第二十九話 復讐者
俺は見知らぬ「河原」に立っていた。全く記憶に無い場所だ。しかし、何故か知っているような、奇妙な既視感を覚えていた。その理由に付いて考えながら、目の前に横たわっている「川」を見た。
とても大きな川だった。幸いにして、流れはとても緩やかだ。覗き込んでみると、底が全く見えなかった。とても歩いて渡れそうにない。
対岸に渡る方法は、船か、或いは泳ぐしかない。しかしながら、川幅は余りに大きく、とても泳いで渡る気にはなれなかった。だからこそ、俺は辺りを見渡して、船を探した。
その間中、俺は違和感、いや、疑念を覚えていた。
何で、俺は「対岸に渡ろう」としているんだ?
自分でも、自分の行為の意味が分からなかった。「対岸に何か有るのか?」と見てみると、川岸に一人の男性が立っていることに気付いた。
その顔は、意外にも「俺が知っている人物」だった。
「爺ちゃんっ!?」
川岸にいたのは、今年二月に亡くなった俺の祖父「愛洲淮寿」だった。彼は俺の方を見ながら、こちらに向かって大口を開けていた。その様子を見て、俺は「何か叫んでいる」と直感した。
そのとき、俺は爺ちゃんが「来るな」と言っているような気がした。
しかし、俺は「爺ちゃんの言葉の意味」を考えなかった。俺の意識は「爺ちゃんの存在そのもの」に集中していた。
ああ、爺ちゃん、爺ちゃんに会えた。
懐かしい、祖父の顔。それを目にした瞬間、俺の脳内で「祖父の記憶」が次々浮かんだ。それに伴って、心中から「祖父に対する諸々の想い」が溢れ出た。それらの感情が、俺の口から飛び出した。
「爺ちゃんっ!」
俺は衝動に駆られて叫んでいた。思わず前進して、川に足を踏み入れた。
すると、俺の足を「誰か」が掴んだ。その感覚を直感した瞬間、俺は川の中に引っ張り込まれた。
「!?」
俺は抗う間も無く水中に沈んだ。しかし、直ぐに俺の脚は解放された。
その事実を直感するや否や、俺は浮上して、水面から顔を出した。そのまま周りを見渡して、自分の位置を確認した。
すると、爺ちゃんが立つ対岸が見えた。
しかし、俺が立っていた川岸は見えなかった。
爺ちゃんのところに行くしかない。
俺は対岸に向かって泳いだ。川の流れは緩やかなので、何とか辿り付けそうな気がした。このまま何事も無ければ、無事に向こう岸に辿り着いたのだろう。
ところが、俺が泳いでいる最中、頭上から「声」が降ってきた。
「玲君っ!!!」
「!?」
俺は反射的に頭上を見た。
そこには空が有った。しかし、真っ黒だった。今まで見たことの無いほど分厚い雲だった。当然ながら、人の姿など確認できなかった。
幻聴かな?
俺は「声」を無視した。ところが、「声の主」は存外にしつこかった。
「玲君、玲君っ、玲君んんっ!!!」
謎の声の主が、俺の名前を連呼した。その声量は凄まじく、曇天が震えた。その様子を見ていると、とても幻聴とは思えなかった。
何だ? 誰だ? 誰の声なんだ?
俺は「声の主」に付いて考えた。すると、俺の脳内に「体操服姿の少女」の姿が閃いた。
それは、幻想的なまでに見目麗しい美少女だった。とても同じ人間とは思えないほど美しかった。事実、彼女は人間ではなかった。
その子の頭には「捻じれた山羊の角」が生えていた。「それ」を直感した瞬間、俺の「耳元」で声が上がった。
「玲君、起きてっ!!!」
「!!!」
物凄い大声だ。俺は「鼓膜が破れた」と直感した。その耳をつんざく衝撃と激痛が、手放し掛けていた俺の意識を覚醒させた。
「痛っ!」
俺は痛みに耐えかねて声を上げた。すると、空を覆っていた雲が晴れた。しかしながら、その先に陽光輝く青い空は無かった。
俺の視界に映った光景は、曇天より尚暗い、「黒ずんだ木製の天井」だった。その場所には見覚えが有った。
ここって――「座敷牢」か?
