1-5.

 朝、再び剣の遺跡に入るとジョヴァンニに加えて真藍と長身でパリパリのスーツを着用した男性がいた。

 スーツの男性は真っ黒なサングラスを掛けており、とても堅気には見えなかった。

 ジュノの前に彼は歩み寄ると胸ポケットに手を入れる。 拳銃か!?と身構えるが出てきたのは名刺入れだった。


「先日は名乗り遅れて申し訳ございません。 私、第四大陸担当のダンテと申します」


 サングラスを外すと彼はとてもつぶらな青い瞳をしており、優しい人にしか見えない。 サングラスって不思議だ。


「ジュノです。 前の職場の名刺ですがどうぞよろしくお願いします」


 ダンテの後ろで真藍が交換待ちをしていたので次の交換を優先する。


「改めて真藍あい。 第一大陸担当。 よろしく」


「よろしくお願いします」


 ダンテはエンジニアで真藍は調査員。

 ダンテと真藍は第四大陸の原罪教会の攻略で同行するチームメイトでもある。

 軽く談笑を挟みつつ、スコルハティに向かう。

 当然、真藍とダンテにも試練が付いて回るが2人は難なくこれをクリア。


 第二層の村で一度ジョヴァンニと打ち合わせすることになった。


「原罪教会の能力は死亡率99%を平気で上回る。 正しく素質のある者しか攻略できないんだ」


 原罪教会も遺跡もその性質は酷似している。

 攻略を望めば大体死ぬというのが現状だ。

 剣の遺跡に至っては自殺スポットみたくなっているところもある。


「本件について僕たちは補助輪の役割。 メインは第四貴族になる」


 これもまた不可能に近い難題だ。 死地だ。

 成功報酬は莫大な金と信頼。 余程の馬鹿しかやらないのではないだろうか。

 真藍がジュノの不安を汲み取って質問する。


「目安を聞いてもいい?」


「というと?」


「剣の遺跡でどれくらいの成果を上げれば原罪教会の攻略を行えるか、その最低ラインの目安。 いたずらに職員を削ってる余裕はないやろ?」


「第四大陸に行く前に第七戦線を突破してもらう。 それくらいできなきゃ他人の補助なんてしてる余裕はないだろうし」


 自分の命を賭けるだけでなく、相手の命を守るとなれば覚悟と実力が求められるものだ。


「強制はしないさ。 職員に死ねとは思ってないからまだ死ねないなら僕がやっておくよ」


 遺跡や原罪教会の意義くらい承知していた。

 今は薄れてしまった貴族の義務というやつだ。

 避ければいつか遺跡攻略の際、どの道ツケとして回ってくる。


「私はやる」


「あたいも」


 3人の同意を得て、第二戦線に挑む。

 3人いようが試練は一対一。

 初めに真藍がスコルハティの魔法陣に踏み入ると昨夜のような剣を携えた光の剣士が現れる。


 真藍は第一戦線と同じく小太刀一本で挑む。

 宙に投げられたコインの落下を合図に両者は動き出す。


 光の剣士が真藍を斬るまで三歩。

 一歩目を慎重に、一歩手前の二歩目は力強く。

 三歩目で真藍の身体と剣の間合いがミートするように。 慣れた間合い管理。



 しかし真藍の方が上手かった。

 二歩目を踏み締め、三歩目に転じた一瞬の揺らぎに真藍は小太刀を置く。

 光の剣士の三歩目の踏み出しを利用した真藍が胸に刺さっていた。 勝利した真藍には第三戦線に向かう権利、更なる門を超えていく権利が与えられる。


 次に続いたジュノも昨夜と同じく一足一閃を持って試練を沈めた。 今は容易にクリアできているが段々と試練のハードルも上がり、尻すぼみになっていく。

 目標の第七戦線は過去の内乱時代の英雄を何人も殺してきた死地だ。


 真藍もダンテも強い。

 ジュノ以上の力量と思えるほどに。

 それでも怖かった。 先のない崖に向かって一歩一歩歩かされているような不安が胸にある。


 その日は第三戦線の村を散策して帰された。




 ジュノにとって大きな選択を迫られた日だった。

 親に相談すべきか……いやすべきじゃない。 いずれジュノに迫る遺跡攻略は貴族の義務だった。

 我が子可愛さを盾に義務を放棄しろと親に言わせたくない。



 一度家に帰ってお風呂に入る。 普段の茶色の学生服に着替えてジョヴァンニの家を訪ねた。 ジョヴァンニの家は研究所の裏にあり、美味しいパン屋のような家だった。 煙突のついた煉瓦造りの2階建ての家で第二大陸では一般的な住居。

 ジュノの仮住居の方が数段立派な形をしている。


 玄関をノックすると出てきたのは真藍だった。


「え……」


 他に女性がいるなんて聞いてない。

 真藍は何やら忙しそうだ。


「よかった、ちょうど焼きたてだから上がって」


 真藍にリビングまで案内されるとジョヴァンニの甘い匂いを濃く、焦がしたような焼きたての焼き菓子特有の香りがした。 お茶も入っていてジュノは自然とソファに座らされる。


 ジョヴァンニに報酬を支払うという話だった。 契約上、ジョヴァンニが要求してきた報酬は指定した時間においてジュノを好きにできる権利。


 つまり、そういう奉仕を求められていたはずだ。

 だがしかし、同僚の真藍がいるところでそういったことはしないのでは?

