第6話 燃え尽きた鍛冶職人の自分語り
異世界のどこかにあるインチキオーセンティックバー。異なる世界を繋ぐこの店の扉は、語りたくて辛抱たまらん者の前にのみ姿を現す。
扉の先には木の温もりや琥珀色の温かみのある照明、そして温かく客を迎え入れる幼女とモフモフと暖かそうな毛を持つ狼が待ち構える。まっことあったけえ店なのである。
そんなあったけえ店に、今宵も客が訪れる。扉から差し込む風は、春の夜を思わす寒さだ。
入ってきたのは、小柄だけどずっしりとした男性。いわゆるドワーフであろう。たくましい眉毛とたくましい髭で、顔面の半分くらいが覆われている。胴体も四肢も太くたくましい。まっことたくましい客だ。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
「む……ああ」
今宵の客は珍しい物を見るように店内を見回しながら、椅子に腰を掛けた。
「お前もドワーフなのか?」
「え? え、と……違いますよ?」
「なら、この店の店主の子供か?」
「いえ、私がこの店の店主兼バーテンダーです」
「ふむ……奇怪だな」
奇怪、と言われてしまった。間違ってはいないが、店主にとってはこれが普通。変な存在として見られるのも慣れているので、いつも通りに接客する。
「お前たちの種族は、大人にならないと酒を飲めないのではないのか?」
「少なくとも、私の故郷では禁止されていました。しかし、この店で扱う飲み物はお酒ではないので、扱う分には問題ありませんよ」
「む……酒はない……のか」
そういえば、ドワーフと言えば酒好きのイメージがある。酒が無いというのはマイナスに思われただろうか。慌てて店主がフォローを入れる。
「お酒は置いていませんが、お酒に似た効果を持つ飲み物を提供しております。よろしければ、飲んでみてください」
「む……じゃあ、それを頼む」
「かしこまりました」
いつも通り、雰囲気だけはそれっぽいフォームで薬液をシェイクし、女神汁を作成する。店主は、客からのお代と女神汁の素になる2種類の薬液を交換できる能力を持つ。この薬液を混ぜてみると女神汁の完成だ。
店主が勝手にやっているだけで、シェイクをする必要はない。カル〇スよりも簡単にできる。
ちなみに、薬液の中身はブラックボックスだ。この中身を知るにはまず今の銀河の状況を理解する必要があるので、ここでは省略する。
「どうぞ」
「む……なんだ、これは……初めて見る飲み物だ」
「こちら、当店限定のドリンクになります」
「……飲んでみよう」
くいっとグラスを持ち上げ、一口で飲む。女神汁は見た目は怪しいが味は万人に好まれる味をしている。
カレーが嫌いな人はごく少数いるだろうが、女神汁は今まで嫌いと言われたことは一度もない。どうやら、酒にうるさいドワーフも例外ではないみたいだ。
「美味いな、これは。もう一杯くれ」
「承知いたしました。少々お待ちください」
――このやり取りは、実に20回繰り返された。途中で店主の中にあったホスピタリティが音を立てず崩れ落ちて、店主は次第に手を抜くようになった。それが功を奏し、店主が「ただ薬液を混ぜるだけでも女神汁が作れる」ことに気付くに至る。
目から鱗ではあるが、なんか釈然としない店主であった。
「……もう一杯、貰えるか」
「申し訳ありません。もう在庫が付きました」
「む……もう、ないのか」
「ないんだな、それが」
嘘だ。材料はまだあるから、提供することは可能だ。しかし、とっくに店主のライフはゼロなのだ。「もうやめて!」と何度言いたくなったことか。
「それよりお客さん、なんかこう……あるでしょう」
「む……?」
「何か、話したい事なんかがあるのでは?」
「む……そうだな、ある」
「この店では、お客様の自分語りをお聞きしております。よろしければ、あなたもお話しください」
「わかった」
ようやく、ようやく始まる。20杯以上も女神汁を作った努力が、ようやく結ばれる。店主の頬を熱い何かが伝った。
「俺は、鍛冶師をやっている。剣や斧、鎧の類を作って、騎士や冒険者達に売っていた」
