最終話 転校生
魔王・光の支配者は「俺達がいる世界」から消えた。しかし、その存在が消滅した訳ではなかった。
彼は高次元の高みにいて、そこから俺達の様子を見守っているのだろう。その様子がどんなものかと想像すると、とてつもなく冷ややかな眼差しを向けられているように錯覚した。
さもありなん。だが――草。
俺の顔に微妙な苦笑が浮かんだ。俺の脳内には、光の支配者に対して言いたいことが山ほど閃いていた。
しかし、もう俺達が会うことは無いだろう。俺だけでなく、誰も魔王に直接見えることは無い。
悪魔達は統率者を失った。誰も悪魔を抑えられない。
魔王の消失は、悪魔にとっても、人類にとっても、それぞれの存在を脅かすほどの大事件だった。
尤も、「魔王不在」の事実を知る者は、この世界に於いては俺とユラの二人だけ。
世界は、今も「魔王様はこの世界におわします」と信じられていた。例え姿が見えずとも、魔王の言葉を真に受ける者は存外に多かった。きっと、「ユラ以外の全ての悪魔」と、「俺以外の全ての人間」の数だけ存在しているだろう。その憶測は、正鵠を射抜いていた。
西暦二千六十九年八月某日。世界中に魔王の言葉が降り注いだ。
(((勇者は、我に『支配者の座を降りるよう』望んだ。我はその約束を果たす)))
魔王(光の支配者)は「地球の支配権」を悪魔と人間、双方の代表者に託した。これに異を唱える者は、悪魔の側からは出なかった。それを知った人類は、「申し訳ないですね」と照れ笑いを浮かべながら、心中ではガッツ石松ポーズを決めていた。
悪魔と人類は、互いに協力関係を結んだ。これにより、互いの立場は「対等」になった。人類は、再び「万物の霊長の座」に返り咲いたのだ。
多くの人類が、魔王の計らいを歓迎した。
俺、愛洲玲寿も人類の一員だ。人間・愛洲玲寿として、この吉事を「喜ぶべき」と思う。「文句を言うべきでない」とも思う。しかし、それでも、文句の言葉が口を衝いた。
「俺、『そんなこと』言ってないんだけどなあ」
俺が魔王に頼んだことは、「俺と戦え」だった。その事実を、魔王は秘匿した。それどころか、全く別の願いをでっち上げた。何故なのか?
魔王の意図を考える度、俺の脳内に文句の言葉が幾つも閃いた。それを口に出したい衝動に駆られた。しかし、
「…………」
俺は全身全霊で「お口チャック」した。何故ならば、「言うだけ無駄」だから。
この世界に「俺の文句」を真に受ける者はいない。それを誰かに聞かれたならば、「何を言ってるんだ?」と首を傾げられるだけだ。その失礼な態度に対して、「今の俺」は「そうですね」と頷くことしかできなかった。
今の俺は、「勇者であった事実」を証明できなかった。
俺は「魔力」を失った。失ったのならば、「補充すれば良い」とは思う。しかし、それはできなかった。
今の俺の許には「魔力の供給源」が無い。
魔王が消えた後、ユラもまた、俺の傍から離れていなくなっていた。
ユラがいなくなったのは、現在から遡ること半月ほど前。俺達が魔王・光の支配者から「真実」を聞かされた後のことだった。
(((精々頑張ってP寿の望みを叶えるのだな)))
魔王は「厄介な捨て台詞」を残して消えた。それを聞いた俺達は、揃ってクソデカ溜息を吐いていた。
ああ、これからどうすれば良いんだ?
