第4話 私は視えるもの
いじめを苦に自殺した
教師として生徒達に勉強を教えることが大好きだった。けれど、ある日を境に学校へ入ってくるようになった野良犬をいじめていた生徒に、田嶋先生はきつく注意した。それをきっかけに先生へのいじめが始まった。いじめを見ていた生徒から話を聞いた限りでも、あまり口にはしたくないようなことを色々とされていたらしく、赤川さんはいじめの内容までは話さなかった。
野良犬は田嶋先生に懐いていた。放課後にこっそりグラウンドの隅で
ある日、野良犬が死んでいるのを見たと、とある生徒が言った。それを聞いた時の先生は、今までに見たことがないほど動転していたという。その日以降、放課後になっても野良犬が学校に来なくなったことで、先生は生徒の言ったことを信じた。そしてまもなく辞職した。彼はその1週間後に自宅で首を吊って亡くなった。
野良犬の死体が見つかったのはそれからしばらくしてのことだった。学校から少し離れたところにある公園の茂みに、まるで隠されたように横たわっていたのだそう。
真実は分からない。けれど、赤川さんが言うにはその死体には至る所に誰かに殴られたような
田嶋先生にゴローと名付けられたその野良犬は、その後黒い妖となって人を襲うようになった。
赤川さんは最初、田嶋先生が黒い妖の正体なのではないかと考えていたそうだ。自分をいじめた生徒への復讐か
妖を救うには、未練を晴らす方法ともうひとつ、未練を忘れさせる方法があるらしい。その妖にとって心を動かされるような大切な何か、それを思い出させることで未練が消えることがあると、赤川さんは言った。
この方法での解決を考えた赤川さんは、田嶋先生に懐いていた野良犬を幽世で捜してくるよう矢神さんに頼んでいたのだ。
けれど矢神さんは黒い妖の正体が野良犬の方である可能性も考えていて、先生のことも並行して捜していたそうだ。先生は、自身が教師を志したきっかけにもなった母校の高校に居たらしい。
そして、矢神さんは先生にゴローのことを説明し、この学校へ連れてきた。
2年3組の担任で、数学教師の田嶋先生とは面識はなかった。ただ、時々廊下ですれ違うと遠慮がちに会釈していたのを覚えている。
そんな彼は、ゴローと再会した。弱りきったゴローはふらふらとした足取りで田嶋先生の元へ行くと、先生の手の匂いを嗅いでぺろぺろと舐めた。ばふんと鼻を鳴らしたゴローと、涙を流して微笑む田嶋先生は、静かに消えていった。
「ゴローはきっと、先生をいじめていた生徒達に復讐する為に妖になったんだろうな」
「じゃあ、ゴローは先生の為に……」
「ああ。よっぽど、先生のことが大好きだったんだろうな」
黒い妖の事件は解決し、家に着いた時にはもう日が登っていた。
リビングに電気が点いているのが見えて、お母さんがまだ起きていたことを知った。
「おかえり、あやめ」
リビングには椅子に座ったお母さんと、その隣で優しく微笑むお父さんが私の帰りを待っていてくれていた。
「ただいま」
「大丈夫?」
「……うん。ちゃんと解決したよ」
「そっか、お疲れ様」
「……うん」
お母さんはどこかすっきりとした表情をしていた。
『あたしは遠藤さんの家のことを知っているわけじゃないけど、ちゃんと話した方がいいと思うよ』
赤川さんはきっと気づいていたんだ。
そう、だよね。もう、隠す必要なんてない。私だって、ちゃんと信じるって決めたのだから。
「何か食べる?」
お母さんが席を立とうとしたのを私は止めた。
「お母さん」
「……ん?」
自分の唇が少し震えているのが分かる。
ぐっと噛み締めてから、私は言った。
「私ね、お父さんが視えるの」
お母さんは目を見開いた。けれど、すぅっと表情を緩めた。
「そうなの?」
「うん」
「……今もいるの?」
「うん。いつも私とお母さんのそばにいてくれてたよ」
「……っ。……そう、なんだ」
お母さんは泣いていた。だけど、笑ってた。
そんなお母さんの頭をそっと撫でるお父さんは、口を開いた。
「お父さんね、こう言ってる。『怖い思いをさせてごめんな』って」
「……ううっ」
土砂崩れに巻き込まれたあの日、お父さんは見つからなかった。
だけど家に帰るとそこにはお父さんがいて、私は気づかないふりをし続けた。お父さんは生きてるんだって自分に言い聞かせて、真実から目を背け続けた。
今、やっと解放された気持ちになった。
「あやめ、母さんを頼んだぞ」
「……え?」
お父さんは最後にそう言った。
そっか。ずっと心配だったんだ。だから、ずっとずっと幽世に居続けてくれていたんだ。私達を見守っててくれていたんだ。