俺は色欲地獄城、その深奥の密室、通称「座敷牢」の中にいた。その事実を直感すると同時に、自分が置かれている状況も直感した。
俺は布団で寝ていた。枕に頭を預けて、体操服姿のまま敷布団の上に横たわっていた。
自分の衣装を確認できたのは、掛け布団が無かったからだ。その事実を鑑みると、就寝していた訳ではないようだ。
じゃあ、何をしていたんだ?
俺は直近の記憶を検索しようとした。その矢先、
「玲君っ」
俺の至近から声が上がった。それと同時に、俺の視界に見知った顔が飛び込んできた。その事実を直感した瞬間、俺の口から相手の名前が零れ出た。
「ユラ?」
体操服姿の悪魔が、俺の枕元に座り込んでいた。俺が声を上げると、彼女の目が一層大きく開いた。
宝石のような瞳だ。その淵がキラキラ輝き出した。
その「キラキラ」は「涙」だった。それが盛り上がっていた。
ユラは涙が零れるのを堪えなかった。
ユラの頬には、既に幾筋もの「涙の跡」が有った。その上に、新たな涙が伝った。その光景を見た瞬間、俺は――
「ユラっ」
ユラに声を掛けながら上半身を起こした。続け様に、ユラに向かって右手を伸ばした。
俺としては、右手で涙を拭ったり、ユラの肩を抱いたりするつもりだった。
ところが、できなかった。俺が右手を伸ばした瞬間――
「玲君っ!!」
ユラが動いた。彼女は俺の名前を呼びながら、俺に向かって――抱き着いてきた。
「!?」
至近からの攻撃。しかも、不意を突かれていた。
俺は避けられなかった。対応もできなかった。その結果、ユラに思い切り抱き着かれてしまった。
「――――――――っ!?」
俺は固まった。しかし、俺の五感は正常に機能していた。
俺の触覚は、ユラの体の柔らかさと体温を鮮明に伝えていた。俺の聴覚は、蚊の鳴くようなユラのか細い声を明確に捉えていた。
「良かっ――ぐすっ……ううっ、良かったよう」
ユラの声は震えていた。彼女は嗚咽混じりに、しゃくり上げながら「良かった」を繰り返していた。その様子を見ると、慰めたい気持ちが沸いた。脳内には幾つもの慰めの言葉が閃いていた。しかし、
「…………」
俺は何も言えなかった。だから、態度で慰めた。
俺は改めてユラに向かって右手を伸ばした。目指す目標は、ユラの――「頭」。そこに、俺は掌を置いた。
その瞬間、掌に絹糸のように滑らかで柔らかな感触が伝わった。それを直感するや否や、俺は――
「よ、よし、よし」
ユラの頭を優しく撫でた。すると、彼女の泣き声が収まり出した。それに伴って、彼女の口から明瞭な言葉が溢れ出した。
「玲君、『死んじゃった』と思った」
死んじゃった。その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に「直近の記憶」が閃いた。
対魔王戦の最後、俺はエクスカリバーに腹を突かれた。その上、自分でも腹にムラマサを突き立てていた。
エクスカリバーも、ムラマサも、どちらも魔王をも殺し切る武器だ。そんなものを二本も腹に刺して、無事でいられる道理は無い。
何故、俺は生きているのか?
