ep.48 増殖

「ルコール隊長!」


 そう言ってルベラは障壁が割れた音のした方に走っていった。

 

 その先にいたのは、黒い礼服に身を包んだルコール先生だった。

 左胸には大きな穴ができている。



 なぜルコール先生がここにいるのか疑問だが、そんなことよりもクレイザの父、ジスタを何とかしなければいけない。


 ジスタは棺から出てからずっとクレイザに体を向けている。

 ノールックであのルコール先生の肩を撃ち抜いたならやっぱり相当な手練れだ。



 ……ふと、ジスタ達に近づいていく人物に気がついた。

 1歩、また1歩と歩く度に白いネクタイが揺れてパールのように光が淡く反射する。



 ……え、ルコール先生がふたり?



「おまえっ、どうして生きている?!」

 ジスタはそう言うと、2人目のルコール先生に攻撃し始めた。


 いつの間に、胸を撃ち抜かれたルコール先生は血の一滴も残さずに消えていた。

 予想だが、魔素で作った人形だったのだろう。



 先生は詠唱もなく、武器や杖も使わずに何の気なしに攻撃をいなしながら口を開いた。

「トルビー、こいつらの排除を手伝いなさい。ライムは避難誘導を。終わり次第この葬儀会場に出禁結界を張りなさい」


 トルビーは困惑しつつも了承し、杖を取りだした。


 って、出禁結界なんて張ったことないし、そもそも結界詳しくないし、どうしろって言うんだよ……


 とにかく、葬儀会場から警備隊の皆さんを避難させなくては。


「ライム!棺の中の人、たぶん寝てるだけ!連れて行って!」


 トルビーに言われ、近くの、割と冷静な隊員に手伝ってもらい、2人を担ぎ出した。


 負傷したはずのルコール先生が消えて、更にもう1人現れるという異様な光景に追いつけずにかフリーズしている、ルベラをはじめとした隊員たちもまた葬儀会場の外に出す。



 先生の戦闘の手伝いをしようとする隊員が出るかと思ったが、意外にも全員素直に避難してくれた。



 ……さて、結界をどうするかだ。

 そういえばキッテスで買った魔術書に結界系の魔法載ってたかもな。


 ボディバックから魔術書を1冊取り出す。

 パッと適当なページを開くとそこには「想定結界」とあった。


 これ、ラズリス姉さんの個性魔法と一緒だな。



「……ん?」

 違和感を覚え、パッと表紙を見るとキッテスで買った魔術書ではなく、自分の魔導書だった。


 イオラさんにお願いしてキッテスの魔術書を文庫本サイズにしてもらったのだが、自分の魔導書と表紙が似ている上にサイズまで一緒になってしまい、パッと見分けがつかないのだ。


「って、また書き込みのあるページが増えてるじゃん!?」


 元はと言えば「かきかえ」としか書いていなかった俺の魔導書。

 イオラさんの"読解"に続いていつの間に魔法が増えている。


 ……ってそんなこと考えてる場合じゃない!


 俺は"想定結界"のページを開いた魔導書を左手に持って、目をつぶった。

 そして右手を葬儀会場の方へ向けた。


「"読解アナスィ"……想定結界!」


 目を開けると葬儀会場の上からシロップを垂らしたように淡く虹色に輝きながら透明な幕がかかっていた。


「えぇっと……成功か?」



 ◇◆◇


 一方その頃葬儀会場の中のトルビーはクレイザの猛攻をいなしつつ、攻撃するふりをしていた──



 さて、思ったよりもまずい状況である。

 クレイザの討伐を、ルコール先生に依頼されてしまった。


 今回の件、クレイザはどちらかと言うと被害者。我々魔界対策本部から見れば保護対象である。

 すなわちクレイザは殺してはならない。


 ただ、下手にかばって動くとジスタの味方だと思われてルコール先生に敵認定されるかもしれない。

 そしたら殺されるかも……!