俺達は世界の行く末を託された(押し付けられた)。しかし、俺には何をどうしたら良いのかサッパリ分からなかった。
こんなとき、頼りになるのは――ユラ。
俺は期待を込めて、隣に立つ体操着姿の少女を見た。すると、彼女は能面のような顔をして、茫洋と魔王がいた辺りを見詰めていた。
「…………」
「えっと――」
ユラの様子が目に入った瞬間、俺は危険な印象を覚えた。その感覚が、俺の弱気に力を与えて、俺の心に全力で制動を掛けていた。
「…………」
「あの――」
「…………」
「…………」
俺は何も言えなくなった。それでも、ユラが反応することを期待して、彼女の顔をジッと見詰め続けていた。
すると、能面の裂け目とかした可憐な口が僅かに開いて、そこから蚊の鳴くような小声が漏れた。
「――『約束』――」
「え? 約束って?」
約束。その言葉だけが、辛うじて聞こえた。その一言に、俺は思い切り反応してしまった。その直後、自分の行為を後悔した。
ユラの言った「約束」って――聞いたら拙い気がする。
約束の内容がどんなものかは、直ぐには閃かなかった。しかし、それに付いて考えるほど、嫌な予感がしてならなかった。
故に、聞きたくなかった。しかし、俺は反応してしまった。
俺が声を上げた後、ユラは「約束」に関する具体的な内容を告げた。
「私は――『天城由良』になる」
天城由良。ユラから聞いた話によると、「愛洲玲寿の将来の伴侶」にして、「ユラの前世」なのだとか。彼女は、確かに人間として存在していた。
しかし、「今」は世界のどこにも存在していない。それどころか、誰も天城由良のことを覚えていなかった。
天城由良は、ユラと融合したことで世界から存在を抹消されてしまった。彼女の存在を知っている者は、現況に於いては「ユラ」唯一人。
ユラだけが、天城由良を覚えている。
ユラだけが、天城由良を復活できる。
しかし、天城由良が復活すると、今度はユラがいなくなる。
ユラと天城由良は同一人物にして「表裏の存在」だった。何れか表に出れば、他方は裏――その存在は抹消される。
ユラと天城由良の関係性を想起した瞬間、俺の脳内に「三日前に聞いたユラの言葉」が閃いた。
((許されるなら、『天城由良』として生きたい))
それは、「魔王討伐」の条件として、ユラが俺に向かって一方的に交わした約束だった。俺としては認めた訳ではなかった。
しかし、当時の記憶を想起すると、俺は「分かった」と返事をしていた。
ユラは「俺の返事」を真に受けていたようだ。
「だから、私――『ユラ』は、もう、玲君とはお別れだね」
「!」
ユラが別れを告げた。その瞬間、彼女の小さな体が空中に浮き上がった。その現象を直感した瞬間、俺の右手が彼女の左腕に伸びていた。
「行くなっ!!」
俺はユラの左腕を掴もうとした。指先が届き掛けた。
その瞬間、俺の視界がグルグルと回転し出した。
「!?」
ユラは「瞬間移動の魔法」を発動していた。その事実を直感しながら、俺はユラに向かって右手を伸ばし続けた。
しかし、届かなかった。
俺の視界が戻ったとき、俺は「一人」だった。
俺の視界には「見慣れた六畳の和室」が映っていた。その事実を直感した瞬間、
「ただいま」
俺の口から帰宅の挨拶が零れ出た。しかし、それに反応する声は無かった。
((おかえりなさい))
幻聴が、俺の脳内に響き渡った。俺は「割烹着姿の悪魔」を想起しながら、自室の真ん中に立ち尽くしていた。
ユラが俺の許から去ったことで、俺は魔法が使えなくなった。その為、俺は「自分が勇者です」と名乗り上げることに躊躇いを覚えていた。今も、それは控えている。
尤も、俺が控えたところで、この世界には「勇者の正体を知っている者」がいる。彼らがその気になれば、俺を担ぎ上げることは容易だっただろう。
しかし、親達も、勇者候補達も、為政者達も――皆、俺に気を遣って、俺を名指しすることを控えていた。
結果、「本物の勇者」は現れなかった。その代わり、「偽物の勇者」が沢山現れた。
偽物に関しては、「勇者の正体を知っている者」が全力で排除した。
かくして、勇者不在のまま、地球の支配権は悪魔と人間の代表者達に委ねられた。
彼らは「世界を先導する組織」を創るべく、国連魔界協力機関(ユナコ)により多くの機能と権威を与えた。それに伴って、組織名も改称された。