俺はユラの頭を撫でながら首を捻った。そのタイミングで、ユラが声を上げた。
「試合の後、直ぐに私がここに運んで『治療した』の」
治療。「それで治るものか」と考えると、俺の首は更に曲がった。しかし、幾ら考えたところで、「それ」以外の答えは無い。故に、
「ありがとう」
俺はユラに礼を言った。
その瞬間、俺の脳内に昏睡中に見た「大河の夢」が閃いた。
あのとき、ユラの声が聞こえてなかったら――俺は「淮寿爺ちゃんのところ」に行っていたのか。
魔王の復讐戦に臨む際、俺は死を覚悟した。そして、死んだ。そう思った。
ところが、俺は生きていた。その事実を知った瞬間から、俺の心中に熱い想いが溢れ出した。
死んでなくて、良かったあああああああっ。
俺の口から盛大な溜息が漏れた。そのせいで、肺の中の空気が空になった。その状態を維持し続ける気は毛頭なかった。
俺は続け様に大きく息を吸い込んだ。すると、肺の中が新鮮な空気で満たされた。その現象が、俺に「生いきている」ということを実感させてくれた。
良かった。生きていて、本当に良かった。
俺はシミジミ生存の幸福を噛み締めた。その事実だけで、「お釣りがくるほどの幸運だ」と思えた。
しかし、俺に与えられた幸運は、「それ」だけではなかった。
俺が深呼吸している最中、ユラの体が離れた。その際、俺は彼女の方を見た。すると、そこには満面の笑みが浮かんでいた。その表情が目に入った瞬間、
「!」
俺は息を飲んだ。思わず、ジッと見詰めてしまった。
すると、俺の視界に映った可憐な口が開いて、そこから「ユラの笑顔の理由」にして、「奇跡」としか言いようがない朗報が飛び出した。
「玲君はね」
「うん」
「『勝った』んだよ」
「え?」
「あいつに――『光の支配者に勝った』んだよ」
「!」
俺は魔王・光の支配者に勝っていた。その為に命を懸けたのだから、喜んで良いはずだ。ところが、
「えっと――本当?」
俺はユラの言葉を疑った。
あのとき、俺は自分が勝利した瞬間を確認できなかった。「俺の最期の記憶」を想起して、それに付いて考えると、真っ先に閃くものは「敗北」の二文字だった。
あんな状態から、どうやって勝ったというのか?
俺の首は一層曲がった。頭上には「?」が浮かんだ。すると、視界に映ったユラの顔が、一層嬉しそうに綻んだ。
「うん。勝ったよ」
ユラは俺の勝利を断言した。続け様に、彼女が見た「勝利の瞬間」を教えてくれた。
「ムラマサが玲君の後ろにいた『あいつの腹に刺さった』の。そうしたら――」
あいつ、即ち魔王・光の支配者。ムラマサが魔王に刺さった感触は、俺も直感していた。
しかし、俺が確認できたのは「そこ」までだ。その直後、俺はエクスカリバーの光に包まれていた。そのはずだった。
ところが、ユラが見た光景は、俺の直感したものとは真逆だった。
「あいつの体が縦、横、斜め、斜め、斜め、斜め――って、バラバラになったのよ」
「えっ!?」
「それからパッと『大きな光を放って』、爆ぜるように消えたの」
何と、消滅したのは魔王の方だった。俺が「最期に見た光」とは、魔王が消滅した際に放たれたものだった。
ユラの話を聞いている内に、俺の頭上から「?」が消えていた。四十五とくらい曲がっていた首も、正位置に戻っていた。それらの変化は、俺の心象を如実に表していた。
「それで、私は急いで玲君のところに駆け寄って――」
ユラの話によって「足りない記憶」が補われた。そのお陰で「最後の瞬間」と「現況」が繋がった。
「俺が勝ったの?」
「うん」
「やったぜ」
「やったね」
俺は小さくガッツ石松ポーズをした。すると、ユラも一緒に同じポーズをしてくれた。その喜ぶ姿を見て、俺はシミジミ現況の意味を噛み締めていた。
これで――「終わり」なんだな。
俺は勇者の役目を果たした。ユラの目的も達成された。俺達が成すべきことは全て果たされた。そう思っていた。それを信じていた。
ところが、現実は違っていた。俺達の勝利は「儚い幻想」だった。
(((こんな場所を作っていたのか)))
「「!?」」
俺は息を飲んだ。すると、ユラも同時に息を飲んでいた。
二人とも、「同じ声」を聴いた。脳内に響いた「それ」に覚えが有った。
だからこそ、声の主の正体も直感できた。だからこそ、信じられなかった。だからこそ、「声の主」を見るのが怖かった。
俺は、縋るような思いでユラを見た。すると、ユラは目を一杯に開いていた。その表情を見た瞬間、「怖い」という想いが伝わった。
ユラも、俺と同じ想いを抱いたようだ。それを払しょくする方法は、一つしかなかった。
俺は、「それ」を実行しようと決意した。その意志を伝えるべく、ユラに向かって頷いた。
すると、ユラも頷いた。その反応を確認して、俺達は揃って「真横」を向いた。
俺達の視線の先、俺達から二メートルほど離れた場所に「光」が灯っていた。
それは、「人型」をしていた。その事実を直感した瞬間、俺の口から相手の正体が零れ出た。
「魔王――様?」
俺の声に応えるように、脳内で「あの声」が響き渡った。
(((如何にも)))
「「!!!」」
(((『このような子ども騙し』は我には通じん)))
このような子ども騙し。それは、ユラが魔王対策に造った「座敷牢」を意味していた。
実際、魔王に乗り込まれているのだから、意味は無かった。しかしながら、今の魔王の姿には違和感を覚えて止まなかった。
何故、そんな格好をしているんだ?