 そう思うと安心した。

 本筋を切り出す間もなくお茶が進み、シエスタ機関の職員の話になる。


「真藍とダンテは実家が太いよ。 お嬢さんに負けず劣らずね」


 真藍とダンテはそれぞれ第一、第四大陸の大貴族らしい。


「大陸から予算を貰う都合上、職員に貴族がいると非常に便利なんよな」


 生々しい理由だが実際そうなのだろう。

 成り上がりの平民が作った部署に大陸が予算を出すほど世の中甘くない。


「え、じゃあジョヴァンニは?」


「僕の地元には貴族制が基本的にないから。 貴族はいなかったなあ」


 平民だったんだ。

 別に馬鹿にする気はないが意外だ。


「お嬢さんも大変でしょ。 今まで遺跡の管理だけが一族の仕事だったのに自分の代になったらいきなり攻略まで求められたら」


「……うん」


 昔は遺跡の攻略は管理する貴族の義務だった。

 皇帝より特権階級の代償に攻略を課せられた。

 だが現代になり、人道的な社会を構築していった結果、死者ばかり増やす攻略は貴族の義務から消去された。

 それが現代貴族の弁。


「遺跡の攻略は現代貴族の義務から消去されたっていうのは詭弁だと私は思う。 だったら私たちの特権もいくつか消去されて然るべき。 それに攻略義務を自ら消去するのは危うさを秘めてる」


「遺跡の管理業務まで平民に降りて貴族の義務がなくなることかな?」


 ジョヴァンニが白々しく分からないふりをするがそんなものではない。


「平民が遺跡を攻略したら? 議会でも貴族の怠慢は指摘されてる。 平民が攻略したら際には攻略者の強大な暴力を持って革命が起こる」


 皇帝の命令により、攻略自体は平民も可能という取り決めになっているのでそんな未来が現実化しないとも限らない。


 ジュノも含めて貴族の首が落ちるだろう。

 それほど平民の不満は高まっている。

 真藍がティーカップを置いてため息を吐いた。


「今回の第四大陸の本筋もそこ。 多分第一もいつかは攻略しないといけないと思う」


「君たちは身分を捨てるっていう選択肢にはならないらしいね」


 唯一部外者気味のジョヴァンニが嫌味を言うがそれは何も解決になってない。

 真藍も同様の意見のようだった。


「これ以上成果を出せないから特権や責任はいりませんなんて貴族がやることじゃない。 生まれながらに背負うからあたいらは誇り高いのよ」


 真藍の言葉に自分と同じ矜持を感じる。


「でもジュノちゃん。 怖いものは怖いよな」


「そりゃあね」


 でも歴史が溜めたツケだ。


「そんなジュノちゃんをあんた、ぎゅーって勇気つけてあげて」


「え?」


「だって今、ジュノちゃんはジョヴァンニちゃんに好きにされていい時間なんやろ?」


 そう言えばそうだった。

 いきなりだがジュノはジョヴァンニに抱擁される。

 ジョヴァンニは薄く笑っていた。


「お嬢さん、覚悟はいい?」


「うん……でもそれ、ハグする時の確認じゃないでしょ?」


 隣に座るジョヴァンニの腕がジュノの背に回されてギュッと抱き寄せられる。

 ジョヴァンニからはすごく甘くて良い匂いがした。

 肌はとてもしなやかなのに芯がしっかりしてる。


「どう、お嬢さん?」


「意外と悪くないかも」


 ジュノもジョヴァンニの背に腕を回して緩やかに抱きしめてみる。 少しずつ2人の体温差が埋められていくのを感じた。


 不安や怯えをかき消すような強い熱さだ。

 いつまでもこうしてられる。

 義務に負けずに立っていられる。

 夢中になってジョヴァンニの肩に顔を埋める。


「お嬢さん、落ち着いた?」


「うん」


「良かった」


 名残惜しくも抱擁は終わってしまう。

 ジョヴァンニの顔が近くにあった。

 鼓動が大きくなる。


「……いい?」


 ジョヴァンニに短く問われたので頷く。

 キスをしていた。 お互いの境界を確かめるようなキスを。

 初めてなのにジョヴァンニになら良かったのだ。

 ジョヴァンニの目が笑ってる。

 夜のような真っ暗な瞳だ、


「もう大丈夫そう?」


「うん」


 なら帰っていいと言われた。

 恥ずかしかったが足早に立ち上がる。


 ジョヴァンニの体温がまだ残ってる。

 キスを、抱擁の体温を覚えているうちは怖くない気がしたのだ。

 ジョヴァンニもジュノを気遣ってくれたのだろう。

……。


……足が止まる。


 気恥ずかしさも勇気も吹き飛んでいた。


 こんな馬鹿な話があるか。


 貴族に生まれた。

 別に皇帝ほど絶対的な立場ではない。

 だが施しを頂いて報酬すら露骨に気を遣われるほど卑しくなったつもりはない。

 なぜ富んでいるはずの私が報酬を渋ったかのような結果にさせるのか。


 この契約も支払いも誰も見ていない。

 誰もジュノの不正を咎めやしない。

 見ていないからこそ正しくあるべきだ。


 振り返るとジョヴァンニはわざとらしく不思議そうな顔を作っている。


「どうしたの、お嬢さん。 忘れ物?」


「ちゃんと支払わせて」


「支払ったでしょ?」


「不安を拭ってくれただけでしょ?」


 露骨に優しくされて、客人対応されて。 ここまで覚悟を嘲笑われたことがあっただろうか。

 それに他大陸の大貴族たる真藍の前でだ。

 第二大陸に泥を塗る恥を易々と享受できるか。


 ジュノはジョヴァンニにキスしてその眼を睨みつける。


「朝まで遊んであげる。 寝室はどこ?」

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