第2話 匠真
「はっ……ははは……!!」
匠真は走って家に帰る途中、久々の愉快さから我慢できずについ笑いをこぼしていた。
「ゴブリン退治か、面白い!……これは面白い!!」
この瞬間から、匠真の生活にゴブリンを狩るという一つの目標ができた。
こうなると匠真の頭の中はゴブリンのことでいっぱいだ。
何かに面白いと感じると、とことんハマる。ハマりすぎて本当にそればかりやってしまう。
こういった行動の極端さも発達障害(ASD)の特徴の一つである。
それが悪い方に発揮されることももちろんあるが、とにかくそういう風に勝手に動いてしまうのだ。
その日から匠真は、ゴブリンの出没現場をネットで調べては学校帰りに狩りに出かけるといった日々を過ごした。
『ゴブリン抹殺チャンネル』
匠真がゴブリンの情報を集める際、動画サイトで参考にしたチャンネルである。
「おい!ゴブリンやけどな、あいつら殺し損なって逃すと他のゴブリンに合流して俺等の情報伝え歩くから絶対その場で全部殺しとけ!抹殺や!!あいつら姿形は人にちょっと似てるけど絶対容赦すんな!もう一度言う。抹殺や!!絶対やぞ、ええか!?」
大袈裟なぐらい熱い口調でそう語るこの配信者は、ハマーンという中年の男性である。
ハマーン氏の流暢な関西弁にキレ芸、そして少し天然な要素が視聴者にウケたのか、チャンネルの登録者は50万人を超える大手のチャンネルである。
そして彼の大袈裟な喋り方は動画を面白く見せるためのパフォーマンスでもあるが、その内容は実際に的を得ている部分も多く参考になってありがたかった。
しかし、匠真はそういった配信者を内心では見下していた!
――配信内容には感謝しているが、彼らはカメラの前でずっと配信者としての人格を演じ続けなければいけないわけだ。それに“再生数”や“いいね”という他人からの評価に常に依存して生きていくことになる。それで本当に幸せなのだろうか?それに活動していればアンチも大量に湧くらしい……まったく、動画配信業なんてよくやろうと思うもんだ。
……などと、少ない人生経験からくる若者特有の傲慢さが見え隠れする匠真である。
こういった態度が周囲からの反感を買うことになるわけだが、匠真自身はそのことに無自覚だった。
「さて、行くか」
そう呟き匠真は家を出た。
今は6月、まさに夏に入ろうかという季節で日は長い。
現場の山は自宅から近く、暗くなるまでに十分下山できる。
武器を持っていると周囲に不審がられるかもしれない。
そう感じた匠真は、帽子を被りバットケースを背中に背負った。これでどう見ても帰宅中の野球部にしか見えないだろう。
しかしその中に入っている武器はバットではなく取っ手をテーピングした木刀である。
理由は単純に木刀の方が金属バットより軽いからだ。
ゴブリンの目撃情報は大抵が山の中だった。
登山の途中で襲われ、怪我をしながらも下山したという報告がかなり多い。
市街地で発見されると駆除されると知ったのか、残存するゴブリン達は皆山の中に隠れているという話だ。
だから匠真が昨日出会ったゴブリンはかなりレアだったのだ。
……。
匠真の向かった先は郊外の山中だ。
「ギャギャギャッ!?ギェアアアアッ!!」
「……よし、これで全部殺ったな」
倒し終えたゴブリン達を眺めながら、匠真は満足げに微笑みを浮かべた。
やり方は最初に倒したゴブリンのときと変わらず、逃げてから叩く方法だ。
まず一瞬だけ姿を見せて追って来たゴブリンを隠れて待ち伏せ、
するとほとんどのゴブリンは膝を抱えて倒れ込んでしまう。あとはゆっくりトドメを刺せばいい。
「……ふうっ」
匠真はこの時初めて知ったのだが、死んだゴブリンの死体はサラサラと砂状になってやがて跡形もなく消えてしまうのだ。
軽い……。
ゴブリンの命は何よりも軽い!
まるでゲームの中でモンスターを倒したかのような感覚……。
――命って何なんだろうな?
