第3話

「俺の話はこれで終わりや! あー! やっとお前に話せたわ。仮面の男が、どうも一筋縄では行かない感じ、お前も受けとるって分かって何となく安心した」

「お前は、そいつに思い入れがあるみたいだな」


「思い入れっていうか……あいつが子供やったらと思ってな……。あいつがもし、やで? 例えば【有翼旅団】として、国を憂い、戦う者だったとしたら。

 ヴェネトの民を苦しめる相手だけ殺すと決めてるから、俺らみたいな本当の国の守護職には手を出さへんって誓っていて、追い詰められた時、俺に刃も向けずに死を選んだのかと思うとな……。

 俺も敵には容赦はせえへん方やけど、……正直な所あいつは敵と思えんかった……。

 俺の守備隊も、犠牲者は一人も出なかった。

 死んだのはあいつだけや。

 顔も、名前も、何がしたかったのかも、何を願ってたのかも分からんまま、死んだのかと思うと……やっぱ、ちょっとだけ感傷には浸るな」


「……。分かるよ」


「遺体だけは見つけて、ヴェネトに埋葬してやりたかったんやけどな。けど湿地帯のどこかに沈んどるなら、国と共に眠ってるのと同じようなものや。……あいつかて本望だと思う」


 数秒押し黙って、イアンは冷めきった紅茶を飲んだ。

「俺の話はここまでや。ネーリの怪我のこと、まだ聞いてへん。何があったんや。三週間も起き上がられへんってことはまさか高い梯子から落ちて骨を折ったとかそういうことじゃないよな?」

「……何と言えばいいのか、難しいんだが……」

「?」

「ここだけの話にしてくれるか?」

「もちろんや」

 フェルディナントにしては歯切れの悪い感じだ。

「どうした?」

「……実は、襲われた。肩に深い刺し傷がある。運び込まれた時は意識も無くて、危なかったんだ」

「えっ⁉」

 イアンは思わず、目を剝いた。


「襲われたって、誰にやねん! いつのことや!」


「あれは……俺が夕方街から引き上げる時にミラーコリ教会で夕方の礼拝が行われてたから……今月の八日だな」

 八日……呟いて、イアンは眉根を寄せる。

「城で騒動が起きたのもその日や」

「え?」

「風が無茶苦茶強かった日やろ。その日や」

「そうなのか?」

「ああ。けど、まあええわ。そのことは。そんなことより誰に襲われたんや。どこで?」

「俺も、ネーリに聞こうとしたんだ。聞かないと、また同じ事があると困ると思ってな……。けど、ネーリがそのことを話したがらなかった」

「どこで刺されたとか、相手がどんな奴やったのかもか?」


「俺が思うに、ネーリは相手を知っているようだった。だけど、自分に恨みがあってのことではないと言っていた。あれは本当に思えたよ。もう一度同じことが起こると思うかと聞くと、それは絶対にないと言い切ったんだ。

 これはネーリの個人的なことだから、言わずに来たんだが……実は、ネーリは前から、少しこういう不思議なことがあった」


「不思議なことって……?」

「例えば画家としてもそうだろ。彼は素晴らしい画家だ。宮廷で描いてもいいくらいなのに、今だに貧しいアトリエで描いてる。ミラーコリ教会、お前も見ただろ。あいつのアトリエ。山ほど美しい絵が眠ってる。以前、何でこの絵を売って、いい暮らしをしないのかと聞いたことがあった」

「確かに……まあ、そやな。あれだけの実力があれば……ただ俺は、ネーリは家族がおらんって聞いてたから、あの教会が家みたいなもんなんやって思って。あそこで描きたいのかと」

「それは俺も分かるよ。貧しい貧しくないじゃなくて、画家は描きやすい環境も重要だろうし……昔から描いてる、愛着ある場所で描き続けたいっていうのはあるだろうし。でもネーリは、絵は売ろうとしたことがあるようなんだ。でも売れなかったんだと」


「売れなかった? そらおかしな話やな。ネーリの絵は絶対欲しがられるはずやぞ。

 ああ、けどうちの母親から聞いたことあるけど、画家が絵を発表する時、どういうサロンで発表するとかは重要らしいで。

 貴族もな、自分の贔屓の画家とか、その流派とか、色んな面倒臭いもんでがんじがらめになっとる。そういう貴族が開くサロンだと、例え発表された絵が素晴らしくてもこき下ろされて値もつかないことがあるらしいで。俺はそういうの嫌いやし、あんま興味ないけど、やっぱ画家には後ろ盾っちゅうのが必要らしいわ。特に社交界絡みの世界になると、後ろ盾のない画家の作品なんぞ、どんなに素晴らしいものでも無視されるらしいわ。