世界最高意思決定機関、「悪魔と人間の共存世界(ワールド・フェア・デモンズ・アンド・ヒューマンズ・コエクジスト)」。略称「ワデヒコ」。
今のところ、ワデヒコは十全に機能しているようだ。今のところ、悪魔も人類も平穏無事な毎日を送っている。
俺(真の勇者)がいなくとも、世界の平和は守られていた。
尤も、今の俺は全くの無力。誰かを守る力も無ければ、誰かに守られなければ生きていけない脆弱な生き物だった。
ユラ去りし後、俺は生きていく為に「親の庇護」を求めた。
俺は親達が住む吾郷町に引っ越した。
ユラと暮らした家と離れることを思うと、俺の心中に「全身が斬り刻まれている」と錯覚するほど切ない寂しさが募った。
しかし、今の俺はどうすることもできなかった。
俺は「ユラ不在」の寂しさを抱えたまま、転校した「富士岡(フジオカ)中学校」の新三年生として新たな春を迎えていた。
西暦二千七十年、四月某日。
麗らかな春の陽射しが三階建ての校舎を優しく、丁寧に焙っていた。その恩恵は、俺の体までシッカリ届いていた。
俺、愛洲玲寿は校舎最上階、三年教室の中にいた。俺の席は窓際最前列だった。
開けっ放しにした窓からは、春の日差し&風が「お邪魔します」と教室内に入り込んでいた。
何だか眠くなってくるな。
春の恩恵は、俺の睡眠欲を掻き立てた。しかし、今の俺には「欲求に耐える力」が十分残っていた。
富士岡中学校の校舎は「平地」に建っている。その事実は、啼鶯小中に通っていた俺にとって、毎日感謝したくなるほどの厚遇だった。
早朝登山の地獄に比べれば、ここは天国だ。
俺は有り余る体力を持て余しながら、ノンビリ外の景色を眺めていた。そんな俺に声を掛けてくるクラスメイトは、残念ながら誰一人いなかった。
勇者は孤独だ。
啼鶯中にいた頃も、俺はユラ以外の生徒と会話したことが無かった。その事実を想起すると、悲しさと寂しさが胸を衝いた。しかし、その孤独に耐えた甲斐は有った。
ああ、平和だなあ。ああ、長閑だなあ。
見上げる空は、どこまでも青かった。視線を下げると、校庭は桜で桃色に染まっていた。
青と桃色の世界。その光景に、俺は見惚れた。いつまでも眺めていたかった。
しかし、現実は俺に意地悪だった。
俺が「いつまでも――」と願った直後、教室の天井に設置されたスピーカーから始業のチャイムが鳴り響いた。すると、教室の出入り口から壮年の女性が入ってきた。
その女性は富士岡中三年生の担任、「吉村良子(ヨシムラヨシコ)」教諭。俺が啼鶯中で世話になった吉村英一教諭の妻、嫁さんだった。
世間は狭い。
担任の正体を知ったとき、俺は地元の教育関係者に付いて、「親族で経営しているのか?」と疑念を持った。それを確認したい気持ちも沸いた。
しかし、今はそんなことはどうでも良かった。
吉村教諭は一人ではなかった。彼女の後ろに「富士岡中の制服を着た女子生徒」がいた。その存在に気付いた瞬間、俺を含めた全クラスメイトの視線が彼女に釘付けになっていた。
その女子生徒の髪は短かった。その為、顔がハッキリ確認できた。「それ」を目にしたであろう生徒達の喉が、端っこにいてもハッキリ聞こえるほど大きく鳴った。
それは、この世の者と思えないほど美しかった。その特徴だけでも、人の視線を惹き付けるには十分以上の魅力が有った。
しかし、それ以上に気になるものが、彼女の「頭」に有った。
その女子生徒の頭には、「捻じれた山羊の角」が生えていた。それを直感した瞬間、俺の脳内に生徒達の幻聴が響き割った。
(((((悪魔だ)))))
皆、謎の女子生徒の正体を直感していた。しかし、
「「「「「………」」」」」
誰も指摘はしなかった。全員、固唾を飲んで固まっていた。
静寂に包まれた教室の中に、吉村教諭の声が静かに響き渡った。
「『転校生』だ。それじゃ、自己紹介を頼む」
転校生。その言葉を聞いた瞬間、存外に多くの生徒が「そうだろうな」と頷いていた。
しかし、俺は固まったままだった。女子生徒を見た瞬間から、思考回路が短絡していた。何も考えられなくなった脳内に、聴覚を介して「風鈴のような美声」が響き渡った。
「私は――『天城由良』。今日から宜しくね」
天城由良。それが彼女の名前だった。他の生徒達にとっては初耳だろう。しかし、俺には覚えが有り過ぎた。
まさか、まさか、まさまさか?