最後はちゃんと笑顔でいたかったから。
「まかせてっ」
そして、お父さんは消えていった。
翌朝、みかと一緒に
みかの隣には血まみれのおばあさんが立っている。笑顔だった。
みか、おばあさんは何も恨んでなんかないよ。むしろ制服姿のみかをいつも楽しそうに見ているよ。
「2人とも、なんか吹っ切れたみたいだな」
「おかげさまで」
赤川さんは上下グレーのスウェットで、首にバスタオルを巻いていた。まるでヒッキーみたいな姿だった。ヒッキーが何かは知らないけど。
「今、朝風呂もらったとこなんだ。こんな格好で申し訳ないな」
「いえ」
勉強椅子に2人並んで座っていると「こっち座っていいよ」と、ソファーをすすめてくれた。矢神さんが仰向けで寝ているソファーに。
「あ、えっと」
「大丈夫大丈夫。ちょっと転がせばいいから」
そう言って、赤川さんは彼をちょいっと手前に転がした。ころころと床に転がり落ちた矢神さんは、それでも起きなかった。
「ひょっとして、今幽世に?」
「そう。こいつの
「そうなんだ」
大変だろうなと思いつつも、今日ここに来た理由について私は訊ねた。
「それで、依頼費についてなんですけど」
「ああ、そうだったな」
あの件が終わった後、家に帰る前に赤川さんに「依頼費を貰わないといけないから、時間ある時にでも事務所に来て」と言われた。だけど、実際探偵の依頼費がどれほどのものかも分からなかったし、私達は高校生だ。それもバイトなんてしてないし。だから、少し覚悟していた。だけど、赤川さんはこう言った。
「まあ、あたしたちも一応探偵だから依頼費を貰うのは当然なんだけど、あんた達はまだ高校生だし、それにそもそも依頼を受けていたわけでもない。あたしが勝手にやってただけだからな」
「え、それじゃあ」
「だけど、あんた達は儀式をして実際被害を出してる。それをあたしらが
私とみかの喉がごくりと同時に鳴った。赤川さんは腕を組んでにたりと笑った。
「うちの事務所は客がぜんっぜん来ない。だから、あんた達に手伝ってもらう」
「手伝う? 探偵の仕事をですか?」
「別に専門的なことをしてくれなんて言わない。ただ学校で妖に困っている人とか見かけたら、うちを紹介してくれればいい」
「え、じゃあ、依頼費は?」
赤川さんは首を横に振った。
「いらないよ」
そう言った彼女の表情はとても柔らかくて、優しい笑顔だった。
私が今まで知ろうとしなかった世界はこの先も続いていく。だから、もっと知っておかなくちゃいけない。それが、今後私やみかのような人を助ける役に立つかもしれないから。
あの夜、ゴローと田嶋先生は消えていった。そしてお父さんも消えていった。そのことについて、赤川さんはこう言った。
「現世で未練を残して死んだものは幽世へ行く。そして、幽世で未練を晴らしたものはまた別の世界へ行く。その世界を人は『天国』なんて言い方をするのかもしれないな」
彼女の表情から、そうであって欲しいという願望のようなものを感じた。けれど、きっとその先が天国なのだ。私はそう信じている。
「遠藤さんは聴こえていたんだな、妖の声が」
「はい」
「視覚と聴覚の干渉者か。……羨ましいな」
ぼそりと赤川さんは呟いた。少し寂しそうに眉を八の字にする。
何かわけがありそうな気がして訊ねようとした時、矢神さんが起きた。
「2人ともいらっしゃい」
「こんにちは、矢神さん……それと」
天井からするっと降りてきた白いイタチ。私を助けてくれた
「リオンちゃん」
名前を呼ぶと、とことこと私の方に来て足にすりすりしてくれた。感触はない。だけど、柔らかい毛の感触がまるであるみたいだった。
「さてと、じゃあ依頼は完了ってことで、手伝いの件よろしく」
赤川さんは両手をぱちんと叩いた。
事務所を出る直前、赤川さんは私に言った。
「あんたが干渉者である限り、妖に狙われる可能性があることを忘れるなよ。特に妖の声には負の感情がこもっていることが多いから、
赤川さんはきっと、過去に何かがあった人なのだろう。そして、それは事務所のデスクに突っ伏していたあの妖と関係がある。そう思えて仕方がなかった。
彼女は視えるものとして人を助けている。矢神さんも、リオンちゃんだってそうだ。
だから、私も視えるものとしてできる限りのことをしようと決めた。まずは、何からしようかな。
「あやめ、行こ!」
みかが私を呼ぶ。
とりあえず、みかを哀しませないことから始めよう。
霊乂探偵事務所〜学校の黒い訪問者〜 家達あん @iesato_anne
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