今の魔王の姿を見て、俺は「光人間」と呼びたくなった。しかし、外観など些事に過ぎなかった。
俺が首を傾げていると、至近から「忌々しげな声」が上がった。
「『生きていた』のですか?」
生きていた。魔王は死んでいなかった。その事実は、俺達には余りに都合が悪かった。
「最初から、私の尻尾を掴むつもりで? 私は貴方の掌で泳がせていたのかな?」
ユラは、あれやこれやと魔王の意図を憶測して、それを呟いていた。それら一つひとつが耳に入る度、俺の脈拍は加速度的に上がっていった。
拙い。このままじゃ、俺は元より、ユラを魔王に殺される――!?
俺が想像した最悪の可能性は、脳内に響く魔王の言葉によって、少しずつ具現化していった。
(((下らんことを言うな。愚かしいにも程が有る)))
魔王の声音や口調は、実に刺々しかった。その変調は、俺に不機嫌そうな印象を覚えさせた。魔王の声を聞くほどに、俺の脳に巡っていた血液が猛ダッシュで逃げ去っていく。俺の心中に巣くう弱気の虫も、震えて声が出なかった。
(((其方――お前達には、我が与えた役目以外は、やりたいようにやらせていた。だが、『今回のこと』は腹に据えかねる)))
今回のこと。それが「魔王との対決」であることは、考えずとも理解できていた。
流石に、あれはあからさま過ぎたか。
俺達は魔王に喧嘩を売った。相手の機嫌を損ねても不思議はない。「約束を守る為」とは言え、魔王も良く付き合ってくれたものだ。
俺は魔王の心情を想像し、その報復を覚悟した。その直後、魔王から「沙汰」が下った。
(((我の我慢の限界だ。言うつもりは無かったが――)))
俺はユラの前に出た。彼女を庇うつもりだった。ところが、俺の心意気は全くの無駄だった。
魔王からの攻撃は無かった。続け様に脳内に響いた内容は、全く意外なものだった。
(((お前達には『真の目的』を教えておこう。それは――)))
「「!?」」
真の目的。俺達にとって、「それ」を知る機会を得たことは「僥倖」と言える。しかし、それを聞く耳を持てる精神状態ではなかった。
俺としては、日を改めて欲しかった。思わず口を開いた。しかし、「思考による伝達」は、「発声による伝達」よりも速い。俺が何か言うより先に、魔王の声が脳内に響き渡った。
(((『P寿の望み』を叶えることだ)))
「「!?」」
P寿の望み。その言葉を聞いた瞬間、俺は口を開いたまま固まった。ユラからも、息を飲む気配が伝わっていた。
魔王――いや、ややこしくなるので、ここからは「光の支配者」と呼ぶ。
光の支配者の言う「P寿」とは、「魔王・氷片の剣聖」こと、ユラの父「愛洲P寿」だ。その事実を鑑みると、俺にとって、光の支配者の話は受け入れ難い。ユラに至っては牙を剥いて、それこそ「鬼」のような形相になっていた。
ユラの表情を見て、俺は「面倒なことになるな」と直感した。
それぞれの反応は、魔王の視界にも映っていただろう。しかし、魔王は構わずに、俺達の脳内に「P寿の望み」に関する情報を送信し続けた。
(((人類滅亡の運命から回避する為、世界を正しく導く為に、『それを叶えられる過去』へと悪魔達の魂を送り込んだ訳だ。尤も――)))
それを叶えられる時代。即ち、俺達が生きる現代だろう。その話は、現代人の一員として興味を覚えない訳にはいかなかった。
しかし、続け様に告げられた内容は、俺にとっては「聞くんじゃなかった」と、後悔を覚えるものだった。
(((P寿の奴が『嫌な奴らがいない時代』と、余計な注文を付けたせいで、色々と難儀させられたがな)))
この期に及んで、俺の子孫は我が儘を言ったようだ。しかしながら、その注文は、実は大正解だったようだ。
