1-11.

 ジュノも通う貴族学校の建築学科。

 ウォーデン家の姫君アイリーンは図書館に製図板を持ち込んで作業していた。

 鮮やかな赤毛を簡素にまとめた女の子だ。 ニットの上にテロ対の上着を羽織っている。


 以前徹夜で見た月曜21時の私服女警官がこういう格好をしていたと思う。 タイトルは忘れた。 流行りのファッションモデルを採用したペラペラドラマで主演女優のルックスと触られると逐一ピクっと動く死体役以外は酷いもんだった。

 まあそれはさておいてだ。


 アイリーンは皇帝より早く、シエスタ機関に事件解決を依頼してきた。 ジョヴァンニは真正面に座って視線を送るが、彼女は改修図面の作成に忙しいようで一切こちらを見ない。

 趣味の悪い金の片眼鏡とツンとしたところが彼女の母に似ていた。


「亡くなった君のお母さんエウノミアは税務部の狂犬と呼ばれた。 貴族も恐れる金品の取立て屋だったんだよね」


「……」


「当時は破産を嘯けば貴族は納税を拒否できたからね。 第二大陸の社交界は腐りまくっていたよ。 隠し財産を探し出す達人である君の母が税務署に勤めるまでは」


「露骨に母の思い出話で興味を引いて近づいてくる男は嫌いだ。 貴方も含めて品がない」


 ジョヴァンニは品がないらしい。

 アイリーンは酷いことを言ってなお、こちらを見ようとすらしない。


「かくいう僕も納税する立場じゃなかったから君のお母さんにパクられそうになった時は必死に弁明したものだよ」


「女の口説き方くらい勉強してきたらどうだ?」


 アイリーンに対して全く下心が覚えてなかっただけに久しぶりにピキッときた。

 ウォーデンの小僧は娘の躾を忘れたらしい。 後で嫌がらせしておこう。


「その貴族特有の話かけられたら口説かれてると勘違いする病は下品の最たるものだと思うけどね。 話しかけたら、いちいちこのオスは私に気があるんですわと言わんばかりに鼻の穴を膨らまし、拡大させて熱風を吹き鳴らす下品な面を見た時、僕は不快の頂点だ」


「もっと面白い話を学んできた方が生産的だと思わないか? 私は少なくとも話が面白い男が好きだ」


 ウォーデン家の才女も底が知れたなと思う。

 社交界レビューでたくさんの異性に話しかけられて高嶺の花を楽しんでる雰囲気美人。 型にはめたようなつまらない女だ。

 歳食ったら顔面崩れて社交界で身売りを始める典型でもある。


 謙虚でよく分からないところで要領が悪いだけのジュノの方がよっぽど良い女だ。 言いたいことは山ほどあるがコートを手に取る。

 勘違い女に仕返しする暇はない。


「自分磨きしに帰るよ……言おうと思ってたけどその図面、X1行の2番の窓。 現物と比べて位置ずれてるよ?」


「そんな馬鹿な……いや、おかしい。 昨年の補修が反映されていない」


「現場を知らない学生さんの設計課題だし、教授も咎めないさ。 これから社会に出て図面以上のことを学べば良いさ」


 悪意のあるフォローをするとアイリーンからプツッと琴線が切れた音がした。 手元の図面が設計課題でないことはジョヴァンニも知っている。

 下から舐めつける視線を感じる。

 いい気味だ。


「これからテロ対業務でそこに爆弾探しに行く予定だけど一緒に行かない?」


「なんだ……テロ対か。 どこの騎士団所属?」


「フロージ騎士団の方から。 申し遅れました。 私こういうものです」


 ジョヴァンニが最近貰った名刺を横流しして渡すとアイリーンの顔色が変わった。

 名乗った身元が宰相領関係であれば実家の部下が来た程度に思うだろう。

 しかし渡した名刺が名刺だ。


「ジュノ・フロージ? 名前を聞いたことがある。 フロージ家の、軍医部のエースって……噂だとフロージ家の聖女という異名で通っているが貴方はどう見ても」


「君の妹だってクリニックの少年アルバイトに女装させてるじゃないか」


「なんか……ごめん」


 よく分からない理屈で丸め込むとアイリーンは大人しく出発の準備をする。

 大陸の反対側から別部署のエースが来たのだ。

 それもシエスタ機関に異動した職員だ。 ありふれた契約テロが大陸を引っくるめた事態になっていることは言うまでもない。

 定例パーティー会場までは学校から歩いて行けるほど近い。 犯行が起きれば学校も吹き飛ぶことになるだろう。


 定例パーティー会場前で本物のジュノ・フロージとミシェル、真藍と合流する。

 じっとジュノと目を合わせる。

 ルビーみたく赤い瞳があった。


「何?」


 ジュノは無愛想にジョヴァンニを睨む。 彼女が声を低くしているのは地声が可愛らしいから。 愛想が悪いのは舐められないようにしているからと無愛想でいても咎められることがなかったから。

