先んじて

 後日談。これはヴォルフをぶっ飛ばした後の話し。俺達はまた、を過ごしていた。前よりはスムーズに目羅の服を買う。前よりは驚きも少なくメガパフェを奢る。そんな日を、今日も過ごす。

 ちょっと違うのは、今回三人でショッピングモールを訪れたということ。

 魔導院タロットの魔導衣を着たアルシェが、フードコートの丸卓に置かれたパインジュースを啜ってた。


「これが、記憶消去後の世界か」

「あの白い世界、消去動作の一環とはいえ、怖くなかったか?」

「全然、と言いたいが、怖かったな。簡単に世界が塗り替わる様は、なんというか、あまりにちっぽけと言うか、アタシの尊敬するものが揺らいだ」


 そう言って、真っ白な天井を見上げた。

 ミント色の瞳に悲しげな陰りがあったが、明智はジュースを啜って見ないようにした。


 もちろん、全ては消えない。

 焼失した神社も。

 半壊した道も。

 記憶では破壊された。

 俺達の中で。


 けれど今、それは破壊される前の形で残っている。戦った痕跡も、激闘を広げたという記憶も、ゲストである自分達以外誰も知らない。

 あるとすれば……。


「なぁ、神社に魔法使いってどう思う」

「なにそれ漫画か」

「今朝、小高い所の神社が燃える夢見たんだけど、狼がいて〜」

「お父さんが悪い夢見たみたいで、何か魔法使いが怖いとかなんとか……」


 あちこちから似た話が飛び交っていた。こそこそというレベルから大音響まで、けれど皆、どこか重要そうに話している。

 捲し立てるように話す者。

 自分に降り掛かった出来事のように話す者。

 現実と夢の区別を判定するために話す者。

 まるで、話さなきゃならない重要事案のように、話すことが必要なことのように。皆が、調律された雑音を発していた。

 数時間前の出来事が、広い通路の真ん中に、ぼやけた映像を床へと映す。脳裏の記憶は再生し、少し暗くなった視野に写る、雑多に踏まれるスクリーンに、過去の映像を、明智はぼんやりと眺めた。



 ヴォルフと決着が着き、最後の仕事としてゲートを閉じた時。

 その後、世界の記憶を消去する過程の最中、ヴォルフが意識を取り返した。

 反撃する様子もなく、目羅やアルシェが警戒していたのもあってか、何をしようとはしなかった。

 けれどヴォルフは、笑っていた。力なく笑っていた。

 