 

 つまりこっそりクレイザを逃がさなければならない。味方が強いのが問題なのだ。



「(クレイザ、聞こえる?)」

 一か八か"念話"を飛ばす。


 ……ダメだ。連携は無理。


「うぉ?!」

 飛んできた魔力のつぶてを咄嗟に避ける。

 しかし避けきれず、髪を結っていたミサンガの結び目が切られたようで、ちぎれたそれがはらりと床に落ちた。


 クレイザのやつ、今の本気で殺しに来たろ……


 まぁ、クレイザが僕を攻撃するのも無理はない。


 さっきルコール先生が僕に「クレイザを倒せ」と言ったことに加えて、魔界に彼を転送する直前に意識を取り戻したのだとしたら、クレイザの記憶の中の僕は敵だ。



 ……ん?どうやって人間界こっちに帰ってきたんだ?


 そんなことを考えてる間にじりじりと壁際に追い詰められている。



 ついに壁に背をつけるとそこにはツルツルした幕が張ってあった。

 ライム、結界成功してるな。


「手加減してんのか?!オレも討伐対象なんだろ?!」

 クレイザが叫ぶ。

 腰が抜けたフリをして座った。


 なおも威嚇してくるクレイザ。



 ……しゃあないなぁ。


「え、おい、なにして……」

 困惑するクレイザの目の前でシャツのボタンを上から2つ外す。

 

 僕が襟を持ってシャツをめくると、クレイザの顔色が変わった。

 その時、ジスタのうめき声が葬儀会場にこだました。



 ……ふぅ、と大きく息を吐いてから、抱えていた杖を床に置く。


「……や、やめてっ!僕は巻き込まれただけ!人質にとったって意味無いよっ!」

「信じます……」

 そう、クレイザの小さな声が聞こえたと思うと抱き上げられ、体が宙に浮いた。


 ……ちょ、その抱え方首締まって苦しいって!



 △▼△



「さぁ、離してもらおうか」

 ルコールが起伏のない声でクレイザに語りかける。


「いやだと言ったら?」

 そう返答したクレイザの右腕はトルビーの首に回され、締めている。


 体が浮いて苦しそうにうめきながら足をバタバタさせるトルビーを見て、ルコールは不吉に笑うと嘲った声色で言った。


「そのまま撃ち抜くよ」


 その一言に、トルビーだけでなくクレイザの顔色も変わる。

「この先生、とんだサイコパスだ」

 2人とも、そう思ったのだろう。



「どうして?僕まで殺すんですか……!」

 なおも足は地面につかず、ジタバタしているトルビーは、苦しそうな声で言った。


「期待はずれだったからかな。そんな魔族一匹、数秒かと思ったのにね」

 

 そう言ったルコールに、トルビーは不満を露わにした。

「それを求めるなら、ライムでよかったじゃないですか!どうして僕にそんなこと……」

 その言葉にルコールは食い気味に返す。

 

「クレイザが君を殺せば、私がそいつを殺す理由になる」


 淡々とそう言ったルコールに、クレイザ、トルビーのふたりはもはや呆れている。


 要するに、その場で刑を執行するための言い訳にしようとしたわけだ。


 ルコールが言っているのは、クレイザにトルビーを殺させれば合法的にクレイザを殺せるということである。



「ヒューマ!」

 ルコールの狂気じみた思考にあてられ、黙りこくっているように見えたトルビーが、そう口火を切った。

 その瞬間、ルコールの"魔力砲"が炸裂した。



 クレイザはトルビーの魔法によって瞬間塵と化した。


 ルコールの"魔力砲"はトルビーの"障壁"に阻まれた。



 "障壁"越しにルコールの目に映ったトルビーの額からは小さな2本のツノが生えていた。


「私の魔法を止めるなんて……やるじゃないか。期待以上だ」


「やっぱり、もともと僕も……殺す気だったんですか……」

 魔力切れを起こしたトルビーは座り込んでうなだれながら、息も絶え絶えな様子で言った。


「その通りだ。……魔族め」

 そう言ったルコールは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

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旅と偽薬 まかだ みあ @Meer_Makada

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