先んじて
後日談。これはヴォルフをぶっ飛ばした後の話し。俺達はまた、三日目を過ごしていた。前よりはスムーズに目羅の服を買う。前よりは驚きも少なくメガパフェを奢る。そんな日を、今日も過ごす。
ちょっと違うのは、今回三人でショッピングモールを訪れたということ。
魔導院タロットの魔導衣を着たアルシェが、フードコートの丸卓に置かれたパインジュースを啜ってた。
「これが、記憶消去後の世界か」
「あの白い世界、消去動作の一環とはいえ、怖くなかったか?」
「全然、と言いたいが、怖かったな。簡単に世界が塗り替わる様は、なんというか、あまりにちっぽけと言うか、アタシの尊敬するものが揺らいだ」
そう言って、真っ白な天井を見上げた。
ミント色の瞳に悲しげな陰りがあったが、明智はジュースを啜って見ないようにした。
もちろん、全ては消えない。
焼失した神社も。
半壊した道も。
記憶では破壊された。
俺達の中で。
けれど今、それは破壊される前の形で残っている。戦った痕跡も、激闘を広げたという記憶も、ゲストである自分達以外誰も知らない。
あるとすれば……。
「なぁ、神社に魔法使いってどう思う」
「なにそれ漫画か」
「今朝、小高い所の神社が燃える夢見たんだけど、狼がいて〜」
「お父さんが悪い夢見たみたいで、何か魔法使いが怖いとかなんとか……」
あちこちから似た話が飛び交っていた。こそこそというレベルから大音響まで、けれど皆、どこか重要そうに話している。
捲し立てるように話す者。
自分に降り掛かった出来事のように話す者。
現実と夢の区別を判定するために話す者。
まるで、話さなきゃならない重要事案のように、話すことが必要なことのように。皆が、調律された雑音を発していた。
数時間前の出来事が、広い通路の真ん中に、ぼやけた映像を床へと映す。脳裏の記憶は再生し、少し暗くなった視野に写る、雑多に踏まれるスクリーンに、過去の映像を、明智はぼんやりと眺めた。
ヴォルフと決着が着き、最後の仕事としてゲートを閉じた時。
その後、世界の記憶を消去する過程の最中、ヴォルフが意識を取り返した。
反撃する様子もなく、目羅やアルシェが警戒していたのもあってか、何をしようとはしなかった。
けれどヴォルフは、笑っていた。力なく笑っていた。
俺達を見て。
「カッ、ハッ、ハッ。セカイとは、こうして……上手く廻っているのだな」
「まだ何かする気か? もうゲートも閉じたし、記憶消去も始まってる。お前の負けだ」
「ハッ、そういうことじゃ、ない。
「ロスト、チャージ? ……ハッ、まさかタブレットとは別の犯罪組織じゃないだろうな」
再び耳にする単語に明智はムッとする。すでに周りは消失し始め、朱色やら土色、それらの色が狼煙のように立ち昇っては霧散していく。ここにあるのは、ゲストである者達。
ここまで連れてきてくれた探偵ゴーレムも、その姿を砂の粒子に変える時まで、健気に腕を振ってお別れをした。
だが、ヴォルフはやはり、残った。
「俺らの事を知ってた時から、薄々そうなんじゃないかって思ってたけど、やっぱりそうなんだな。なんでお前はゲストなんだ!」
明智はきつく尋ねた。
本来ゲストの力は迷子を保護するためのもの、それを悪用したのみならず、ゲートを開いたと豪語した。魔法世界側のゲートも開けたとなれば、放っておく道理などない。
このまま世迷の元に連れて行って調べてもらおうと考えていると、クックックと、空気の爆ぜる音を繰り返していた。
「ガキ、近付け」
その場にいた皆が警戒する。
明智は生唾を飲み、ゆっくりと、ヴォルフの頭の横に移動し、腰を下ろした。
「なんだよ」
「教えてやる」
明智の襟首を掴み、グイッと、ヴォルフが口元に寄せた。
目羅はすぐに駆け寄り、アルシェはミサンガの付いた腕を構え、オリヴィアはアルシェの背に隠れる。
目羅によって引き剥がされるその瞬間、時間を数瞬にも伸ばしたように、ヴォルフの囁き声がこびり付く。
「管理者の目的は
試すような口ぶり、楽しそうな声の震え。
これが、迷い家に着くまでの出来事だった。
カツン、カツン。
ふとそんな音が気になって、やや暗がりだった視界が明るくなる。見れば、目羅がグラスの底にこびり付いたホイップクリームを掬い、口にしてる光景。
「…………、おいし」
「あぁー! もう無い! だから味わって食えよって言ったろう! 前に!」
「ほろ苦い味に重厚なのにあっさりした味、果物の甘み、口の中でサクサクする、味」
「最後のは食感だ。サクサク食感! っていうか出会ってから一番喋ったんじゃないか!?」
「アルゴのおかげ、ありがとう」
「くっ! そこはブレないのかよ……。まあ良いよ。お礼だし。満足したか?」
「もう一杯?」
「ねぇよ!」
「アッハッハ!」
腹を抱えるアルシェを、二人が見る。
涙を目の端に溜めていたのか、掬うように目元を人差し指で擦ると、アルシェは、大人びた自信満々な顔を、笑顔に染めて微笑んだ。
「これが、君達の日常なんだな」
「ん? いやどうなんだろう。多分一週間も経たない仲だし」
小首を傾げる明智を見て、アルシェは「そうじゃなくて」と顔を軽く左右に振って、優しい眼差しを向け、また微笑む。
「アタシが出会った時には、こんな風に和気あいあいとはしてなかったろう。やっと、君達の本来の姿を見れた気がして、嬉しくてな」
「……、オリヴィアさんと一緒に、列車に残らなくて良かったのか?」
ヴォルフを世迷に引き渡した後、世迷からアルシェとオリヴィアへ提案がされた。
ヴォルフと
オリヴィアはこれに関し、強い意志を宿した瞳をもって頷いた。アルシェも同行する形で保護される形となった。
といっても、行動が制限されるわけではない。こうしているのはアルシェ自身の意志だった。
アルシェは足を組み、丸卓に肩肘を付くと、好奇心たっぷりに笑んだ。
「こんな世界があったんだ。悲しみだけじゃなく、喜びも驚きも、思い出の宝箱に詰めていきたい。オリヴィアの側にいてやりたい、いてやりたいから、もうちょっと、好奇心が示す道を進もうと思う」
澄んだ表情に眩しい光が当たったような、そんな錯覚がするような、希望に満ち溢れた姿に、明智は天を見つめた。
ショッピングモールの低い天井が、遠く伸びて、その先にある空が見えるような高揚に、ちょっとだけ口の端を上げる。
「きっとある。明るい未来に続く道がさ」
「そうだな。自分も思うよ。そういう先がありますようにって」
ふと声がして、そっちに見やった。フードコートとショッピングモールの通路を隔てる柵の、光る丸い取っ手の部分。そこにもたれて明智の顔を覗く、どこか冷めた印象を与える、色の抜けたような白い肌をした少年と目が合った。
これが、未来に続く、
次の更新予定
毎日 07:00 予定は変更される可能性があります
消失交流(ロストチャージ) 〜ライズ・アリアドネ〜 無頼 チャイ @186412274710
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。消失交流(ロストチャージ) 〜ライズ・アリアドネ〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます