32話:再会の予感

 冷たい夜風が東京の空を吹き抜ける。冬の空は澄み渡り、街の喧騒を静かに覆い隠すように星々が輝いていた。隆司はマンションの小さなベランダに出て、一人空を見上げる。手には湯気の立つコーヒーマグがあり、その温もりを両手で包み込むようにして握っていた。


「よくこんなに星が見えるもんだな……」

 東京の空では珍しい光景に、彼は独り言を漏らす。それでも、見上げる星空の向こうに、自分には見えない別の世界が広がっていることを考えると、不思議と胸の奥が温かくなる。


「今頃、アリシアはどうしてるんだろうな。」

 静かに呟いた声は、夜の風に乗ってどこか遠くへ消えていく。


 同じ頃、遥か彼方の帝国の地でも、アリシアは同じように空を見上げていた。広大な城のバルコニーに立ち、冷たい夜風を感じながら、その瞳は鋭い輝きを宿している。彼女が目を向けるのは、星々が輝く夜空――その中に、彼女がかつて過ごした現代日本の世界を想像していた。


「貴様なら、こういう時何と言うだろうな、隆司。」

 一人呟く彼女の声は、静寂の中に響く。口元にはどこか懐かしさを含んだ微笑みが浮かんでいた。


 現代日本での日々を振り返ると、アリシアは自然と胸の奥が熱くなる。最初は戸惑いと苛立ちばかりだった。突然見知らぬ世界に放り込まれ、庶民の生活を強いられるなど、帝国の姫として受け入れられるものではなかった。


 だが、彼と過ごした日々はそんな彼女の固定観念を壊していった。節約術を教わりながら彼が見せた真剣な顔、文化祭で自分の演技を全力で応援してくれた姿、そして別れの前に見せたあの涙――全てが彼女の心に深く刻まれていた。


「今の私がこうしていられるのも……貴様のおかげだな。」

 バルコニーの冷たい手すりを握り締めながら、彼女は再び空を見上げる。


 隆司の胸にもまた、彼女との日々が甦る。突然現れた異世界の姫。最初は何一つ噛み合わず、文句ばかり言われていたが、その生活の中で彼女が徐々に心を開き、笑顔を見せるようになった瞬間が何よりも嬉しかった。


「不器用だけど、真っ直ぐで……あいつらしいよな。」

 思わず漏れたその言葉に、隆司は一人で苦笑する。


 卒業を迎え、社会人としての新たな一歩を踏み出す彼だが、アリシアとの思い出は消えるどころか、彼を支える柱となっているように感じていた。


「また会えるって信じてるよ、アリシア。」

 心の中で彼女の名前を呼びながら、隆司は空に輝く一番星をじっと見つめた。


 帝国の夜空にも、一際輝く星があった。アリシアはその星を見つめながら、心の中でそっと呟く。


「必ず、また会いに行く。私が姫ではなく、女帝としてこの国を立て直し終えたら……。」

 彼女の決意は固かった。現代での経験が、彼女にとっての新たな力となり、帝国の未来を切り開く礎となっている。そしてその未来が整った時、再び彼のもとを訪れたいと強く願っていた。


「だから、待っていろ、隆司。」

 その声は、夜の風に乗ってどこか遠くへと消えていく。


 星空の下、二つの世界の二人が、同じようにお互いの姿を想像していた。それは互いに見えない距離でありながら、どこかで繋がっているように感じさせる不思議な瞬間だった。


 隆司はふと目を閉じ、アリシアの笑顔を思い浮かべる。そして呟く。


「また会おう。いつか必ず。」


 アリシアもまた、遠い世界にいる彼を想いながら、同じように言葉を紡ぐ。


「待っていろ、隆司。また会う日まで。」


 二人の想いは夜空を越え、星々の輝きに乗ってどこかで交わる。その瞬間、まるでお互いの気持ちが届いたかのような静かな温もりが、二人の心を包み込んでいた。

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「星空の約束――異世界姫と現代少年の物語」 竹野きの @takenoko_kinoko

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