 性根の腐った世界やろ。あれも利権絡みや。

 ちょっと話横に逸れるけどな、フェルディナント。お前ネーリを宮廷画家にって言うなら、ちゃんと国に帰った後も強力な後ろ盾になってやらんとあかんぞ」


「でも宮廷画家になったら、城に作品が収められて、皇帝陛下のお墨付きがあるんだからどこに行ったって画家は……」


「あ~~~~~~~! お前は底なしの軍人やのう! 

 甘い! そらお前が推薦して皇帝陛下のお墨付きがもらえてもな、お前が友人の貴族とかにちゃんと紹介して、ネーリの周りを友好的なコミュニティで囲んでやらな、宮廷画家なんぞ夜会に呼ばれるんやぞ! 宮廷画家にさせただけさせてあとはお前もうええわ~ってほっといたら、ネーリが夜会で踊りの最中足を掛けられて転倒したり、足を踏まれて痛い思いしたり、階段から突き落とされたりして苛められるやろ! いつも見てやって、こいつには俺やら俺の友人やらがついてるんやぞ、と絵を包み込む額のように守ってやらなあかん‼」


 急に激しい砲撃を受けて、フェルディナントは呆気にとられた。

「そ、そうか……確かに、そこまでは考えてなかった。でも放っておくつもりはなかったよ」

「まったく! お前は戦となれば何重にも計略張り巡らせるくせにホントに社交界やら恋愛やらは見習い水兵レベルのやっちゃな!」

 酷い暴言を受けたが、イアンがこんなに怒って来るのは珍しかったので、フェルディナントは「ごめん」と素直に話を聞いた。

「はっ! 今聞いて閃いたわ! ネーリ襲ったの同業の画家やないか⁉ あの子の才能に嫉妬して潰そうと……ネーリは顔知っとる画家やけど、優しいから、同じ画家の悩み分かるから……なんていうて許してやってるんちゃう⁉」

「お前想像力豊かだな……」

 フェルディナントが自分は思いもつかなかった理由を閃いているイアンにさすがに半眼になり口許を引きつらせた。

「ネーリはまだ絵をそんな発表してないんだから別に嫉妬する必要ないだろ……」


「あーーーーーーっ! お前はホントに分かっとらんな! 発表するせぇへんやない!

 才能ない奴にとって才能ある奴はいつだって嫉妬の対象や! 世に出る前に潰しておいてやりたいなんて暗い考えしか持ってないやつかておるんやぞ! お前は自分が才能あるからって人の嫉妬を舐めすぎや!」


 また叱られてしまった。


「襲われた場所も言えんの、きっとそうやで! そいつの家だか、アトリエだか、もしくは夜会や! 言ったら相手がすぐ分かって、怒り狂ったお前が殺しに行く思って怖いから言えへんねや! 絶対そうや! よし分かった王都ヴェネツィアに暮らす全画家締め上げに行こ! そんで犯人見つけてお前と俺でボッコボコに……!」


「イアン」

「なんや。いいで別に竜連れてきても」

「そうじゃなくて。確かに、俺は詳細を聞いてないからお前の言ってることは的外れだ、とも言えないんだけど。ただ、ネーリを襲ったのは同業の画家ではないと思う」

「なんでそんなこと言えるんや?」

 イアンが腕を組む。


「もしそうなら、ネーリは俺に秘密にしたりしない」


 思わずイアンがフェルディナントを見ると、彼は微かに笑んで、こちらを見ていた。

 本当にあるかないかの、微かなものだ。

「……それはまあ……そうやな」

 頭に血が上っていたイアンは妙に納得する。

 仮にそうだとしても本当のことを話して、「何もしないで」と言えばいいのだから。

「フェルディナント。お前妙に今回冷静やな。俺はてっきり、ネーリが重傷を負わされたなんて、さすがのお前すらぶちぎれてんのかと」


「肩のが刺し傷だと分かった時はな。刺した奴を――殺してやりたかったよ」


 フェルディナントははっきりとそう言った。それは紛れもない彼の真実だった。

 でもネーリが目覚めた後の穏やかな日々や、無事だった喜びや、彼が今も前と変わらない笑顔を見せてくれることで、怒りが和らいだ。

 何より、ネーリは襲われた時は怖かっただろうが、今も変わらない笑顔を浮かべられるということは、その事件は彼の中の何も、恐れ怯えさせることは出来なかったということだから。

