第56話 懐柔と倫理崩壊

 岬ノ村では豊穣の儀の準備が着々と進んでいた。

 あちこちに立つ松明が村全体を明々と照らしている。

 屋外に並べられたテーブルには様々な人肉料理が置かれていた。

 グラスには鮮血が注がれ、既に何人かが味見をしている。

 村長もその一人だった。


「ううむ、今年は良い渋みじゃの。喉越しが滑らかじゃ」


 グラスを揺らす村長は機嫌よく述べる。

 そこに血だらけの麻袋を引きずる男がやってきた。

 村長は男の名を呼ぶ。


「羽野。早かったのう」


「逃げた生贄の死体が見つかったぞ」


「どっちだ」


「男だ」


 麻袋から死体が顔を出した。

 村長は死体の着るアロハシャツを触った後、満足げに頷く。


「あとは女だけじゃな……そういえば、みさかえ様はどうした」


「捕まえたが重傷だ。男と殺し合ったみてえでな。片目を潰されて内臓にも穴が開いてやがる。骨だって何か所も折れていた」


「勝手な真似をしおって……」


 村長は不機嫌そうに唸る。

 それから投げやり気味に命じた。


「みさかえ様は伊達に診せておけ。それで儀式の終了までは持つじゃろう」


「いない」


 羽野が首を振る。

 村長の眉間の皺が濃くなった。


「何がじゃ」


「伊達だ。家におらんかった」


「……裏切りか」


「可能性は高い。争った形跡もなかったしな」


 羽野は事務的に報告を続ける。

 苛立つ村長とは対照的に彼は常に冷静だった。

 死体を麻袋に戻した後、羽野は淡々と確認をする。


「伊達の処遇は?」


「あの男の技能を失うのは惜しいが、まあ殺すしかないじゃろう」


「分かった。他の連中にも伝えておく」


 承諾した羽野の視線は、村長の背後へと移る。

 そこでは五人の青年が競うようにして人肉料理を頬張り、鮮血のジュースを飲んでいた。

 彼らの食べっぷりに他の村人が拍手を送っている。

 羽野は村長に尋ねる。


「ところでこいつらは何だ」


「新しい仲間じゃよ。生贄にする予定じゃったが意気投合してな。村の手伝いをしてもらうことになった」


 村長が青年達を手招きする。

 食事を中断した青年達は横一列に並ぶと、順番に挙手をして自己紹介を始めた。


「梶です! 僕達は自殺志願者のグループで、集団自殺をしようと山に来たところで皆様に捕まりました!」


「中尾です! 最初は反抗的でしたが、今は岬ノ村を愛しています!」


「蓮見です! 村の一員として受け入れてくださりありがとうございます!」


「井田川です! 人肉おいしかったです!」


「原です! 童貞卒業できて嬉しいです!」


 五人の青年は背筋を伸ばして整列する。

 その目はぎらぎらと異様な輝きを帯びていた。

 羽野は訝しげに呟く。


「えらく従順だな」


「いいじゃろ。薬を盛って肉を食わせて孕み袋を使わせたらこうなった」


「そりゃ最高だ」


 羽野は肩をすくめて笑う。

 村長も「かっかっか」と陽気に声を上げた。

 そんな二人に対し、最初に挨拶をした梶が代表して敬礼をする。


「心を入れ替えて頑張ります! これからよろしくお願いしまーす!」


 梶が言い終えた瞬間、銃声が鳴り響く。

 彼の眉間に穴が開いていた。

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