろう。
残業中、執務室に特別用意された机で悩む。
お仕置きを受けたお尻の痛みがきつけになる。
「お尻が痛い……なんでジョヴァンニは共犯の方を捕まえたいんだろ」
尻をさすりながら、そこが分からなかった。
ジョヴァンニは共犯者を捕まえろと言った。
元テロ対の経験だが契約テロは共犯を捕まえても主犯は捕まらない。 ほぼ確実に機密保存の契約を結んでいるので共犯が主犯の所在を吐くことはないし、爆弾の位置も教えてくれない。
だからテロ対は主犯の捕獲を重視する。
ならなぜ。
ジョヴァンニは共犯者を捕まえてどうするのか?
「シエスタ機関が動いてるなら結末は決まってる」
共犯者は見つけたところで処刑が決まってる。
共犯者が死ねば契約が破棄される。 契約が破棄されれば証拠となる契約書は消え、契約魔法は履行できなくなる。
契約テロ自体は防げるので解決とも言えるか?
ジョヴァンニが主犯を逃すとも思えない。
既に共犯者を知り、ジュノに学びの機会を与える余裕がある。
「主犯と共犯者を結びつける根拠は契約書だけだから……一人ずつ捕まえるしかない」
海老で鯛を釣る真似は出来ない。 主犯と共犯者を分けて考えるべきだ。
一度整理する。
主犯にとっての本件のメリットは貴族の暗殺。
デメリットはターゲットが要人過ぎてテロ対だけでなく、シエスタ機関まで動き出したこと。
共犯者のメリットはおそらく家長の席。
デメリットは真っ先に疑われること。
条件として契約はミーミルによって行われた。
容疑者はクロトとモルタの二人。
ここで疑問。 まず一つ、なぜミーミルを使う必要があったのか。 通常の契約であればここまで容疑者を絞られることはなかった。
二つ目は暗殺が実際に起こった場合に当日はどうするつもりなのか? 定例パーティーには優秀なウォーデン兄弟のどちらも出席するだろう。 俯瞰的な考え方をするなら、当日欠席すれば暗殺を避けられるわけだが流石に怪し過ぎる。
生き残った方が共犯と誰もが思うだろう。
実行できたとしても生き残れば出世のために家族を殺したという疑念は付き纏う。
一つ目の疑問の回答は容易い。
「通常の契約では契約文面の裏を掻くことが出来てしまうから」
ジョヴァンニはスラスラとやってのけるが、通常の契約書の文面は作成する際にかなり精査しないといけない。 普通は弁護士をつけて文面をチェックしてもらうが、そんなことは出来ない。
それを補うためのミーミルだ。 ミーミルに契約内容を整えさせることで主犯と共犯間での裏切りを防止したのだろう。
二つ目の疑問への回答。
「仮に防がれたとしても証拠が全て消えて美味しい立場だから?」
契約破棄のペナルティが来るのは契約書が一方的に契約を破棄する行為をした場合、第三者に契約を中断されたらペナルティはなく、契約書は消えてしまう。
以前、テロ対に所属していた時に同じようなことがあった。 犯行はあったはずなのに犯人が消え去った事件である。 現在は犯人は逮捕され、解決されたが契約テロらしい犯行だったと思う。
あの経験を踏まえて……消え去る犯人ならば私たちの近くにいる。
犯人の目星がついて先ほどまで読んでいた資料を再度確認してみる。
脅迫状の宛先の有効対象を調べていた。
脅迫状の宛先はウォーデン家になってる。
この場合、家長である宰相の戸籍上の親族だが不倫相手との子どもでも該当してしまうのであってないようなもの。 どの家にも痴態はあるものだ。
しかし、今回は別。 ウォーデン家の戸籍にはミーミルの出所と共犯者の名前がしっかりと記載されていた。
「医者のお嬢さんなら一発で気づくだろうと思ったんだけどねえ?」
ジョヴァンニならこう言うだろうという幻聴が隣で失望の色を濃くする。
「うん、私が気付けないといけなかった」
違和感自体はあった。 彼らの容姿だったり……特に一人だけ浮いた雰囲気だろうか。 どうして気付けなかったんだろう。
治癒魔法を使えば簡単に検査できたろうに。
「終わったかい、お嬢さん」
「うん、終わった」
幻聴に応じて席を立つと本当に隣にジョヴァンニがいた。 びっくりして肩が揺れた。 幻聴じゃなかった。
「……え、なんでいるの?」
「いや、お嬢さんだけじゃウォーデン家に入れないし、逮捕状発行できないでしょ。 権力だけなら一部貸してあげる。 好きな名前を書きなさい」