(((嫌な奴ら、即ち『我ら以外の魔王達』だ)))
他の魔王がいない世界。魔界(未来の地球)が滅んだ経緯を鑑みれば、「そんな奴ら」に魔力を与えて良いはずはなかった。
(((本人達は元より『前世』も含めている。その上で、『それなりに高度な文明レベル』で、『御し易い』となれば、この時代が最適だった)))
「「…………」」
魔界を転生させた張本人(光の支配者)が言うのだから、「そうなのですね」と頷きたくなる気持ちも沸く。
しかし、俺、特にユラには受け入れ難い話だ。
仮に光の支配者の言葉が真実とするならば、ユラは「父の願いを阻もうとしていた」ということになる。
しかし、ユラが成そうとしていたことは「父の仇討ち」なのだ。そもそも。最初に愛洲P寿を裏切ったのは光の支配者なのだ。
氷片の剣聖を殺したくせに。
俺の脳内には、三日ほど前にユラから聞いた「魔王殺し誕生秘話」が閃いていた。その内容を鑑みると、光の支配者の言葉は受け入れ難い。俺の心中に「全力で否定したい」という気持ちが沸いた。その想いが、俺の口から飛び出し掛けた。
しかし、俺が口を開いたときには、既にユラが声を上げていた。
「出鱈目を言わないでください」
抑揚の無い、無機質な声だった。それを告げたユラの顔には表情が無かった。それらの反応を見て、俺は「ユラが本気で怒っている」と直感した。俺だけでなく、光の支配者も直感したようだ。見詰める先の人型の光が、右手をスッと上げた。
(((落ち着け。先ずは私の話を聞け)))
光の支配者はユラを宥めた。これに対してユラは――
「どうぞ」
意外にも、光の支配者の要求を素直に受け入れた。どうやら、俺が思っているより平静な様子。その可能性を想像して、俺は胸を撫で下ろした。
その直後、光の支配者の言葉が脳内に響き渡った。
(((元々、我らは『同じ目的』を持っていた))))
目的。その言葉を聞いて、俺は真っ先に「世界征服」を想像した。しかし、それは全くの的外れだった。
(((そも、我らは共に我らの世界、いや、悪魔化した人間にウンザリしていた)))
二人の魔王達にとって、「彼らの世界」は魅力的なものではなかった。それを手に入れることも、そこに暮らす人々を従えることも興味の対象ではなかった。
その事実は、俺にとっては意外なものだった。しかし、俺の隣に立つユラは「同意」と言わんばかりに小さく頷いていた。
未来の地球って、そんなに酷いところなのか。
魔王のような超越者がウンザリする世界。それがどんなものかと想像すると、最悪の可能性ばかりが閃いた。それに伴って、胸中に汚泥が溜まっていくように錯覚した。
しかし、汚泥が詰まった掃き溜めの中に、「鶴」がいた。
(((故に、我らは『より高次元の存在』になることを欲した)))
より高次元の存在。それを示す言葉が、俺の脳内に閃いた。その直後、低音の美声が全く同じ言葉を告げた。
(((それ、即ち『神』なり)))
神、神様。その言葉を聞いた瞬間、俺は「成れるものなのか?」と首を傾げた。
しかし、「それ」を告げた相手の正体を考えると、俺の首は直ぐ様正位置に戻った。
魔王様なら「成れる」のかも?
そもそも、俺達(現代人)にとって、魔王(光の支配者)は神様そのものだ。それでも、上には上が有る――らしい。二人の魔王達の目には「次の頂」が映っていた。
(((他の魔王共が力に溺れている間、我ら二人は『神に成る為の研究』に心血を注いでいた)))
神に成る為の研究。それと似た話、共同研究に付いては、「魔王殺し誕生秘話」の中にも登場している。しかし、その目的は全く違っている。
ユラと、魔王様。どっちの方が本当の話なの?
