第一章 流星を撃った女と流星を拾った男

#001 暁の夜明け作戦にて 前

 冬の夜、議事堂の屋上。冷気が彼らの身体を刺すように包んでいた。外に露出されている目元や耳はきりりと痛むほどであったが、訓練された兵士である彼らは、そんな気温などものともしない。

『こちらチャーリー、標的確認。護衛は予定通り二体。指示を』

 まるで祭司のような真っ白の装束に身を包み、悠々自適に歩いているエイリアンがいる。護衛はたったの二人。それこそ今回の暗殺目標使者だ。

――あれがターゲットのエイリアン……世界の腐れの源――

 体表は濡れた革のように光沢を放ち、表面には無数の皺が刻まれている。汗とは異なる、ぬめりを帯びた半透明の液体が、皮膚の隙間から滲み出ていた。身長は二メートル弱。体格もほぼ人間のそれとは変わらない出で立ちが、寧ろ気味の悪さを助長させる。それを見たナギの身体を駆け巡るのは、怯えや震えではなく、明確な憎悪だった。

 今すぐにでも引き金を引いてやりたい気持ちを抑え、ナギは照準を護衛に移す。護衛のアーマー装備は人類の軍服とはまるで異なり、一目でエイリアンの兵士だとわかる。

――黒い方がアサルト兵、灰色がシールド兵…………リコリを殺したあいつらと同じ装備――

 それに気付いたナギの、狙撃銃を握りしめる手の力はより強くなる。多くの家族、友人が同じ鎧の者に殺された。それがエイリアンだと知り、奴らに復讐出来る舞台に立つまで、十数年かかった。そんなナギが建物の屋上に伏せ、スコープ越しにそれを見下ろしている。新兵で、的しか撃ってこなかったナギですら、十分に狙える射程距離に、早く奴らを殺させてくれと心臓が逸(はや)る。

『こちらアルファ。遮蔽多し。通路先、開所にて射撃実施。ブラボー、チャーリーは体勢維持。デルタ、エコーは周囲警戒、継続』

『了解』

『チャーリー、訓練通りにやれば何も問題ない』

 再度入ったアルファからの個別通信に、ナギの心は、じんわりと和らいでいった。こんな重要な任務に、新兵のナギが就かされるのは、組織内でもトップレベルの狙撃訓練スコアを持っているから。いくら新兵だとしても、狙撃に重要なのは冷静さだと知っている。一度、ナギはスコープから目を外し、心臓へ直に冷気を送るようにふぅと息をつく。

「落ち着け。ここで、私の有用性を証明して見せる……」

 ナギがいるこの場所は、エイリアンと人間の代表が新たな法案を採決するために訪れている議事堂だった。ナギも一人、二人と要人を殺したところで大きく情勢が変化するわけでもないということを知っている。それでもエイリアンに反抗する者たちがいる、と絶望を抱える民に伝えるため自分たちは銃を取る。そう教えられていたナギにあるのは、その緑の瞳と同じ曇りなき殺意だけかもしれない。

「気持ちの悪い場所に、気持ちの悪い奴ら……希望の生贄」

 エイリアンによって創られた議事堂の外装は、どこか有機的で、生き物を連想させる肌のような滑らかさを持っている。見ているだけで、首筋を撫でられているような寒気をナギは覚えた。

「私語は慎め」

 ナギの言葉を、ナギのバディ、エコー――ミナトが咎める。

「――ごめん」

 注意されたナギは、一度ゆっくりと目を瞑った後、改めてスコープを覗く。ミナトはナギの横に構え、狙撃支援者(スポッター)として、周囲の警戒も怠らない。アルファ、ブラボーも別の建物の屋上から、デルタの支援を受けながら、狙撃態勢を整えているだろう。あとはもうただひたすらに、アルファの銃撃指示を待つのみだった。

 ナギの心臓は耳元に位置を変えたと思うほど、どくどくと鳴り響いている。反面、狙撃銃の重み、鉄の匂い、スコープの先に見えるターゲット。その全てに妙な心地良さを覚えていた。

『こちらアルファ。ターゲット確認、位置変動なし。全員、指定目標に照準を』

 自分の命が狙われているとも知らない《使者》とその護衛は、先程と変わらない歩みを続けている。アルファはメインターゲット、ブラボーとナギは護衛に狙いを定め、引き金に指を掛ける。ナギは静かに息を止めた。心臓の鼓動すら邪魔に感じる。スコープの十字線が目標から逸れないように、指にわずかに力を込めた――。

『射撃(ファイア)』

 目の前を覆う閃光。身体の芯を突く衝撃。耳を劈く破裂音。射撃の快感がナギの中枢を駆け抜けた。

『ターゲットが……こちらを見ている!』

 それに浸る間もなく、直後アルファから焦りに満ちたそんな通信が入る。

 スコープ越しにナギの目に映ったのは、狙撃を予知していたかのように、身体を翻し、弾丸を避ける《使者》の姿だった。ナギの放った弾丸はシールド兵に、命中はした。しかし弾丸は胸部アーマーによって、金属音すら立てずに潰され、地面に弾かれるように落ちていく。狙撃を成功させたのはブラボー唯一人。三人が撃ち、捉えたのはアサルト兵だけ。

「くそっ……!」

 その事実にナギは、歯を食いしばる。人間の兵器は、彼らの技術にはまるで通用しない。だから狙うべきはアーマーの付いていない腹部や顔面。そこを狙ったはずだが、ここは訓練場ではない。的は動くし、風も吹いている。

「ばれていた? この距離で? 避けたのか? 狙撃銃の初速はッ――」

 今までのターゲットとは一線を画す《使者》の能力にアルファは動揺を隠せない。そんなアルファを捉えたのは、《使者》が持つ拳銃から放たれた弾丸であった。と、言ってもその拳銃はただアルファ目掛け、明滅しただけ。弾丸が飛び出たわけでもないのに、アルファは跡形もなく、灰に化し、アルファであった塵は冬の空へ溶けていった。

 ナギのスコープはそれを確かに捉えていた。不敵に笑む、気味の悪い《使者》の顔を。

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2026年1月15日 18:00
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エイリアン・ブラスター クランチ @crunch

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