「カッ、ハッ、ハッ。セカイとは、こうして……上手く廻っているのだな」

「まだ何かする気か? もうゲートも閉じたし、記憶消去も始まってる。お前の負けだ」

「ハッ、そういうことじゃ、ない。消失交流ロスト・チャージの話しだ」

「ロスト、チャージ? ……ハッ、まさかタブレットとは別の犯罪組織じゃないだろうな」


 再び耳にする単語に明智はムッとする。すでに周りは消失し始め、朱色やら土色、それらの色が狼煙のように立ち昇っては霧散していく。ここにあるのは、ゲストである者達。

 ここまで連れてきてくれた探偵ゴーレムも、その姿を砂の粒子に変える時まで、健気に腕を振ってお別れをした。

 だが、ヴォルフはやはり、残った。


「俺らの事を知ってた時から、薄々そうなんじゃないかって思ってたけど、やっぱりそうなんだな。なんでお前はゲストなんだ!」


 明智はきつく尋ねた。

 本来ゲストの力は迷子を保護するためのもの、それを悪用したのみならず、ゲートを開いたと豪語した。魔法世界側のゲートも開けたとなれば、放っておく道理などない。

 このまま世迷の元に連れて行って調べてもらおうと考えていると、クックックと、空気の爆ぜる音を繰り返していた。


「ガキ、近付け」


 その場にいた皆が警戒する。

 明智は生唾を飲み、ゆっくりと、ヴォルフの頭の横に移動し、腰を下ろした。


「なんだよ」

「教えてやる」


 明智の襟首を掴み、グイッと、ヴォルフが口元に寄せた。

 目羅はすぐに駆け寄り、アルシェはミサンガの付いた腕を構え、オリヴィアはアルシェの背に隠れる。

 目羅によって引き剥がされるその瞬間、時間を数瞬にも伸ばしたように、ヴォルフの囁き声がこびり付く。


「管理者の目的は消失交流ロスト・チャージ。お前は利用されてるんだ」


 試すような口ぶり、楽しそうな声の震え。


 これが、迷い家に着くまでの出来事だった。



 カツン、カツン。

 ふとそんな音が気になって、やや暗がりだった視界が明るくなる。見れば、目羅がグラスの底にこびり付いたホイップクリームを掬い、口にしてる光景。


「…………、おいし」

「あぁー! もう無い! だから味わって食えよって言ったろう! 前に!」

「ほろ苦い味に重厚なのにあっさりした味、果物の甘み、口の中でサクサクする、味」

「最後のは食感だ。サクサク食感! っていうか出会ってから一番喋ったんじゃないか!?」

「アルゴのおかげ、ありがとう」

「くっ! そこはブレないのかよ……。まあ良いよ。お礼だし。満足したか?」

「もう一杯?」

「ねぇよ!」

「アッハッハ!」


 腹を抱えるアルシェを、二人が見る。

 涙を目の端に溜めていたのか、掬うように目元を人差し指で擦ると、アルシェは、大人びた自信満々な顔を、笑顔に染めて微笑んだ。


「これが、君達の日常なんだな」

「ん? いやどうなんだろう。多分一週間も経たない仲だし」


 小首を傾げる明智を見て、アルシェは「そうじゃなくて」と顔を軽く左右に振って、優しい眼差しを向け、また微笑む。


「アタシが出会った時には、こんな風に和気あいあいとはしてなかったろう。やっと、君達の本来の姿を見れた気がして、嬉しくてな」

「……、オリヴィアさんと一緒に、列車に残らなくて良かったのか?」


 ヴォルフを世迷に引き渡した後、世迷からアルシェとオリヴィアへ提案がされた。

 ヴォルフと消失栄華ロスト・タブレット。その関係に絡みついたオリヴィアの聞き取り調査を実行するために、世迷の迷い家にしばらく保護されること。

 オリヴィアはこれに関し、強い意志を宿した瞳をもって頷いた。アルシェも同行する形で保護される形となった。

 といっても、行動が制限されるわけではない。こうしているのはアルシェ自身の意志だった。

 アルシェは足を組み、丸卓に肩肘を付くと、好奇心たっぷりに笑んだ。


「こんな世界があったんだ。悲しみだけじゃなく、喜びも驚きも、思い出の宝箱に詰めていきたい。オリヴィアの側にいてやりたい、いてやりたいから、もうちょっと、好奇心が示す道を進もうと思う」


 澄んだ表情に眩しい光が当たったような、そんな錯覚がするような、希望に満ち溢れた姿に、明智は天を見つめた。

 ショッピングモールの低い天井が、遠く伸びて、その先にある空が見えるような高揚に、ちょっとだけ口の端を上げる。


「きっとある。明るい未来に続く道がさ」

「そうだな。自分も思うよ。そういう先がありますようにって」


 ふと声がして、そっちに見やった。フードコートとショッピングモールの通路を隔てる柵の、光る丸い取っ手の部分。そこにもたれて明智の顔を覗く、どこか冷めた印象を与える、色の抜けたような白い肌をした少年と目が合った。


 これが、未来に続く、消失交流ロスト・チャージの真相を知る第一歩だった。

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消失交流(ロストチャージ) 〜ライズ・アリアドネ〜 無頼 チャイ @186412274710

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