ゴブリン達を眺めながら、匠真は不思議な気分に包まれた。
昨日初めてゴブリンを殺したときには確かにあった自分が生命を奪ったという罪悪感が、今日のゴブリン達に対してはほとんど湧かなかったのだ。
普段の態度からは意外に感じるかも知れないが、匠真は人や犬猫はおろか、何かしらの虫でさえも加害行為に対して自責の念を感じてしまうタイプである。
だが相手が害虫や害獣であれば容赦なく殺す。そこはハッキリと割り切っている!
だって害があるのだから……。
――ゴブリンが殺しやすい存在であって良かった。
匠真はホッとため息をついた。
それから一ヶ月ほどの間、匠真は毎日のようにゴブリン討伐に明け暮れていた。
匠真の両親はダンジョンが出現する少し前、住む家と銀行口座の150万円を残して二人でどこかへ消えてしまった。
もはや匠真の行動を止める人間は誰もいない。
ゴブリンが見つかる日もあればそうでない日もある。それでも匠真は毎日山へ向かった。
それほどゴブリンを討伐したときの快感というのは、匠真にとって忘れられないものだったのだ。
「ん?」
そんなある日、倒したゴブリン達がいつものように砂になっていくのをぼんやりと見つめていた匠真は、その場に何か小さいモノが光っているのを発見した。
それはビー玉より少し小さいサイズの球だったが、よく見ると明らかに青白く光っていた。
これは何だ?
匠真は不思議に思い、他のゴブリン達の死体があった場所を見てみると同じような光る玉がいくつか落ちていた。
宝石には興味はないが綺麗な石だ……ゴブリン討伐の戦利品として集めてみるか。
そんな風に思いながら匠真はそれらの石を制服のポケットに入れ、家に持って帰り、空き瓶の中に入れて部屋で保管した。
そんな活動を続けていたある日。
いつも通り山の中でゴブリンを倒し、光る石を回収し終わったとき、後ろから人間の話し声のような音が聞こえてきた。
――まずい……なんか気まずい!
すぐに何処かに隠れようとしたが、山の中にもかかわらず割と開けた場所だったので匠真はあっさりと見つかってしまった。
「ははっ、早いなー!もう討伐してくれたとは……所属はどこだい?」
そう聞いてきたのは、190センチ近くはある長身で細身の男だった。歳は20代後半ぐらいに見える。
その男は軍服とも作業着ともつかないような謎の制服を着ていた。
それとその少し斜め後ろに似たような格好の女が一人……。
どこかの大学生か会社員だろうか?と不審に思う匠真。
見た所二人とも登山の途中でもなさそうだが、こんな所に何しに来たのだろう?
匠真はそう思いながら、目線も表情も体も動かさずほぼ不動を維持したまま男の方をジッと凝視した。
すると背の高い男がハッとしたようにこう言った。
「……あれ??もしかして君、探索者じゃないのか!?」
男は匠真とは対照的に大げさに首を傾げたり表情を変えたりしながら話した。
そして常に薄い笑いを携えていて、どこか飄々としているような印象だ。
「探索者?違う……」
匠真が正直に答えてみると、男は匠真を指差して聞いてくる。
「へぇー、不思議だなあ。じゃあなんで君はゴブリンを狩ってたんだ?」
――み、見られていたのか……!!
発達障害のせいもあり、匠真は人に見られるといったことが本当に苦手である。
何となく自分の心の中を覗かれたような気がして恥ずかしいというか落ち着かないというか……。
「……」
気まずい匠真だったが、別に犯罪などの悪いことをしていた訳ではない。
ゴブリンの駆除は褒められこそすれ責められるような話ではないからだ。
しかし、匠真は自分がゴブリンを狩っていることを絶対に誰かに話さない(話し相手がそもそもいないが)、なぜかというと怖がられるからだ!
『アイツはいつか人を殺すぞ』
そんな風に噂されるのが目に見えている!
おそらく匠真の予想は当たっているだろう。
屈辱的だ!!
――俺は何よりも人や動物の命を尊重する慈悲深い人間なハズなのに……周りから真逆の評価を受けるなんて、許しがたい屈辱だ!!
匠真はそんな葛藤を無理矢理胸の奥にしまいこみ、男を指差して逆に質問した。
「……あんたらは誰だ?」
すると男はハッとしたような顔を見せて大げさに笑った。
「あっはっはっ。そうだよな!たしかに相手に物を尋ねるときは自分からだよな!俺はダンジョン探索者の
まるで部活の勧誘みたいだ……匠真は少し呆気に取られてしまった。
人間嫌いの勇者 池田大陸 @hand_man
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