「ただ、俺が暗い顔をするとネーリがそのことこそ悲しむ。不安にさせる。ネーリは俺の目を見て、はっきりと、犯人に悪意はなかったし、二度と起こらないことだと言った。それならそれを信じるよ」


「……けどなぁ……あんないい子が事故にせよ何にせよ刺されるなんてのは……。ネーリは暴力的な家族でもおるんやろか? ああ、そっか家族はおらんかったか……。家族おらんって、亡くなったんよな? 確か前に船の上で聞いた時、流行り病で両親は亡くなったって言ってたもんな。けど、少しくらい親類おらんのやろか?」


「……親類もいないみたいだが……。今、前に船の上で聞いた時って言ったけどお前いつの間にネーリを船に乗せたんだ」

「どこに目ざとく食いついとんねん」

「食いついたわけじゃないが……初耳だと思って」

 イアンは笑ってしまう。

「あのなあ……。仕方ないやろ。あの子お前が【エルスタル】の王子やって最初知らなかったらしいな? 完全に神聖ローマ帝国出身の奴だと思っとったらしいわ。俺が不意にその話したら相当驚いたみたいで……泣いとったで」

「泣いた?」

 フェルディナントは眉を顰めた。


「ネーリがどうして、俺が【エルスタル】出身だと泣くんだ」


「俺も不思議やったけど、話聞くと、ネーリは気が咎めとんのや。

 ヴェネトの民として、【エルスタル】という国に、自分の国が何をしてしまったのか。

 お前に色々親切にしてもらって、好きになって、お前には幸せになって欲しいと思ってたのに、その幸せを自分の国が奪ってたことが、あの子はものすごいショックだったんや。

 しかもお前は王族や。自分の国、っちゅう言葉が他の人間より重い。

 多分、お前の悲しみとかに、同調したんやろな。どんなに悲しかったかな、って思って。

 お前は同情されんのは嫌いな奴かもしれんけど、好きな相手ならそういうもんやで」


「別に……ネーリのそういう気持ちを迷惑だと思ったことはない。俺がどこの出身かなんて知らないうちに、あいつは好きになってくれたんだからな。俺も別に、隠してたわけじゃないんだよ。あいつには出会ってから、他の人間に話さないようなことも、すぐ話してた。死んだ妹のことや両親のことも。エルスタルのことは確かに最初は話さなかった。

 でもそれはネーリに隠したんじゃない。今の俺がエルスタルの王族だ、なんて言ったって、無意味だと思ってたから神聖ローマ帝国の軍人だ、とだけ名乗ったんだ。

 話さなかったことは忘れてたよ。

 この前ネーリに言われて、話していなかったことに気付いたくらいだ。……ネーリは何の罪もなく、この国を愛してるだけなのに、【シビュラの塔】のことで、俺に申し訳ないと思ってるわけか。

 ……なんで一番そう思うべき人間が、夜会三昧で笑っていて、ネーリが泣かなきゃならないんだ」


「感受性が強いんやろうな。芸術家ならではの感性なのかもしれんけど。俺たち軍人には、眩しいな」

 優しい声で、イアンは言った。

 そうなのだ。

 ネーリは、人を優しい気持ちにさせる。

「ネーリは確か、祖父の交易船に乗ってた時期があるんやろ」

「ああ。でも相当子供の頃だ。確か、六歳くらいにその祖父とも死に別れてしまった」

「そうなのか……。明るい子やから普通の温かい家庭で家族に囲まれて暮らしてそうな雰囲気あるのになあ。けど六歳くらいからどうやって生活してたんや?」

「あちこちの教会に世話になってたらしい。ヴェネト中の。ただずっと棲みつくと教会の負担になるから、手伝いとかしながら、本当に短い間世話になって次の場所に行くっていう暮らしを続けてたらしい」

「六歳かそこらの子がか?」

 それは聞いていなかったのか、イアンが驚いている。

「ヴェネトには教会が多い。教会同士物資や人のやり取りは馬車やゴンドラで行ってるから、それで小さい子供でも移動は簡単だったんだろう。それに、ネーリには絵を描く才能があったから」