俺は首を捻った。そのタイミングで、耳(脳)を疑う言葉が脳内に響き渡った。
(((その果てに、我らは終に『神に至る方法』を見付けた)))
「「!」」
神に至る方法。その言葉を聞いた瞬間、俺とユラは同時に息を飲んでいた。
俺は反射的に人型の光の顔(と、思しき箇所)を見詰めた。ユラも、目を一杯に開きながら、恐らく俺と同じ個所に視線を向けていた。
神に成る。誰しもが憧れる人の分を超えた願望。その誰霜の中に、俺も、恐らくユラも含まれていた。
「「…………」」
俺達は無言で人型の光を見詰めていた。
一瞬の静寂。その直後、俺達の脳内に意外な言葉、それも、俺達にとって「既知の名称」が響き渡った。
(((それを実現する道具、それが――お前達の知る『魔王殺し』だ)))
「「!?」」
魔王殺し。その名前を聞いた瞬間、俺とユラの体がビクリと震えた。
魔王殺しは、その名が示す通り「魔王を殺す」為に創られたものだ。それが、俺達の知る「魔王殺し」なのだ。絶対に、神様になる為の道具じゃない。
実際、魔王殺しによってユラの父、愛洲P寿は殺された。その凶事が引き金となって、悪魔達、二百年後の人類は滅亡した。その事実を想起すると、「そんな馬鹿な」と否定したい衝動に駆られた。
しかし、俺達は大きな誤解をしていた――らしい。「例の凶事」の裏には、「当事者しか知らない真実」が有った。
(((聖剣エクスカリバーと妖刀ムラマサ。この二つの魔王殺しを使用することで、我らは『超次元の扉』を開いたのだ)))
「「!!」」
超次元の扉。それを潜ったら、神に成る。その可能性を想像すると、俺の心中に「潜りたい」という衝動が沸いた。その一方で、強い疑念も覚えていた。
それを潜って、本当に神様に成るの?
超次元の扉の先は、魔王達にとっても全くの未知の世界。神に成れる保証は無いだろう。その事実を鑑みると、俺の脚が勝手に動いて、二歩ほど後退した。
因みに、ユラは動かなかった。光の支配者も、その場に立ち尽くしていた。
しかし、実はこの中に一人、俺と似た反応をした者がいた。
(((だが、これは我らにとっても未知の所業。何が起こるか分からない。故に、我は慎重だった。だが――)))
光の支配者(当時)は、今の俺と同じように、扉を潜るのを躊躇った。その話を聞いて、俺は「それはそうだろう」と頷いた。
しかし、当時の人間(悪魔、或いは魔王)の中に、俺達とは全く考え方が異なる者が、一人いた。その名前が、俺の脳内に響き渡った。
(((『P寿は扉を潜って』しまった)))
「「!?」」
P寿は扉を潜った。俺の子孫は神に成ったのか否か? 魔界の歴史を鑑みると、最悪の可能性しか閃かなかった。
しかし、俺が覚えた不安は、幸か不幸か杞憂に終わった。
(((その結果、『P寿は神と成った』のだ)))
「「!」」
P寿は神と成った。二人の魔王の実験は成功したのだ。その事実を聞いて、俺とユラは同時に大きく息を飲んだ。その気配を直感した瞬間、俺はユラの方を見た。
すると、ユラもこちらを見ていた。
ユラの顔には「やったね」と言わんばかりの笑みが浮かんでいた。俺の顔にも似たような表情が浮かんでいただろう。
しかし、俺は直ぐに違和感を覚えた。その感覚が気になって、首を傾げた。
すると、見詰める先のユラの顔から笑顔が消えた。彼女もまた、俺と同じく首を傾げた。
それぞれの脳内には「同じ疑問」が閃いていた。
氷片の剣聖って「殺された」のでは?