俺は短絡した思考回路をフル活用して、現況の確認作業に没頭していた。その最中、俺の耳に吉村教諭の声が飛び込んできた。
「天城の席は――あの空いているところだ」
吉村教諭は右手を掲げて廊下側最後列の席を指し示した。その言動を目の当たりにして、誰もが「あそこが転校生の席だ」と直感した。
しかし、皆の直感は外れた。
「先生」
唐突に、天城由良が声を上げた。
「何だ?」
「私の席は――」
天城由良は右手を掲げて、真っ直ぐ俺を指差した。
「『彼』の後ろが良いです」
彼って――「俺」?
俺、愛洲玲洲の後ろ。その席には、既に他の男子生徒が座っていた。その事実を鑑みると、天城由良の注文を却下せざるを得ない。彼女が普通の生徒であったなら、吉村教諭は頑なに認めなかっただろう。しかし、
「仕方ないな」
吉村教諭はアッサリ折れた。その理由は、天城由良の頭に生えた山羊の角を見れば、何となく理解できた。
悪魔と人間が「平等」になってから未だ数か月。悪魔に対して強気に出られる人間は、未だまだ少なかった。
俺の後ろの席から、「ガタリ」と音が聞こえた。そこに座っていた男子生徒は、机に収納していた荷物を持って、窓際最後列の席に移動した。彼の気遣いのお陰で、俺の後ろの席が空いた。
そこに、天城由良がやってきた。彼女は、何の躊躇も無く着席した。
俺を含めた全クラスメイトは、天城由良の行為を黙って見詰めていた。着席した後も、暫く誰も何も言わなかった。
その静寂の中、風鈴の音のような涼やかな美声が響き渡った。
「これから――ううん、これから『も』宜しく――」
「!」
天城由良は「クラスの皆」に向かって――ではなく、多分、「俺一人」に向かって話し掛けていた。その直感が当りであることは、直後に聞いた「呼称」で確信できた。
「ね、『玲君』」
「!!」
俺は反射的に振り向いていた。その瞬間、俺の視界に天上の美貌が映った。
天城由良――いや、もう、「ユラ」と言ってしまいたい。彼女は、俺の顔を見詰めながら、嬉しそうに笑っていた。
その日から一週間後、俺達は「啼鶯中学」に転校することとなった。
ユラが戻ってきたことで、俺は再び勇者の力(魔法)を手に入れた。これから「真・勇者」による「人類救済計画」が始まるのか? 或いは「地球支配計画」が始めるのか? それは――うん、機会とヤル気が有れば、その時に挑戦してみたい。
今暫くは、懐かしの我が家でノンビリしていよう。うん、そうしよう。
ねえ、ユラ? ノンビリさせて――くれるよね?
「魔王殺し、妖刀ムラマサ The Revengers」―――終幕。
※拙作を最後までお読み頂き感謝します。涙が出るほど嬉しいです。
もし宜しければ、作品の評価、感想、☆などを賜りますと、泣きながら舞を舞うほど嬉しくなります。
ともあれ、ここまで読んで頂いて有難うございました。
魔王殺し、妖刀ムラマサ The Revengers 霜月立冬 @NovemberRito118
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