18.  引退馬のお仕事1種牡馬・繁殖牝馬

 競走馬——サラブレッドの現役時のお仕事といえば、当然ながら「走ること」です。

 現役時の馬体重は平均すると、およそ400kg〜600kg未満で馬の分類としては軽種馬となります。


 もっとも、これは高速特化型のアスリート馬体維持のために、かなり厳しい節制の上でキープしている体重なので、平均的な馬の体型としては現役競走馬は「ストイックなガリガリ」と表現する方が正しいのかもしれません。

 そして、馬たちの現役時代はとても短いものです。

 一般的には2歳で新馬としてデビューし、3歳で最も注目されるクラシック期を迎え、4歳以降は古馬として扱われます。

 順当にいけば、5歳には引退してセカンドキャリアに進みますが、10歳を超えても現役を続ける馬たちも数多くいます。


 ここでは、引退後の馬たちのセカンドキャリアを随時取り上げていく予定です。

 まず、どの馬も最も華々しいセカンドキャリアは繁殖に上がることです。

 つまり、次世代へ血を繋ぐのがサラブレッドたちの最も重要かつ大事なお仕事になります。

 ですが、現役を引退すれば全馬が繁殖に上がれるわけではありません。


 サラブレッド——英語に置き直すと「純粋な血(ピュアブラッド)」と表現されるとおり、血統が重要視される馬たちです。

 人間が完全育成(=お世話)することを前提に、より速く走る見目の良い種として、17世紀初頭からイギリス在来馬(ハンター種)とアラブ種を掛け合わせながら、長年の品種改良と交配を繰り返して人工的に生み出された高速競争を目的とした家畜馬たち——それが、サラブレッドなのです。


 だから、サラブレッド(サラ系と言います)は野生種としては存在しません。

 なので、たとえ機会があったとしても、勝手にサラブレッドを自然界に放ってはいけません(そんなことする人いないと思うけど)。

 人の手が入らないことで、野生への適性がないほとんどのサラたちが、自然界で悲惨な末路を辿ることになってしまいますからね。


 その話はまた別の機会にするとして、引退馬たちの就職先である「繁殖」について続けましょう。


 血統が重要視されるサラブレッドたちは、サラ系を管理する国の公的機関に所属する複数の立会人を含めた中で行われる「自然交配」でのみ血統を証明できるものと定められているので、人工授精や体外受精は容認されていません。

 どれほど成績優秀なレジェンド馬であっても、精子や卵子の凍結保存および利用は禁止されています。NGです。

 ここが、他の家畜動物たちとは決定的に異なる点です。


 だからこそ、サラブレッドの主流血統は流動的であり、系統を維持することが難しいと言われる所以です。

 そして、より速く走る強い馬を生産することがサラ系馬産の使命なので、種付けが、実績の伴う人気馬に集中し、徐々に血統が先窄んで偏ってしまうこともまた悩ましい問題だったりします。


 現在活躍しているサラ系の父系を辿っていくと、三大始祖馬に行き着くと言われているのも、これが大きな理由であり、醍醐味であると言えます。

 三大始祖馬の話もまた別の機会にするとして、種牡馬のお仕事です。


 サラブレッドたちは年が明けると+1歳と数えて生産年数を管理しているため、出産シーズンは1月から3月頃をピークに持ってくる牧場がほとんどです。

 実際は4月以降、6月頃まで出産シーズンは続きますが、成長の早い馬たち(しかも競争能力を比べられる)にとって、年が明けたら等しく+1歳をカウントされるため、遅生まれはそれだけで不利になってしまいます。


 それを逆算して種付けシーズンは、大体2月後半以降から6月くらいまでが適性とされて、この時期が種牡馬たちにとって最も忙しく、また過酷な時期であると言えます。

 ここを乗り切るために、繁殖に上がる馬たちは引退後、馬体重を+100kgあるいはそれ以上増やして体力をつけ、英気を養っているわけですね。


 馬主さんたちは種付けシーズン前、例年1月半ばあたりから2月頃までの間に順次行われる、各スタリオン(種牡馬をお世話する牧場施設)の展示会に赴き、馬たちを見ながら熟考を重ねることになります。

 牡馬は複数頭に種付けしますが、一方の牝馬は一年に一頭しか産めません。

 その大事な一頭の交配ですから真剣でなくてどうする、というわけです。


 ここで猛威を振るうのが、強い馬と強い馬を単純に掛け合わせても、強い馬が生まれるとは限らない——という、馬主と生産者泣かせの自然界のパラドックスです。


 現役時代の活躍や適性を考慮して交配を検討し、後世へ系統をつなげていくのがサラブレッド生産の使命ですが、理論上こうなるハズを斜め上にかっ飛んでいくのが生き物です。

 かと思えば、「そうはならんやろ、なっとるやろがい」という脅威のホームランバッターが、あらぬところから爆誕したりもする——それが馬産というものらしいです。傍から聞いていると、実に心臓に悪い話ですね。


 そうやって選りすぐられた種牡馬、繁殖牝馬であったとしても、子世代の成績が振るわなければ容赦無く淘汰されてしまう。

 目を背けてはいけないシビアな現実です。

 血統、系統が偏るわけでもあります。


 それでも、活躍していた人気馬のその子供たち、また、たとえ主流から外れていても、それこそ生まれた頃から推して推しまくっていた馬が、次世代へ血を繋いでいけるチャンスを得たとしたら、その子世代孫世代まで追いかけて(=応援して)いくのがファンの心理です。

 このファンの中には一般人だけでなく、それこそ生産関係者も含まれます。

 夢とロマンと執念の賜物が馬産を存続させていると言えるでしょう(正直、利益追求だけを考えると、その時点で破綻するしかないのが現代の生産牧場の現状です)。


 競争のために生み出されたサラブレッドたちを未来へ存続させる根幹部分で活躍する引退馬たちが、種牡馬であり繁殖牝馬というわけです。

 さらっとしたお話でまとめてしまいましたが、引退馬の他のお仕事も順次追っていきますよ。

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