光の支配者の話は、俺がユラから聞いた「魔界滅亡の経緯」とは全く噛み合わなかった。
このとき、俺の脳内には「どちらか嘘を吐いている説」しかなかった。しかし、ここで「新たな可能性」が、魔王の口(脳)から飛び出した。
(((奴は神、より高次元の存在となった。その為、『誰も奴の存在を感知できなくなって』しまったのだ)))
「「!?」」
より低次元の存在は、より高次元の存在を認識できない。
例えば、俺達三次元の存在は平面(二次元)を見下ろすことができる。しかし、平面の方から見上げることはできない。それも道理。二次元には「高さ」が無いのだから。
それと同じ現象が、愛洲P寿の身に起こった。「次元の壁」が、彼と世界を隔てたのだ。
(((感知出来なくなった故、奴は『死んだ』と判断された。それを切っ掛けに、あの忌まわしい『戦争』が始まった)))
魔王・氷片の剣聖の死。それ以降に起こった出来事は、ユラが語った魔界の歴史と殆ど同じだった。しかし、「魔王殺し誕生の経緯」だけは少し違っていた。
(((他の魔王どもは、我らの魔王殺し対抗する為に魔王殺しを創った。だが、そもそもの創造目的が違う。我らのそれとは全くの別物だな)))
魔王殺しを使った戦争の果て、勝利したのは――
(((それに、我には『P寿』という神が付いている。負ける道理が無い。だが――)))
最終的に残ったのは、光の支配者側の陣営だった。しかし、魔王殺しを使った戦争の爪痕は、彼の想像を超えて大きかった。
(((あの戦争に勝者は無い。その理由は、そこのP寿の娘も知っているだろう)))
未来の地球は、魔王殺しの力に抗えなかった。魔王、悪魔諸共全てが滅んだ。その事実を知って、俺は――
「…………」
口をアングリ開けたまま、無言で立ち尽くしていた。
光の支配者達の目的は、恐らく当人達以外誰も知らないのだろう。未来の人類は、真実を知らないまま滅んだ。その罪を一身に負わされた者が、俺達の目の前に立つ人型の光、光の支配者だった。
御気の毒過ぎて、掛ける言葉も無い。
俺は光の支配者に同情した。しかし、ユラは全く違う反応をしていた。
「そんなこと、信じられない」
ユラは光の支配者の話を全力で否定した。その硬い声音には殺意が籠っていた。それを直感した瞬間、俺は戦闘に入る可能性を想像した。
しかし、それもまた杞憂。そもそも、相手は俺達の手が届く存在ではなかった。
(((何かしたところで我には通じぬ。そも、今の我はP寿と同じく高次元の――『神』だ)))
「「!?」」
(((お前達が見ている我の姿は『あの鎧』と同じ、我が三次元に投じた『幻影』なのだ)))
光の支配者の言う「あの鎧」とは、俺達が知る魔王の姿(白金の騎士)だろう。それも含めて、全てが「幻影」だった。その事実を知らされて、俺の全身から力が抜けた。体重を支えられなくなって、畳に両膝を着いた。
俺は幻影と戦って、それに勝ったつもりでいたのか。
俺は魔王に勝った訳ではなかった。そもそも、戦ってすらいなかった。何のために命を懸けたのか、全て「茶番」だった。その事実を思うと、情けなさ過ぎて目から涙が溢れた。
俺の情けない姿は、光の支配者にシッカリ確認されていた。
(((因みに――だ。其方、愛洲玲寿がムラマサを顕現できた理由を教えておこう)))
光の支配者は、どうやら俺に気を遣ってくれたようだ。俺が項垂れていると、彼は俺が長年、ムラマサを得て以降、ずっと抱え続けてきた疑問の答えを教えてくれた。
(((『エクスカリバーとムラマサは二対、番(つがい)』になっている)))
二対、番。その関係は、俺と「天城由良」との縁よりも濃く、引き剥がすことができなかった。
(((我がエクスカリバーを顕現したが故に、P寿に連なる者、即ち其方の許にムラマサが顕現したのだ)))
一方が存在する世界に、もう一方も必ず存在する。例え時空を超えていようとも。
摩訶不思議な現象だ。「魔王の話」でなかったら、俺は眉に鍔を付けていた。
尤も、俺の許には「妖刀ムラマサ」と言う「否定しようにもできない物証」が有る訳だが。
(((我が神に成れたのも、P寿が残していったムラマサが有ったればこそ。だが――)))