 フェルディナントは頬杖をついた。


「……だから孤独にならずに済んだ。その頃のスケッチを見せてもらった。感動したよ。

 一人で日々を過ごしてる孤独は確かに感じた。朝も昼も夜も、ヴェネトを描き続けてたからな。時間の束縛をネーリは一切受けてない。でも、孤独を抱えた彼が描いた絵は、ヴェネトへの愛情に満ちてた。ネーリは本当に、ヴェネツィアが……ヴェネトというこの国が好きなんだ。

 ここはネーリにとって孤独になった場所じゃない。孤独な心を支えてくれた、美しい景色や、友人が暮らす国なんだ。……だけど」


「だけど?」


「……ネーリは、この国を出て行くつもりだったようなんだ。【水神祭】の時に、不意に国を出ようとしてるところを偶然見つけた。国を出て行くつもりなのかと聞くと、『出て行くべきだから』とか言ってたな……。でも、出て行くと言っているのに、寂しそうにヴェネツィアの方をずっと見てたから、本当は出て行きたくないんじゃないか、と聞いたら、図星だったみたいだ。泣いてた。なんで泣くほど離れたくないのに離れるべきだなんて思うんだと聞いたけど、それは答えなかった。

 ただ……『ヴェネツィアが僕に失望したんだ』、と言っていたな。

 不思議な言葉だった。

 確かあれは、連続殺人事件が城下で起きていて、警邏隊を解散させ、俺たちが街の巡回を始めたあたりで。……だから俺は、愛する国で、街で、不穏な事件が続いて、安心して歩くことも出来なくなった街にあいつが失望したのかと思って、俺たちが必ず犯人を見つけるから失望しないで欲しいと言ったら、俺たちに失望したんじゃないと」


「ヴェネツィアが僕に失望した……? なんやろな。確かに不思議な言葉や」


「ネーリが何故、『ヴェネトを離れなければならない』と思ったかも、結局分からない。

 ただそれこそ、俺は画家の何かなのかと。同じ場所を描き続けることも尊いけど、別の世界にも目を向けて、また新しい絵を描く。ネーリはヴェネトを歩き回って描いていたことがあったから……」


「けどそれなら笑って『そろそろ別の国も描いてみたい』でええやろ。なんで泣いて『失望された』なんて言う?」

「確かにな。でも、それ以上のことは聞けなかった。なんだか、無理に追及したらそれこそ、ネーリがいなくなってしまう気がして……」

 イアンにとって、ネーリは明るく朗らかで、心優しい少年だった。見ていて心が和む、そういうものだ。だが、今日気付いた。

 自分とフェルディナントがネーリに見ているものは、随分違う。

 彼はフェルディナントも、ネーリ・バルネチアの朗らかさに惹かれたのだと思っていた。

「さっきお前他にもネーリに関して不思議に思うことが時折あった、って言うてたけど、他にもなんぞあるんか?」

 イアンは興味が出て、聞いてみる。


「これは、別にネーリに口止めされてる話というわけじゃないんだが……彼は実は、幼いころに一度神聖ローマ帝国に行ったことがあるらしい」


「そうなんか⁉」

「ああ。例の祖父の貿易船に乗って、行ったことがあるようだ。でも相当幼かったからそんなに記憶はないらしいんだが……ただ、王家の森って分かるか?」

「神聖ローマ帝国の竜の棲む森のことやろ?」

「ああ。王の一族の避暑地もあって、……まあ高名な有力貴族や大臣の家族なんかが呼ばれて過ごしたりすることもある」

「特権階級の楽園ってやつか」

 イアンらしい皮肉に、フェルディナントは笑う。


「いや。あそこは本当に『竜の楽園』なんだ。広大な私有地に、放し飼いにされてる。伸び伸び暮らしていて、寝ぼけた竜が豪華な邸宅の屋根を木と勘違いして、留まって破壊したって、あそこでは竜は怒られない。どこで何をするのも自由なんだ。

