第5話 審問官の役目

 焼け残った部分こそあるが、祭壇は跡形もなく、あの荘厳な空気もない。それはもう、かつては教会だったもの。今はもう、ただの廃墟になり果てている。


「まあ、焼けてしまっているものは仕方がありません。どうです、シン?」

「あくまでぱっと見ての印象だけど、一回ぐらいなら大規模なのがいけそう。たぶん」

「それは良かった」

「建物の方は、見ての通り。一応ちゃんと調べてみるけど、損傷が激しいのは間違いない。基礎ぐらいはそのまま使えればいいけど、どっちにしろもうすぐ雪が降るから、すぐにとはいかないね」

「ああ、なるほど。この辺りは結構降るという話でしたっけ。であれば、確かに手遅れですね」

「うん。立て直すならなおさらだね。土台を作るための儀式からして間に合わない。魔術士揃えるのに時間かかるだろうし。それから派遣って考えると」

「うーん……再建は春以降か。良くないですね……」


 二人の審問官が交わすやり取りを前に、ハオは隣に立つシュエを窺う。シュエはどこか緊張した面持ちで、二人の姿を眺めている。

 今どんなことを考えているだろう。ハオを、どうしようと、どうしたいと思っているだろう。


 審問官の二人は教会を建て直したいと考えているらしい。

 教会が存在しているからといって、何があるわけでもないだろうに。ただの建物だ。誰かが望んでいるわけでもない教会の再建が、どうして必要だと思うのだろう。


 もし、もしも教会がなくなれば、シュエはこんなつまらない村からは解放されるし、ハオの面倒を見る必要もなくなるだろう。

 そうなった時にハオがどうするべきかは、分からないが。


「一応現状報告と、再建が必要そうだという連絡はすぐに出しましょう。あとは色々調べてからですね」


 そんな結論を口にしたユエに、シンが頷いた。


 二人の審問官は、教会に隣接する、今はハオとシュエが住む家にやってきた。

 隣接と言っても教会とは庭を挟んで距離がある。教会は火事で焼けたが、家の方に影響はなかった。

 家とは呼んでいるが、厳密に言えば教会を管理する司祭と助祭用の宿舎である。


 各地の村や町の教会に配属される司祭と助祭は、審問官と同じく必ず二人一組になっている。それぞれの家族がいることも考慮され、宿舎の部屋数はそれなりにある。

 食事をするための大きな部屋は共用でひとつだけだが、ベッドと同程度の空きスペースしかない小さな寝室はハオとシュエ、そして司祭の三人分しか使用していない、ほとんどが空き部屋である。


 この村に配属されていた司祭、セイランには孫のハオが一人。

 助祭のシュエには、赴任の際に連れてくる家族はいなかったようだ。


 司祭がいなくなった今は、広い家にハオとシュエが二人だけで生活をしている。

 その家に、調査の間は審問官の二人も滞在するらしい。


「しばらくの間、お世話になりますね。よろしくお願いします」


 家に入り、黒いコートを脱いでも黒い服を着ているユエが、朗らかにそう言った。その背後にはむっつりと黙っているシンがいる。

 改めて見れば、シンはユエよりも若そうだ。コートを脱いだその姿は、ひょろりと細長い。屋内でも帽子を取らず、切り揃えた長めの髪と合わせて発育不良のキノコみたいだ。

 コートも荷物も置いたのに、布に包まれた棒を離す気はないらしい。


 そんなシンの首にかかっている黒いストラに、房飾りはない。シュエのストラとは色違い。階級的にはシュエと同じ助祭、ということなんだろう。


「……しばらくって、どれくらい?」


 友好的風に差し出されたユエの右手、それを眺める。ハオの質問にも特に気にした様子もなく、ユエは僅かに首を傾げただけで右手を下ろした。


「そうですね……。成り行き次第で特に決まってはいませんが、調査、報告、事後処理で、長くても半月はかけない予定です。教会の再建については審問官の管轄外なので、その手前までですね。雪で春まで足止め、というのは避けたいところです」


 その返答に、ハオはふーんと気のない返事をした。自分で聞いておきながら、何を思えばいいのか分からない。


 冬になれば、この辺りは深い雪に覆われる。森と雪に囲まれた中を移動するのは、雪に慣れていても危険を伴うため、基本的には移動を避けるものだ。

 ここ数日どんどん空気が冷えてきている。冬が近付いているのだろう。あとひと月もすれば、雪が降り積もり、この村は外界から孤立する期間になる。

 雪が降る前に備蓄した食べ物で食い繋ぎ、春をじっと待ち続ける、静かで気が滅入る季節がやってくる。


 その前にいなくなるなら、少し辛抱すればすぐだ。審問官の二人は、すぐにいなくなる。

 いなくなればまた、平凡で平穏な村で、陰気な暮らしが戻る。大体のことが、元通りで。


「気になることがあるなら、なんでも遠慮なくどうぞ」


 シュエがテーブルに四人分のお茶を用意した。少し前までは司祭の席だった椅子、ハオの向かいにユエが座った。


「基本的に我々審問官は、人が隠そうとする真実を暴きます。そこに秘められた感情が善意でも悪意でも。ですから、不愉快に思われることは少なくありません。腹を立てた方に暴言を吐かれることもままありますし、そんなことで委縮するような繊細さがあっては審問官など務まりません。ですから、何かありましたら気兼ねなくどうぞ」

「気兼ねなく言ったところで、心無い謝罪を聞かされるだけだけどね……」


 ユエの隣に座ったシンがぼそりと呟いて、お茶と一緒に出されたポットの蜜を、カップの中に注いでいる。


 少しの間この家に、見ず知らずの他人がいるだけだ。すぐにいなくなる審問官など、どうでもいい。

 だが、笑みを浮かべ、こちらを見るユエの顔がある。何かを言わなければならない、そんな気にさせてくる。


「……調べてどうすんの?」


 調べたところで、別にセイラン司祭が生き返るわけではない。それに、そんなことを望む誰かの心当たりも、ハオにはない。


 死の真相などと仰々しく言ったところで、陰謀や企みがあるはずもない。あるとすれば、せいぜい事故や過失の類だ。

 そんなことを調べて何があるのか。教皇庁やら審問官という奴らは意外と暇なのだろうか。


「調べた結果次第です。とりあえず中央、教皇庁に報告はしますね」

「……なんで?」


 ユエが、ハオを見据え口の端を持ち上げた。何かに挑む様な、そんな表情に思えた。


「問いただし、つまびらかにする。それが、私たち審問官の役目だからです」

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