妖刀ムラマサは、神と成った愛洲P寿の「置き土産」だった。その恩恵に与れたこと、俺にとっては幸運だった――とは、正直思い難い。そのような複雑な感情を覚えた者は、俺だけではなかった。
(((今も、奴に感謝する気には――なれんな)))
光の支配者の言葉に、俺は反射的に頷いていた。
真相を知った今、我が子孫、氷片の剣聖こと愛洲P寿の軽率な行為を詰りたくなった。光の支配者に対しても、「俺の子孫が申し訳ないことをした」と謝罪したい気持ちも沸いた。その為の言葉も、幾つも沸いた。しかし、
「…………」
何も言えなかった。「俺はP寿の祖先である」という事実が、俺の口を鉛のように重くしていた。それは、俺に限った話ではなかった。
隣を見ると、ユラは口を「へ」の字に曲げて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「「…………」」
俺達は、黙って光の支配者を見詰めて(ユラは睨んで)いた。その最中、脳内に低音の美声が響き渡った。
(((同じ過ちを繰り返さないよう、こちら側に送った悪魔は『性根が良い者』を選んだ)))
性根の良い者。その言葉を聞いて、俺は反射的に「隣」を見た。
そこには「怒りの表情を浮かべて固まっている体操服姿の悪魔」がいた。その姿が目に入った瞬間、俺の首は思い切り傾いだ。
どこら辺が?
俺は「これまでのユラの素行」を想起した。すると、俺の首が更に傾いだ。光の支配者の判断に疑念を覚えて止まなかった。
俺の疑念は、どうやら光の支配者にも伝わっていたようだ。
俺が首を傾げていると、脳内に光の支配者の声が響き渡った。
(((そこのP寿の娘を含めたことは、P寿に対する我の細やかな『復讐』だな)))
「「!」」
復讐。ユラが選ばれた理由は、「光の支配者の個人的な感情」だった。その事実を知らされて、俺もユラも驚いた。俺の口から「そんなことで?」と疑問の言葉を吐き出し掛けた。
しかし、俺の本能は理解していた。光の支配者の言葉を聞いた瞬間、俺の首は正位置に戻っていた。その上、「ですよね」と言わんばかりに頷いていた。
納得できない。けど、納得したくなるよね。
俺の心境は複雑だ。ユラの方を見ると、口を「へ」の字に結んで、何やら口をもごもごさせている。その様子を見て、俺は「文句を言うのを堪えている」という印象を覚えた。それに伴って、俺の心中に暗雲が立ち込めた。俺と同じような危機感を覚えた者が、この場にはもう一人いた。
俺達が黙っていると、脳内に光の支配者の声が静かに響き渡った。
(((後のことは、お前達の好きにしろ)))
「「!?」」
(((我はもう付き合わん)))
光の支配者は「逃げ」に入った。彼は置き土産として、俺達に「恨み節」を零した。
(((精々頑張って、P寿の望みを叶えるのだな)))
光の支配者は「人類滅亡の贖罪」を、よりによって俺達に押し付けた。俺達が「それ」を直感した瞬間、人型の光が「パッ」と爆ぜた。
「「!?」」
大きな光が座敷牢の中を照らした。それに中てられて、俺の目が眩んだ。ユラも、開いていた目を閉じていた。しかし、それは一瞬だった。
俺も、ユラも、直ぐに目を開けて前を見た。ところが、そこには「何も無かった」。人型の光は、影も形も無くなっていた。
逃げられたっ!?
追い掛けようにも、方法が無い。居場所も分からない。
そもそも、相手は高次元の存在。低次元の存在である俺達には認識することはできない。その事実を、俺達は本能で直感していた。
「「…………」」
俺達は無言で「光の支配者がいた場所」を見詰めていた。
時間的には、物の数分だろうか。しかし、俺には無限の時間が流れたように錯覚した。そのせいで、少し心細さを覚えた。その感情に駆られるまま、隣にいるユラを見た。
すると、ユラも俺を見ていた。その視線を意識した瞬間、
「ユラ――」
「玲君――」
俺達の口から、互いの名前が零れ出た。その直後、俺達は揃って、
「「はあっ」」
盛大に溜息を吐いてしまった。
最終話に続く。
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