ジョヴァンニは名前部分を空欄にした逮捕状をジュノに渡してくる。 後ろ暗い領収書みたいなことしないでほしい。
「ちょっと待って。 証拠を見つけるから」
ミーミルの使用にもリスクがある。
ジョヴァンニが脅迫状に残った魔力からミーミルの使用に気づいたように、契約書には更に濃いミーミルの痕跡が残る。 仮に大量の書類の中に隠してもバレる。
一年単位の契約であれば一週間に1回は契約書に触れ、現物を見なければ紛失という判定になる。
だがジョヴァンニがミーミル使用を示唆したことで特にクロトはミーミルの痕跡に目敏くなってる。 手元に置き続けるのはリスクが高い。 だが手元以外に紛失の不安がない隠し所も少ないものだ。
駅前のレンタルロッカーや銀行の貸金庫にはテロ対が向かっているだろう。
「テロ対のやり方を知ってる職員が隠すなら……」
ジュノがテロ対で契約テロをするならここに隠すのに、と思っていた場所がある。
ジュノはテロ対本部の地下3階、特別契約物保管庫に入室する。
ミーミルを使用した貴族が契約書も含めて用途を報告する書庫だ。 本来はアイリーンか、クロトの許可がなければ入れないがジョヴァンニが入れろと言ったら二つ返事で通してもらえる。
「ここ、ここにあるはず」
木の葉を隠すなら森の中だが花びらは木の葉には隠れない。 花びらを隠すなら花の中だ。
アイリーンはどうか知らないが、生真面目なクロトはここに今まで使用したミーミルの契約書を全て保存しているはず。 だがクロトほどの多忙な人物であれば契約書類の確認は契約に立ち会った第三者に委託しているはず。
自然と週一回以上、この書庫に立ち入る必要と機会があった人物がいる。
彼の入室申請書に記載されていた検閲希望図書の中に証拠となる契約書は残っていた。 ジュノは彼の名前を逮捕状に書き込んで、この部屋まで呼び出した。
主犯はクロトの秘書だ。 テロ対職員でもある。
逮捕状と証拠の契約書を突きつけると彼は顔を青ざめて逃げ出した。 やはりそうなったかとその後を追うが必要なかった。
隠れていたクロトが彼を取り押さえたのだ。
数日前から秘書の様子が不審だったので後ろから尾行していたらしい。
取り押さえられた秘書が取調室でクロトと向き合っている。 秘書は何度も自殺を図ったがクロトの魔法で予防されている。
これ以上、痛ましい取り調べもない。
秘書は嗚咽混じりに動機を語った。
ウォーデン家の未来のためと。
秘書は犯行を認めたが、ミーミルの提供者の名前だけは頑として漏らすことはなかった。 クロトもそれをあっさり受け入れていたと思う。
クロトも誰がミーミルを提供したか、本件の共犯者か、分かっていただろうから。
秘書を別室にやるとクロトは容疑者側の席について重く苦しい息を吐いた。
限界が近かったのだろう。
「初めてここに座らされる容疑者の気分が分かった気がするよ。 最悪の気分だ」
彼に聞きたいことがあった。
「一つ、聞いてもいいですか」
「……何でも答えましょう」
「アイリーン様以外の子どもはレグルス宰相の実子ではないんですね?」
宰相の戸籍を調べたら分かったことだった。
クロトの父はレグルス宰相ではない。
「……ええ。 父上の実子はアイリーンだけです。 家長を継ぐ権利も争うまでもなく彼女にある。 このように階級で実力差を示された今では議論の余地もないでしょうが」
クロトは皮肉そうに笑う。 アイリーンは宰相の子どもの中で最も高い地位にいる。 跡継ぎに迷う要素がない。
「父は……義父は槍の遺跡攻略で亡くなった実父の兄です。 父が亡くなった当時、義父は病気で奥さんを亡くしていて。 ……残されたアイリーンと二人きりで生活するのは大変だったはずなのに、母を妻に迎えて私たちを我が子として扱ってくれた」
レグルス宰相の今の奥さんはアイリーンの母親でなく、弟の奥さんだ。
クロトは眼鏡を外して目に溜まった涙を拭う。
次の一言を言うためにどれだけの覚悟が必要だっただろうか。 威風堂々とした彼が心の底から弱りきった声を絞り出した。
「共犯者は私の母です」
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