「それは凄い。ですが……“売っていた”というのは?」
「今は……最近は、手を付けていない」
「それは、どうして……?」
「……満足してしまったのだ。ある日、最高の素材を手に入れて、会心の作品を打った。……恐らくあれが、俺の生涯最高傑作なのだろう」
「……なるほど」
生涯最高傑作を作った……聞こえはいいが、それは「その後の生涯でそれを超える物は生み出せない」という事に他ならない。
もちろん、本人がそう思っているだけな可能性もある。だが、最高のパフォーマンスには最高の精神状態が必要不可欠だ。今のこのドワーフに、それはない。
「ちなみに、その最高傑作は何を作ったのですか? やはり王道の剣でしょうか」
「いや、ビキニアーマーだ」
「び、ビキニアーマー……ですか」
「ああ。スタイル抜群のダークエルフが買っていった」
まさか防具の類の事だとは思わなかった。鍛冶師の生涯最高傑作のビキニアーマー……あまりにも見たすぎる。そのダークエルフはきっと……見た事も無いくらい、けしからん姿をしているに違いない。
……しかし、残念ながら今は関係ない。店主は断腸の思いで、ビキニアーマーの事を忘れる事にした。
店主の頬を、熱く、赤い何かが伝った。
「お、オホン。しかし、防具の最高傑作を作ったのであれば、次は武器の最高傑作を目指す……というのはどうですか?」
「む……。そうしたいところだが……どうしてもあのビキニアーマーが頭から離れぬのだ」
ビキニアーマーが頭から離れぬのだ――もう一生聞くことがないであろうセリフを前に、笑ってはいけないのに笑いそうになる店主。しかし、店主としてのプライドがそれを許さなかった。
「つまり、もう鍛冶に気持ちが向いてくれない、という事ですね」
「そうだ」
最高の物を生み出した……そこに至れるクリエイターは、一体どれだけいるだろうか。贅沢な悩みと言えばそうなのではあるが、人には人の地獄がある。
何かを極めようと思った者はみな最高を目指すが、最高に至る事は望んでいない。なんとも面倒くさい生き物である。
店主は何かを極めようと思った事はない。前世では何かあったのかもしれないが……思い出せない以上はこのドワーフの気持ちの奥底までは理解できない。
店主に思いつく言葉は、やはり“それっぽい言葉”であった。
「気持ちが向かないまま鍛冶を続けても、いい事はないのかもしれませんね」
「……むぅ……」
「あなたは一つの高い山を登り切り、頂上にたどり着きました」
「……でもそれは、侘しい事だ」
「ええ。登り切った山の足元を見ても空しい事でしょう。……でも、それは下を向いているからです」
「む……?」
「当たり前ですが、頂上からはとてもいい景色が見えます。……きっと、他の山もよく見えることでしょう」
気持ちを作れないまま何かをやっても、時間を浪費したり、過去の作品に劣るものができて気持ちが沈むだけだと思う。
もちろんやめるとなったら割り切れないものもあるだろうが、一度離れてみるというのは人によっては良い影響をもたらすこともある。
「……鍛治をやめて、別のことをやれと?」
「そこまでは言いません。考え方の提示です。最後に決断するのはあなたですよ」
「……」
「悪いことばかりではありませんよ。他のことに熱中してみれば……他の山に登ってみれば、あなたが元々登っていた山のこともよく見えるようになるでしょう」
「む……?」
「その時に、あなたが元いた山の美しさにも気づけるかもしれません。足元を見ているだけでは気付けなかった、新たな可能性を見出せるかもしれません」
「……!」
物事の一点を集中して見るのも素晴らしいことではあるが、視野の狭さが可能性を狭めることは往々にしてある。物事を多角的に見ることで、新たな可能性を見出せることもあるであろう。
店主は学生の頃、地理と世界史、数学と物理の内容が結びついている事に気づき、理解を深めたことがあるのを思い出した。きっと、他にもあったのだろうと店主は思う。
気づきにくいだけで、この世には「通づるもの」が多いのだ。無駄だと思うことが、その後の人生で役に立つなんてザラにある。
