31話:隆司の成長

 大学の卒業式が終わり、冬の冷たい風が東京の街に吹きつけていた。キャンパスの中庭に立つ隆司は、手に持った卒業証書をじっと見つめる。四年間の努力の結晶ともいえるそれを見ても、不思議と達成感よりも別の感情が胸を締め付けていた。


「これで、一段落か……」

 ポツリと呟いた声は、自分だけに届くような小さなものだった。周囲には友人たちが笑顔で記念写真を撮り合う姿がある。それを見ながら、隆司は苦笑する。


「俺も……あいつがここにいれば、笑えてたのかな。」

 その「あいつ」――アリシアの顔が自然と浮かぶ。彼女が帝国に帰ってから半年が経ったが、その存在感は今でも隆司の日常に根を下ろしていた。


 卒業式が終わった後、友人たちと一緒に居酒屋で乾杯をした。仕事が決まった者もいれば、まだ迷いながらも未来に向き合おうとする者もいる。隆司も内定先が決まり、四月から社会人として新たな一歩を踏み出す予定だ。


「隆司、お前もとうとう社会人だな! 大丈夫か? 社会の荒波、乗り切れるのかよ!」

 同級生の山下が冗談めかして笑いながら言う。ビールジョッキを掲げた隆司は、肩をすくめて笑った。


「まあ、なんとかなるだろ。バイトで鍛えた根性ってやつがあるし。」

 周囲の笑い声が響く中、隆司の心の中にはほんの少しだけ静けさがあった。アリシアがいた日々は、ただの「大変だった過去」ではなく、彼にとって特別な意味を持つものだったからだ。


 家に帰り、散らかった部屋の中で一人、隆司は座椅子に腰を下ろした。視線は自然と棚の隅に置かれた一つの物――アリシアが残していった小さなアクセサリーに向いた。


「こんなもの、普通なら捨ててもいいはずなんだけどな。」

 独り言を言いながら、そのアクセサリーを手に取る。帝国の紋章が刻まれたそれは、彼女がこの世界に残した唯一の「形」だった。


「あいつ、どうしてるんだろうな。」

 呟きながら、彼女との思い出が鮮やかによみがえる。最初は高飛車で、どこか鼻につく態度の彼女。しかし、次第に打ち解け、現代の生活に悪戦苦闘しながらも楽しそうに笑う姿が隆司の心に焼き付いている。


「俺がいなくても、あいつは絶対に強く生きてるはずだ。」

 そう思いながらも、どこか胸の奥がぽっかりと空いたような感覚は消えない。


 翌朝、隆司はいつも通りの時間に起き、コーヒーを淹れて新聞に目を通した。春の訪れを感じさせる陽射しがカーテンの隙間から差し込む。


「さて……今日もやること、たくさんあるぞ。」

 声に出して自分を奮い立たせる。就職に向けた準備や手続き、引っ越し先の下見など、やるべきことは山積みだ。


 忙しさの中で、ふと彼は気づいた。日々の生活に没頭することで、アリシアがいた頃の喪失感が少しずつ薄れていることを。


「これが……時間が解決するってやつか。」

 笑いながら呟く。けれど、その笑みの中にはどこか安堵が混じっていた。


 大学の図書館で卒業手続きを済ませた帰り道、隆司はキャンパスの正門の前で立ち止まった。かつてアリシアと一緒に歩いた道が、今は静かに広がっている。


「思えば、いろいろあったな。」

 アリシアが現代に来た日から、彼女が帰るまでのすべての日々が、まるで映画のように脳裏を駆け巡る。彼女との出会いがなければ、自分がここまで成長することはなかっただろう。


「ありがとな、アリシア。」

 心の中で呟く。彼女への感謝の気持ちは、言葉だけでは言い尽くせない。


 帰宅した隆司は、部屋の片付けを始めた。段ボールに詰める荷物の中に、ふとアリシアが残していった本が目に留まる。ページを開くと、そこには彼女の書き込みが残されていた。


「庶民の生活は実に興味深い――だが、我が国の方が優れている部分も多い。」

 思わず吹き出してしまう。どこまでも彼女らしい言葉だ。


 その本を段ボールの中に入れようとしたとき、隆司は一瞬、手を止めた。そして、本を棚に戻す。


「これは、ここに置いておくべきだろうな。」

 彼女がこの世界にいた証を、少しでも残しておきたかった。


 夜、ベランダに出た隆司は、冷たい風を受けながら星空を見上げた。どこかで見ているだろうアリシアの星が、同じ空の下に輝いている。


「俺は……俺でやっていくさ。」

 その言葉には、決意と未来への希望が込められていた。


「あいつがいなくても、俺は頑張る。きっとまた、どこかで会えるだろうからな。」


 隆司の瞳に映る星空は、まるで彼の決意を祝福するかのように輝いていた。

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