エイリアン・ブラスター

クランチ

第一部 流星を継ぐもの―Inherit the shooting Stars―

序章 怒りの火種

#000 梛木、凪、薙ぎ、ナギ

 イヤーマフをしているというのに、ヘリコプターの回転翼の音が聞こえてくる。その音は、静かに、しかし確かに鳴り響く心臓の音を急かす。初めての戦地に、まるで熱を持ち過ぎた心臓を冷やすように、ナギは既に何度か水筒の水を口にしていた。

「戦場に花なんて持って来てどうすんだ、ナギ」

 咎めるでも、嘲るでもなく、それこそまるで小さな花を愛でるように、ミナトはそう尋ねた。ナギは、花というには奇妙すぎるそれを見つめて、答える。

極楽鳥花ストレリチア……私を生かしてくれた友達との約束」

 伸びた軸から、いくらか花びらのようなものが突き出ている。その橙色の花びらには、夜のような紺がいくらか溶け込んでいた。まるでそれは羽ばたきの直前で固まった小鳥のような形だった。

「よくあんな基地で育てたな」

「大変だった。でも決めていたの。初めての戦場にはリコリも連れて行くって。全部はあいつらに復讐するため」

「朝焼けみたいだ。ナギの始まり……だな」

 ミナトの声に、そっとナギはストレリチアへ視線を落とした。

「日暮れの空かもしれない。あいつらの……終わりの始まり」

 ちらりと外を見ると、墨を垂らしたかのように黒く沈んだスラムの街が、目下広がっていた。エイリアンからの支配を拒んだ者たちが行きつく、この世界の影。ナギはヘリコプターの窓からストレリチアを手放した。まるで息を吹き返したかのように、極楽鳥は空を舞う。

「リコリ、待ってて」

 そう告げたナギは、自らの愛銃を強く握りしめた。ヘリコプターはスラムにある廃サッカー場に降り立ち、兵士を下ろすと待機空域まで戻っていく。じゃりと踏む地面が、確かにナギの足の裏を押し返してくる。先程まで緊張で輪郭がおぼろげだった自らの肉体が、地面を通して整っていくのを感じる。そんなナギの右耳のインカムから、アルファの声が鳴る。

『準備は良いか』

 インカムテストを兼ねたアルファの確認の声に四人は順番に返事をしていく。

『ブラボー、問題なし』

 今回の小隊におけるナギのコードネームはチャーリー。初めてのインカムテストに噛まないように、ブラボーよりゆっくりと言葉を紡ぐ。

『チャーリー……問題なし』

 ちゃんと言えたことへの安堵の溜息に合わせるように、すぐデルタとミナト――エコーが続いた。

『デルタ、問題なし』

『エコー、問題なし』

 それを確認したアルファはうんと頷く。

『アルファ、問題なし。これより作戦行動に入る。目的は議事堂に訪れている《使者》と呼ばれるエイリアン高官の暗殺。今から偵察ドローンに警戒しながら屋上を渡り、狙撃地点を目指す。原則、隠密行動で戦闘を避けて移動するが、戦闘が避けられないと各自が判断した状況に限り、自主判断による発砲を許可する』

 エイリアンの支配する街の中での発砲許可。その言葉にナギは今、本当に自分は戦場に立っているのだと自覚し、固唾を飲む。訓練場で嫌というほど握りしめた愛銃の形が、いつもとは違う気がする。しかし目をやれば、そこには見慣れたそれがしっかりと手に握られている。

 それから屋上伝いに歩き始めてから十数分。辺りはもう既にスラムの黒は消え始め、夜の黒さえも白に染め上げそうな、街の明かりが目立ち始める。アルファが撃ち出したグラップリングフックのロープを昇り、今までとは違う一際背の高い建物の屋上に立つ。すると、その景色は一変する。

 それは光の街と呼ばれるエイリアンとの共存が強いられた世界、ウル=ウトゥ。その名前通りの煌びやかさにナギは息を呑んだ。名前を聞いただけで、胃がむかつくエイリアンが作り上げた街だというのに、美しいとさえ感じてしまう。果ての見えないビルに、透明な管に閉じ込められた銀色の車両は、血液が血管を走るように、街を縦横に流れていた。それらを照らす、赤や白、青、黄と様々な光が織りなす街の色彩に、ナギはまるで宝石店の前に立ち尽くす少女のように、その目を輝かせていた。

「ナギ」

 その声にナギは身体をびくりと震わせるが、すぐさま鋭い目つきに戻る。

 いくら美しいと感じても、それは人類の敗北の象徴だった。何千年と積み上げてきたこの世界の文明が、エイリアンの力によって上書きされた。その事実だけで、この街に住む救うべき人間ごと滅ぼしたくなる。

「腐った世界を改める……一発の弾丸で」

 そんな優美な街で、彼女は今日初めて敵を撃つだろう。それは未だエイリアンの支配に抵抗する者たちの足掻き。しかしそれは長い戦いの始まり――人類とエイリアンの争いの終わりの始まりだった。

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