「案外、新しいものへの挑戦の過程で、鍛治に応用できるものが見つかるかもしれませんよ。その出会いが人生を豊かにしてくれることもあるかと思います」
「……なるほどな」
ドワーフが、不意に店内を見渡した。残念ながら、この店には新しい発見をくれるほどの大したものは置いてない。しかし、ドワーフの視点があるところで止まる。
「あれは、犬か?」
「……ええ。犬です」
店主は特に意味のない嘘をついた。しかし、彼の狼らしいところはついぞ見たことがないので、もはや犬も同然である。
「そうか、犬はいいな」
「……飼われるんですか?」
「それも、いいと思った。犬と一緒に、旅をしたり、狩りをしてみるのもいいかなと」
「ええ。とても素敵なことだと思います」
旅や狩りでこのドワーフが武器や鎧を使う側になれば、作る側にはなかった視点を持つことができるかもしれない。その逆で、鍛治師の経験が旅の支えになるかもしれない。
犬の世話や躾けすらも、何か鍛治に通づるものがあるかもしれない。
これらは可能性の域を出ないが、新たな最高到達地点まで彼を連れていく可能性にもなってくれる。きっと、ビキニアーマーを超える最高傑作も生まれることだろう。
次はどんなけしからん防具を生み出してくれるのだろうか。店主は彼の行く末に希望を感じていた。
「……どうやら私が見間違えていただけで、あと一杯分くらいは飲み物の材料が残っていそうです。いかがなさいますか?」
「む……頼む」
「かしこまりました」
一杯分というのも嘘である。本当はもっとあるが、人は経験から学ぶもの。彼にとっての最後の一杯を、丁寧に……シェイクで作った。
混ぜるだけでも女神汁が作れる、というのは店主が手を抜いて登った山で見つけた新たな可能性だ。しかし、それはそれとて、元々登っていた山に対する愛がそれを上回ったのだ。
「どうぞ」
「ああ。ありがとう」
最後の一杯という事もあり、ドワーフはちびちびと飲み進めた。寡黙であまり多くを語ろうとしない今宵の客も、少しずつ口数が増え、色々と語りだした。
ドワーフは鍛冶を生業とすることが多いのだが、例外も多くいるそうだ。しかし彼は父親が作った見事な槍に憧れて、自分も鍛冶師になろうと決断したらしい。もし新しい発見があったら、自分も槍を作りたいと語ってくれた。
けしからん防具は、もう生まれないのかもしれない。店主の希望は音を立てず崩れ落ちた。
「……では、俺は帰るとする。実に美味だった」
「ありがとうございました。また自分語りがしたくなったらお越しください」
新たな旅に出る男の、まっことたくましい背中を見送った。過去最高回数の女神汁作成を行ったので、店主に疲労感が駆け巡る。店主は片付けよりも先に小休憩を挟むことにした。
「はあぁ~~……つっかれたぁ……」
店主は深いため息を一度ついて、ふと、ドワーフが置いて行ったものに目をやった。ドワーフはたんまりと硬貨の入った袋を置いて行った。女神汁を20杯以上も飲んだのだ。お代が多くなるのも当然である。
……このお金のいくらかはビキニアーマーで得たお金なのだろうか。そんな、あまり意味のない事を店主は考えた。
「中年男性が幼女に転生したことで、私にも何か新しい発見があるのかな」
「……」
「ねえ、私は転生して姿が変わったけど、君はどうなの? 元から狼だったの?」
「グルルルル……」
「……なんで怒るのさ」
釈然としない気持ちを抱えたが、しばらく休憩した後に片付けと女神汁の素の補充を行った。よく考えたら、日本で狼と接点があったはずがない。
あの狼も、何者かが命を落として転生したとみるのが自然だろう。しかし、いくら考えても答えは出ない。そのうち店主は、考えるのをやめた……。
片付けと準備が終わったら、椅子に腰かけて瞼を閉じた。次の客が訪れるまで、店主も狼も深い眠りについた。
自分語り、お聞きします~転生幼女の異世界社会人接待録~ キャプテン・ふっくん @captain_fukku
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