 まだ騎竜になる前の子供の竜と、騎竜から引退した竜たちもいるし、もっと若い、まだ自分の翼で飛べない、幼獣の保育地もある」


「そうなんか。そう聞くとなんか楽しそうやな。嫌な言い方して悪かったわ」

 イアンが素直に謝ると、フェルディナントは笑う。

「いいんだ。神聖ローマ帝国では、竜は神聖な生き物だから、扱いも丁重にされる。

 俺たち竜騎兵は気安く毎日触っているが、本来気安く近づけない生き物なんだ」

「一般人にとっては出会えたら光栄、って感じなんか?」

「大貴族にとっても同じだよ。特に幼獣は、王族しか会うことは許されないとされる。動物にもあるだろ。『刷り込み』っていうものが」

「ヒヨコが親のあとぴよぴよついて歩くあれか?」

「うん。竜にもあるんだよ。だから幼獣は特に、王族しか会うことを許されない」


「ええっ! 俺あんな怖い顔のやつが後ろぴよぴよ歩いて来たらごめんお願いだから帰ってって言うで!」


 ギョッとしたようにイアンが言うとフェルディナントは笑った。

「まだ飛べないこのくらいの奴だ」

 手で小さくサイズを見せる。

「それに右も左も分からないものしかない頃の、一時だよ。竜はすぐに膨大な知識を覚えるから、刷り込みのことは忘れる」

「へ~」

「……と俺も思ってたんだが……」

「?」


「実は貿易商だったネーリの祖父が、神聖ローマ帝国の大貴族と知り合いだったらしくてな。祖父がその王家の森に招かれたことがあるらしい。ネーリも連れて行ってもらった時に、幼獣を見せてもらったことがあると言っていた。これは非常に珍しいことなんだ。

 他国の、しかも商人に幼獣を見せるってことはほとんど前例がない。

 聞くと、今も王の右腕のように活躍する家柄の人間が、ネーリの祖父を招いていたから相当だ。余程特別な親交があったんだと思う。この辺りの詳細はネーリはあまりにも幼かったから分からないようだ。けど、実はその時会った幼獣が、俺の今乗ってる騎竜だった可能性が高いんだよ」


「俺の乗ってる騎竜ってあのフェリックスってやつか?」

「そう」

「そうなんか⁉」


「実はさっき言った【水神祭】の時、ネーリが国を離れようとしていたと言っただろ。

 俺は全く知らなかったんだが、あの日やけにフェリックスが飛びたがって、まあいつもはそんな騎竜の要請をいちいち聞いて飛ばなかったんだが、まだ飛行訓練が許可されてない時期だったからな……あんまりストレスを溜めさせたくなくて、少し飛ばした。

 そうしたらあいつが、ネーリを見つけたんだよ。

 その時初めてフェリックスとネーリが会ったんだが、異常にあいつがネーリに懐いてた。

 事情を聞いたら幼獣を見たことがあると言っていて、ネーリが訪問した時期と、あいつが幼獣だった時期が確かに重なるんだよ」


「そういやあいつほんまにネーリに懐いてるよな。最初あんなにくっついてある時食べられやしないか心配したけど、最近ネーリがあんまりにももたれかかったり抱きついたりクッションにしたりして寝とるから俺も気にしなくなってもうたわ」

「そうなんだよ。それで……実は、あの日……ネーリが刺された日、フェリックスが規律違反をして、勝手に駐屯地を出た。竜騎兵を乗せずに飛ぶのは非常に重い規律違反なんだが。あいつを探して、干潟の家に行ったら、ネーリがそこで倒れてたんだ。

 でもネーリの話じゃ、そこで襲われたわけじゃないし、刺される直前干潟の家を訪れていたわけでも全く無いらしい。倒れて意識を失ったネーリを、フェリックスがあそこに運んだみたいなんだ」


「なんでそんなことが出来るんや?」


「分からない……。俺もネーリとフェリックスのような関係は初めて見る。国では幼獣は、皇帝陛下の顔をまず覚える。しかしそれも、陛下が毎日王家の森の散歩を日課になさっているからだ。ネーリとフェリックスが会ったとして、一度きり、しかも十年前のことだ。

お互い姿形も変わってるのに、フェリックスはネーリを覚えているし、今だに親のように思ってるみたいなんだよ」

 イアンは溜め息をついた。

「ネーリを今回救ったのは、お前の竜やったのか」

「そうなんだよ。でもどうしてそんなことが出来たか、よく分からないんだ。ネーリは不思議だ。……彼の周囲には、何か不思議な運命が寄り添ってる感じがする」


「……。ネーリの祖父も、貿易船に乗ってたって言うてたよな。ヴェネトの貿易船やろ?もう一回ネーリに【有翼旅団】のこと聞いてみたらどうや? 前の王様は、大きな船の護衛みたいなことも引退後してたって聞いたで。ネーリの祖父なら前の王様のことよう知っとるかもしれん」

「そうだな。前の王のことは聞いたことなかったから、一度聞いてみる」


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