第4話
「この前駐屯地にお前訪ねに行った時、お前が留守やったから帰ろう思ったんやけど、その時見張りにネーリが大怪我したって聞いて心配でちょっと会いに行ったわ。そうしたら騎士館の側の倉庫で毛布と竜に包まりながら眠っとった」
俺も見たよ、とフェルディナントが笑う。
「なんであの子あんなことが出来るんやとそのことばっか思ってたけど。ネーリはあの歳で、数多くの別れを経験してる。孤独も知ってる。きっとそっちの方がずっと辛いことを、あの子は知っとるんや。だから側にいてくれる者を信頼したり、愛したりする。お前の場合、そうしたいのに、出会った時からお前にとって敵にも等しい国の人間やったことに驚いて、悲しかったんやろな」
「……俺はネーリが何者でも構わないよ。それに、俺の国を滅ぼした奴は憎くても、ヴェネトを愛するネーリは好きだ。彼に描かれるヴェネツィアもな。
ネーリにこの地で出会えなかったら、きっと今でも俺はこの国に対して、憎しみしか無かったんだろうなと思う。そういう俺の運命を、ネーリが変えてくれた。
イアン。もしこの先【エルスタル】のことであいつが泣いてたら……気にすることはないと言ってやってくれ」
イアンは夕暮れの街道を並び歩くフェルディナントの肩を軽く叩いた。
「もうとっくに言っといたわ。あいつはそんなことでネーリを憎んだり嫌いになったりせぇへん奴やってな」
フェルディナントは小さく笑って頷いた。
夕暮れ時の、黄金色の光にヴェネトの海が輝いている。
「……綺麗やな」
「ああ」
波の音が包み込む。
「【有翼旅団】の連中も、きっとこの景色を愛しとったはずや」
「……そうだな」
馬を並べて歩いていると、神聖ローマ帝国軍駐屯地の入り口にフェリックスが座り、その彼の身体にもたれかかる体勢で、ネーリが夢中で、この黄昏時の美しいヴェネツィアを何とか描き写そうとしているのか、手を動かしている姿があった。
フェリックスがフェルディナントに先に気付き、こっちを見た。
ひょこ、と首を動かしたのでネーリが気付く。
こっちを見て、あっ、と彼の表情が嬉しそうに輝いた。
「フレディー イアンー」
ネーリは立ち上がって大きく手を振った。
スペイン海将と神聖ローマ帝国竜騎兵団団長は、顔を見合わせて笑った。
【終】
海に沈むジグラート 第30話【黄金色の海に】 七海ポルカ @reeeeeen13
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