 シャンプーは軍学校の購買で売っているものを使っている。 シャツやソックスは新しいが高級ブランドではない。


 土日に研究所で見る私服はやたらと可愛いので実家から送りつけられている物を着ているだろう。


「いや、何も?」


 ジョヴァンニはジュノの取り扱いに非常に困っていた。 上司として正当に評価した結果、このジュノをシエスタ機関から追い出すか、否か。

 建物内に爆弾がないか、目視と魔力感知で探す。

 一般的な探知機じゃ今回の爆弾は見つからない。

 契約書の魔法印の探知より細かい魔力感知だ。


 魔力感知は基礎技術でありながら魔法の全てを見通す眼。 魔法の全てと言ってもいい。 この建物に仕込まれた魔法爆弾の位置。 ミシェルは建物に入った段階で分かっていた。


 真藍は最初から当たりをつけていたらしい。

 アイリーンは犯人も含めて知っているのだろう。

 その上で黙っている。 この子に能力はあっても自ら家族を殺す覚悟はないから。


 ジュノはずっと探してる。

 植木の下とか、排気フードの中とか。


「お嬢さん、テロ対にいたことは?」


「10年くらい」


「じゃあ、なぜ犯行に使われたのが毒ガスでなく、爆弾なのか分かるね?」


「毒や薬は契約魔法で効果を拡張しづらいから。 麻痺毒に致死性は付与できない。 私たちが口呼吸を一生止めることを条件にえら呼吸をするという契約をしても、えらが生えてこないのと一緒」


 基礎知識は押さえてる。

 もう見つかっていてもおかしくないのに、何のヒントが足りないんだろうと思う。

 もしかして教えるの下手くそだったろうか。


「お嬢さん、今回の動機は何だと思う?」


 正直、動機なんぞに欠片も興味はないが、そこをクリアにしたら答えが分かるのではと思った。

 ジュノはアイリーンに気遣いながら答える。


「……主犯の方は貴族の暗殺だけど、共犯の方は多分アイリーンの暗殺だと思う。 アイリーンがウォーデン家の次の家長になるだろうから、アイリーンを殺せば他の子が家長になれるかもしれない」


 なんだ、そう考えていたのか。

 共犯者は繰り上がり当選を狙っているわけだと。

 例えばその共犯がパーティーの参加者であったとしても、当日休めば上位者は勝手に爆殺されてくれるだろうから。


……この子、ドラマの見過ぎか、ただのアホじゃないだろうか?


 まあいい。 過程はともかく結果を教えてくれ。


「じゃあ、当日休もうとしている子が共犯というわけだけど、どうやって調べる?」


「そんなことは当日にしか分からない。 爆弾を外さないわけにもいかない」


 ジュノはぶつぶつと考え込んでいる。 与えている情報量が多くて処理し切れていないのだろうか、それとも見落としている?


 ミシェルも真藍も爆発物の場所を特定して、犯人を探す段階に入っている。

 第二大陸の魔法の知見があるジュノには2人より早く解決して欲しい。 どうしたものかと考えていると建物の寸法調査を終えたアイリーンに話しかけられた。

 わざわざ別室に呼び出してだ。


「フロージさん。 お願いがある。 この一件が収束したら私にシエスタ機関を紹介してほしい」


「断る。 本件はテロ対が解決していてもおかしくない内容だ。 君は主犯と共犯、爆弾の位置を知っていて報告しない。 降格処分は確定だ」


「根拠のないことを言わないで貰えるか?」


 アイリーンがくだらない言い逃れをするがそんなもんはどうでもいい。


「なのに君はシエスタ機関に本件の解決を依頼してきたね? なぜだ? 使われている爆弾が通常の爆弾でないと知ってしまったから?」


 魔法爆弾の密輸は第四大陸の恥部だ。

 契約テロとのシナジーは恐ろしく高く、第二大陸に持ち込ませた罪は重い。 そしてジョヴァンニは個人的な私情で魔法爆弾の関与を隠したい。

 アイリーンの思惑に至った時には吐息が触れるほど彼女は近づいている。


「貴方は爆弾の種類を黙っていて欲しい。 後ろにいた綺麗なお嬢さんは第四大陸出身の研究者……貴族ってところ……そして貴方のガールフレンド? エメ外部顧問」


 フロージじゃないことも気づいてたか。

 つまりアイリーンは恫喝しているわけだ。

 爆弾についてウォーデン騎士団のテロ対から公表されたくなければシエスタ機関に入れろと。


「シエスタ機関なんてそんな良い職場じゃないんだけどね」


「理由は聞かなくてもいい。 貴方がただ人事部に掛け合ってくれれば。 いやこの場合、元帥? それともお父さん?」


 いや大貴族のスカウトをする場合、掛け合うのはさらに上の立場。 皇帝だ。

 アイリーンはジョヴァンニと顔を近く、艶かしく舌舐めずりする。 狂犬から狼が生まれるらしい。


「第二大陸はちょうど一枠空きそうだし、検討してみるよ」


 ジュノかアイリーンかで選べと言われたら迷わずアイリーンだろう。 強かな女だ。 一方でジュノを放逐するか検討する必要があった。 今のところの評価として、優秀だがシエスタ機関に入れるほどではない。


