それまで遥太の体から独立していた意識が体へと再び戻っていくような感覚がした。それに作用されるようにして目が次第に見開かれていく。

 気がついたらベッドの上だった。

 LED照明はまばゆいほどに明かりをともし、掛け布団はベッドの上から無秩序にこぼれ落ちている。

 そばの携帯を確認すると時刻は深夜の二時で、日付はすでに春休みに入っていた。

「電気も消さずに寝落ちたか……」

 遥太はしばらく夢うつつな頭で白い天井を眺めていた。数時間しか寝ていないはずなのにあまりにも情報過多な夢だったせいで、この世界自体が夢なのか現実なのか判断がつかなかったのだ。

 ただ意識はどことなく覚醒している。おそらく現実世界ではあるのだろう。

 とはいえこの世界が現実世界であると断言できる証拠は何もないので一応確認をしておく。あんなにも生々しい夢を見ると、りんありえないとは理解していても確認したくてたまらなかったのだ。母親は早々に寝る人ではないので、大方まだ一階のリビングで何かしているだろう。


 案の定、一階に下りるとすりガラス越しのリビングは暖色の光に包まれていた。ドアをわずかに開け中の様子を窺うと、母親は小さい音量でテレビを観ている。録画している医療もののドラマ。

 そのまま中に入り、熱心にテレビを観ている母親に対して遥太は話しかけてみる。

「ねえ、アノってどこにいる?」

 すると母親はこちらを向いて応えた。

「あ、遥太。まだ起きてたの」

 母親には姿が見えていれば声も届いている。遥太の存在が認識されるのかという懸念事項は解消された。そのことに安心する。

「アノは私の布団で寝てるよ」

 和室を見やると、敷かれた母親の布団の上で猫のアノが丸まっている。

「そっか。ありがとう」

「急にどうしたの?」

 釈然としない様子で母親は言う。まあ無理もないだろう。母親からすれば急に話しかけてきたかと思えば味気ない態度を取られているのだ。

 でもこれは、訊くことそのものが重要だったのであって内容は本意ではなかったのだから仕方ない。

「いや、特に意図はないけど」

 目的は果たされたのでその場を離れようとする。と、母親はそれまでの怪訝そうな表情を一変させ何かを思い出したように言った。

「そういえば前に受けた模試の結果ってどうだったの?」

 二月上旬に受けた模試だろう。春休み前にとうに結果は返されていた。

 言い逃れはできたのかもしれない。だが遥太は大人しく嘘偽りのない成績表を母親に渡すことにした。


 遥太は傷心気味で自分の部屋に戻る。

「はあ……」

 出したくもないのにため息が漏れた。なんだか最近、ため息ばかりしている気がする。

 遥太がそんな気分になったのは、結果を見せたときの母親の反応があきれ返るようなものだったから。「アンタ、もうちょっと頑張ったらどうなの。高三になるんでしょ」という具合。

「ああいう言葉に心が傷つけられるとき、もし頑張っているなら反論の余地があるんだよな……。これじゃあ、頑張ってもないのに一人前に傷つけられて同情を買おうとするあわれな人だ……」

 遥太はぼんやりとくうを見つめながら独りつ。

 そのとき不意に夢の中のソイツが言っていたある言葉が頭に浮かんだ。

『ですが本当のところボクは、努力して何かになることをあなたが目指しているように感じるんです』

 その言葉をはんすうする。もしそうなら……。

「僕は変わることができるのかな……」

 誰もいないのにどうしてか、それに返答するように言葉が漏れる。ソイツには言えなかった言葉。

 すると突然、

『それはあなた次第ですよ』

 なぜかそんな言葉が聞こえてきたような気がした。もちろん部屋には誰もいない。

 それでも続けて遥太は誰もいない空間に向かって告げた。

「僕は頑張りたい。頑張って変わりたい」






『それなら、一緒に頑張りましょう』

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ナカノヨウタの変貌 正野雛鶏 @tadanohiyoko

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