 成果出てないんだから頑張れよというのは現代ではパワハラになるらしい。

 だがどうしろと。




 どうやってもジョヴァンニが思いつく限りのやり方しか思いつかなかったのでその夜、自室にジュノを呼び出す。

 眠れる獅子の尻を叩かねばならなかった。


「お嬢さん、いつになったら事件解決できるの? もしかして何もしなかったら僕が痺れを切らして、容疑者集めて推理ショーでもすると思ってる?」


 圧を掛けるとジュノは俯いた。


「ごめん」


「僕はどうすればいいの?」


 ジュノに聞いても仕方ないことは分かっている。

 一方でさらにヒントを与えたらわざわざ雇う必要もない職員になりそう。 ジュノを急激に成長させる手立てはないだろうか。


……なんかめんどくさくなってきた。


 狂犬の娘には噛みつかれるわ、いまいち処理の遅い部下への当たり方はしんどいわでストレスが溜まっていた。

 期待以上の働きをしないキャリア採用者にはどうしろと。


「お嬢さん、お仕置きしよっか?」


「お仕置きって?」


「不出来な貴族のお仕置き……分かるでしょ?」


 婉曲させて伝えるとジュノの顔に動揺が走る。


「本気でやるの?」


「嫌なら別にいいさ。 お嬢さんが選べばいい」


 ジョヴァンニはベッドに座って膝を叩く。

 ジュノは恐る恐るだが、座るジョヴァンニの膝に腰を乗せて寝そべった。


 ジュノのスカートを捲り上げるとグレーのスポーツ下着。 ジョヴァンニは微弱な魔力を流した掌を小さく上げて、弧を描く。 鞭のようにしなった手がバチンと良い音を立てて尻を弾く。


「ちょっと! ……」


 悪いことをした子どもみたく尻を叩かれる。

 恥ずかしい状況にジュノも力弱く声を上げるが、バチンともう一発ジュノの尻が叩かれた。 ジュノの白いお尻に真っ赤な手形がくっきりと浮かび上がるが、ジュノは反射的に治癒魔法で腫れを治していく。


「お仕置きに反抗するとはね。 悪い子だ」


 バチンバチン。 遠慮なくジュノの尻にビンタを入れ続けると、いつの間にかジュノの治癒は止まり、手形すら分からないほどジュノの尻は真っ赤に腫れ上がっていた。


「……?」


 手のひらがしっとりしている。

 何の湿りだと視線を下ろすと手形も分からないほど真っ赤に腫れたジュノの尻。 グレーのスポーツショーツに一筋のシミ。


 もしやとシミを指の腹で撫でる。


「んぁっ」


 どこからか甘い喘ぎ。 ジュノの素顔を伺うと何とも情けのない……。

 林檎みたく赤くなり、理性が解けた女の子の顔。


「お嬢さんってマゾだったんだね」


「違うし」


「後ろの鏡を見てごらんよ」


 姿見には尻を赤く腫らして、股間を濡らしたジュノが映っている。

 ジュノは羞恥の限界だった。


「桃みたいに真っ赤に腫れてるのに下着は濡れてる。 痛すぎて漏らしちゃったのかな?」


 バチンと追撃を加えるとジュノの顔はさらに緩んでシミを何度もなぞるとぴくぴくと腰が揺れた。 純粋なご褒美を与えるとシミはだんだんと広がっていく。

 びくんとジュノの全身が揺れた。


 ご満足頂けたのか臨界点に達したらしい。


「流石、第二大陸は違うね……例に漏れずマゾが多いというか、癖が根深いというか」


「私はマゾじゃないもん」


 ジュノは非常に苦しい言い訳をしてごろりと仰向けになった。 ジョヴァンニはジュノの秘所を指で撫でると先の方。 ジュノが一番快楽を感じている部分を摘み、人差し指の腹でくいとひねる。


 かくんと跳ねてジュノは果てた。


「一週間以内。 来週までに共犯者を見つけなければ定例パーティーの時には軍医部に帰ってもらう」


 それだけ言い渡してジョヴァンニは部屋を出た。

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